2020年03月19日

【アジア・新興国】東南アジア経済の見通し~新型コロナと原油安の影響を受けて2020年前半に大幅な景気下振れを予想

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は昨年、輸出鈍化が続く中でも概ね+4%台半ばの成長を維持してきたが、10-12月期は+3%台まで成長率が低下、2009年以来の低成長となった(図表6)。10-12月期は、パーム油と原油の生産収縮と供給混乱によって資源関連が不調だったことや、公営企業の建設活動が低迷したことが成長率を押し下げた。一方、民間消費は雇用の安定や売上・サービス税(SST)の再実施の影響の一巡を受けて1年ぶりに+8%台の高成長を記録したほか、民間投資が+4%台まで持ち直した。

先行きのマレーシア経済は、引き続き厳しい輸出環境に晒されるなか、新型コロナウイルスの感染拡大や油価下落の影響を受けて年前半に一段と減速、その後は持ち直しに向かうと予想する。

まず輸出は新型コロナの感染拡大を受けて4-6月まではマイナス成長が続くだろう。各国地域が実施する渡航制限やマレーシア側の入国制限により、年前半の外国人観光客の大幅減少が確実視されるほか、中国の工場の生産停止に伴うサプライチェーンの混乱によって生産活動に影響が出ていることも短期的な対外貿易の縮小に繋がる。その後の輸出は年前半の下振れからの反動増やITサイクルの改善によって底打ちするが、世界経済の減速を受けて伸び悩み、通年でゼロ成長となると予想する。

足元で原油価格が急落したことは、産油国であるマレーシア経済にとってマイナスとなる。民間投資はITサイクルの改善による回復の兆しはあるが、世界景気後退懸念や原油安を受けて設備投資が停滞するだろう。また民間消費は短期的に新型コロナの感染拡大に伴う外出の自粛によって冷え込むほか、その後の回復局面では観光関連や資源関連産業の業績悪化によって雇用・所得情勢が悪化して伸び悩むと予想する。

さらに原油安は歳入の約3割を占める石油関連収入の減少にも繋がる。政府は2020年度国家予算を編成する際、原油価格を1バレル当たり62ドルと想定したが、今やその半値の水準まで下げている。また政府は2月末に新型コロナ対応の200億リンギの景気対策を打ち出しており、財政赤字の大幅な拡大を避けるためにも他の予算項目の支出削減は避けられない。したがって、政府部門による景気下支えにはあまり期待できない状況が続くだろう。

金融政策は昨年5月に政策金利が引き下げられて以降、据え置かれていたが、新型コロナの感染拡大を受けて今年は2会合連続で政策金利が引き下げられている(図表7)。先行きについても、新型コロナの感染が世界的に拡大していること、物価が安定して政策余地があることから、20年前半に2回の追加利下げを予想する。

実質GDP成長率は20年が+3.0%(19年:+4.3%)と低下、21年が民間部門を中心に回復して+4.9%に上昇すると予想する。
(図表6)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表7)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は昨年、輸出の低迷が続く中でも概ね+2%台後半の緩やかな成長が続いていたが、10-12月期に景気減速が鮮明化して成長率が+1%台まで低下した(図表8)。10-12月期は財貨輸出(前年比5.1%減)が米中貿易摩擦を背景とする世界経済減速や電子部品輸出の回復の遅れ、バーツ高に伴う輸出競争力低下などが響いて4期連続のマイナス成長となった。また例年10月に始まる政府予算の成立が遅れたため、10-12月の政府支出が落ち込み、公共投資(前年比5.1%減)と政府消費(前年比0.9%減)はマイナス成長となった。政府はつなぎ予算の執行や旅行給付金などの消費刺激策を実施したが、景気の落ち込みを回避するには至らなかった。

先行きのタイ経済は引き続き厳しい輸出環境に晒されるなか、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて年前半に一段と減速、年後半から持ち直しに向かうと予想する。

