2019年11月26日

(欧州)年金基金のガバナンスとリスク管理に関する動き-EIOPAからの意見公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EIOPA(欧州保険・年金監督局)は、2019年7月に「年金基金の監督におけるガバナンスとリスク評価文書の活用についての意見1を公表した。こうした意見表明は、EU規則で求められているものであり、EIOPAがEUにおける監督様式の統一を主導し、それに基づいて各国の監督当局に意見を提供することにより、EU全体で統一された監督手順を確保することを狙いとしている。その結果として、年金制度加入者を保護し、年金基金がESG投資など社会的責任を果たす運営とリスク管理を行うよう、各国当局が監督できることを目指す内容となっている。
 
1 Opinion on the use of governance and risk assessment documents in the supervision of IORPs
https://eiopa.europa.eu/Publications/Opinions/Opinion%20on%20the%20use%20of%20governance%20and%20risk%20assessment%20documents%20in%20supervision%20of%20IORPs.pdf

 

2――意見書の内容

2――意見書の内容

1目的
この意見の中で「ガバナンス文書」とは、IORPII指令(改正版職域年金指令)に従って各年金基金によって決定された、戦略、プロセス、定款、報告手順、根拠などを示す年金基金内部の文書全般を指している。IORPII指令の中では、各国の所管官庁(Competent Authorities :CAs)は監督において必要ならば、そうした文書を年金基金からいつでも取得できると規定されているものの、その頻度が、定期的なものなのか、その場の状況に応じてなのかについては、国によっても異なっているのが現状であるという。当意見書などを通じて、今後は、リスクベースでのプロポーショナリティを考慮しつつEU全体で統一された基準を作ろうとしている。

中でも、投資方針原則(the statement of investment policy principles:SIPP)