まず4期連続でマイナス成長を続ける財貨輸出はITサイクルの改善により今後底入れするが、海外経済の減速と米中貿易摩擦の長期化、バーツ高の影響を受けて伸び悩むだろう。また新型コロナウイルスの感染拡大を背景とする外国人観光客の落ち込みや中国の工場の生産停止によるサプライチェーンの乱れ、今年4月に控える米政府による一般特恵関税制度(GSP)の一部停止措置などが対外貿易の縮小につながり、財貨・サービス輸出は年前半まで低迷すると予想する。

民間消費は物価の安定と政府の景気刺激策が下支えとなるだろうが、製造業・観光関連産業の雇用・所得環境の悪化や干ばつの長期化に伴う農業所得の悪化が重石となって鈍化傾向が続くだろう。一方、民間投資は景況感の悪化を受けて年前半に大きく減速するが、年後半は回復するだろう。今年に入り、タイ中央銀行が金融緩和を実施、また昨年不動産市場を冷え込ませた住宅ローン規制を緩和させほか、タイ政府が昨年従来の投資優遇策に5年の法人減税を追加する「タイランド・プラス」を打ち出しており、米中貿易摩擦を背景に生産移管を検討する企業の投資拡大が期待できる。

予算執行の遅れは1-3月期も続く。今年度予算案(歳出総額3.2兆バーツ)は、今年1月に下院での代理投票が発覚、採決やり直しとなった結果、予算成立が2月末までずれ込んだ。1-3月の政府支出の落ち込みは避けられない。しかし、その後は予算執行の加速が見込まれ、東部経済回廊(EEC)などの政府主導の開発プロジェクトが再び加速するだろう。また政府は3月に2,000億バーツの景気刺激策を打ち出しており、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で打撃を受けた産業の救済を図るとしている。4月以降は公共部門が景気の下支え役となるだろう。

金融政策は、昨年後半に景気下支えやバーツ高抑制を目的に2回の利下げ(計▲0.5%)、今年2月には新型肺炎や予算執行の遅れなどによる景気減速への対応から0.25%の追加利下げを実施している(図表9)。今後は新型コロナの悪影響の拡大を受けて年前半に2回の追加利下げを予想する。

実質GDP成長率は20年が観光業の悪化により+1.3%(19年:+2.4%)と低下するが、21年が観光業の回復と政府支出の拡大によって+3.8%まで上昇すると予想する。
(図表8)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表9)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は昨年+5%の成長ペースを維持したが、四半期ベースではごく緩やかな景気減速が続いており、10-12月期の成長率は3年ぶりとなる+4%台に減速した(図表10)。昨春の選挙関連支出による消費押し上げ効果が剥落、また輸出低迷の悪影響が内需に波及したためだ。昨年10月に発足した第2期ジョコ内閣では大統領選の対抗馬だった最大野党のプラボウォ・スビアント党首を国防相に登用し、大連立政権が樹立した。与党内の意見調整に手間取る恐れがあるとはいえ、政策の継続性が担保されたため、総固定資本形成は選挙後に回復に向かうとみられたが、世界経済の減速を背景に企業の投資マインドが悪化した結果、5期連続で減速した。

先行きのインドネシア経済は、短期的には新型コロナウイルスの感染拡大を受けて景気が下振れ、その後は金融緩和の継続と投資の持ち直しで上向く展開を予想する。

インドネシアはタイと異なり経済に占める観光・貿易産業の依存度は決して高くないが、新型コロナウイルスの感染が世界的な拡大をみせており、当面は外国人観光客の落ち込みや中国のサプライチェーンの乱れを受けて輸出が下振れるだろう。その後、中国経済の正常化により輸出は上向くものの、世界経済の減速を受けて通年でゼロ成長を予想する。

国内に目を向けると、今年はジャカルタ首都圏で豪雨による洪水被害が続いており、首都の大半が機能不全に陥るなど経済活動に支障が出ている。さらに新型コロナの感染拡大を背景とする国民の外出自粛や景気減速懸念、そして前年の選挙関連支出の押上げ効果の反動により、民間部門は年前半に大きく減速するだろう。年後半にはペントアップ需要が見込まれるほか、中銀の積極的な金融緩和が追い風となって民間消費は加速するものの、原油価格下落に伴う資源関連の建設投資削減が年間を通して押し下げ要因となるため、民間投資は伸び悩むと予想する。

一方、政府は10兆ルピアの景気刺激策第1弾と22.9兆ルピアの景気刺激策第2弾を通じて観光業や製造業に対する支援策を打ち出しており、これらが景気の下支えとなるだろう。また政府は政権発足から100日以内に税制や投資に関する法案を含むオムニバス法(内容が重複する法令を統合した法令)の成立を目指しており、これが早期成立となれば投資促進効果を得られるだろう。

金融政策は昨年、米FRBのハト派化を背景に7月から4ヵ月連続で政策金利が引き下げられた(図表11)。今年も新型コロナの感染拡大を受け、中銀が2月に追加利下げを実施したが、なお金融緩和の余地がある。今後もインフレ圧力の高まりにくい状況が続くなか、中銀は通貨動向を警戒しつつ、段階的な利下げを検討するだろう。20年前半に2回の追加利下げを予想する。

実質GDP成長率は20年が+4.2%と19年の5.0%から低下、21年は首都移転に向けたインフラ開発が始まり+5.5%に上昇すると予想する。
(図表10)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表11)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピンは昨年の成長率が+5.9%と、8年ぶりの低水準に止まり、政府の成長目標の下限である+6.0%を下回った(図表12)。昨年の景気減速は政府予算の成立が4月までずれ込み、5月の中間選挙前に新規の公共工事が禁止された結果、政府支出が落ち込んだ。これにより19年前半の成長率は+5.5%まで低下したが、その後は予算執行が加速して景気が底打ち、2期連続で成長率が上昇している。もっとも、堅調だった民間部門は伸び悩む動きもみられる。GDPの1割に相当する海外出稼ぎ労働者から送金額がペソ高を背景に鈍化し、家計の実質購買力が伸び悩み、民間消費は+5%台半ばまで減速した。また設備投資は3期連続で減退した。輸出停滞と消費回復の遅れに加え、18年に中央銀行が積極化した金融引締め策が企業の設備投資意欲に悪影響を及ぼしたとみられる。

先行きのフィリピン経済は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて年前半に大きく減速するものの、その後はペントアップ需要や政府支出の増加によって持ち直す展開を予想する。

まず民間部門は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて年前半の下振れは避けられないだろう。フィリピン政府は入国制限や渡航制限をかけており、外国人観光客数や海外出稼ぎ労働者の国内への送金額は大きく減少する。また中国のサプライチェーンの乱れが製造業の生産活動に悪影響を及ぼしており、輸出の一時的な下振れも懸念される。さらに政府は3月に1ヵ月間にわたるルソン島全域の封鎖を開始しており、国内の経済活動に厳しい制限がかけられることとなった。民間消費と民間投資は大きく鈍化するだろう。外需は、半導体サイクルの回復を受けて財貨輸出が増加するものの、ITサービス輸出と外国人観光客の減少により全体として停滞するだろう。

一方、政府支出は昨年前半の落ち込みからの反動増が見込まれる。2020年度国家予算は今年1月初旬に成立しており、昨年のように予算執行に支障をきたすことはないだろう。今年度予算では経済サービス予算が前年度比23.7%増と拡充された。昨年遅れが目立ったインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」について、政府は優先事業を見直すことで今年半ばまでに全体の約7割が着工できると見通している。また昨年使い残した19年度国家予算の執行期限が1年延長されたことも政府支出を押し上げるだろう。なお、公共事業の拡大は雇用・所得環境の安定に繋がるほか、政府が目指す法人税改革法案が成立すれば民間投資の誘発も期待できる。

金融政策は、昨年中銀が段階的な利下げ(計▲0.75%)と預金準備率引下げ(計▲4%)を実施した(図表13)。今年も新型コロナの感染拡大を背景に2月に追加利下げを実施したが、なお金融緩和余地が残っている。今後もインフレ圧力の高まりにくい状況が続くなか、20年前半に2回の追加利下げ、年末にかけて預金準備率の引下げを予想する。

実質GDP成長率は20年が+5.3%(19年:+5.9%)と低下、21年が+6.5%に上昇すると予想する。
(図表12)フィリピン 実質GDP成長率(需要側)/(図表13)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は2年連続で+7.0%成長を記録しており、世界経済が減速傾向にあるにもかかわらず、高成長軌道を維持している(図表14)。昨年前半は製造業が世界経済の減速やスマートフォン需要の鈍化、建設業が不動産融資の規制強化などの打撃を受けて増勢が鈍化したものの、年後半は米中貿易摩擦を背景とする中国からの生産移管が進んだことにより軽工業品と電子部品の生産が拡大、建設業も持ち直した。またサービス業は雇用・所得の改善、外国人観光客の増加を受けて堅調に推移した。一方、農業はアフリカ豚コレラの影響により減速傾向が続いた。

先行きのベトナム経済は年前半に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて製造業と観光業を中心に減速するが、その後はペントアップ需要や米中貿易摩擦を背景とする中国からの生産移管の動きが再び加速するなかで持ち直し、通年で+6%台前半の成長を予想する。

ベトナムの生産能力を拡張しようとする企業の動きは今年も続くだろう。米中貿易摩擦が長期化するなか、ベトナムは年内に発効が見込まれる「EU・ベトナム自由貿易協定(EVFTA)」や「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」などの貿易自由化が前進しており、サプライチェーン再編の受け皿となるだろう。もっとも昨年末に米中貿易協議が第一段階の合意に達したこと、年明けに新型コロナウイルスの感染が拡大したことから、1-2月の外国直接投資(FDI)の認可額は前年比23.6%減と落ち込んでおり、ベトナム投資に一時的なブレーキが掛かる恐れがある。また中国のサプライチェーンの混乱により、製造業の生産活動に一時的な悪影響が出ており、年前半の製造業の減速は避けられないだろう。

またサービス業は、年前半は新型コロナの流行を背景とする外国人観光客の減少や国民の外出自粛により失速するが、その後はペントアップ需要や安定した雇用・所得環境が続くなか、年後半は再び堅調な伸びに戻ると予想する。このほか、建設業は企業活動の鈍化を反映して減速、農業も干ばつの影響で伸び悩むと予想する。一方、公共部門は政府が投資を加速させるほか、産業支援策を打ち出すものみられ、景気の下支えとなるだろう。

金融政策は、昨年9月に約2年ぶりの利下げ(▲0.25%)を実施してから据え置かれていたが、新型コロナの感染拡大を受けて、中銀が今年3月に1%の利下げを実施した。足元のインフレ率はアフリカ豚コレラ(ASF)による豚肉価格の高騰を受けて上昇しているが、政府の価格統制や原油安を受けて年前半に沈静化し、中銀目標の「+4%未満」まで低下するだろう(図表15)。3月に大幅利下げが実施されたことから、政策金利は年末にかけて据え置かれると予想する。

実質GDP成長率は、20年が6.2%と19年の+7.0%から減速して政府の成長目標+6.8-7.0%を下回り、21年は+7.3%とFDIの拡大を追い風に高成長軌道に戻ると予想する。
(図表14)ベトナム実質GDP成長率(供給側)/(図表15)ベトナムCPI上昇率(主要品目別)
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2020年03月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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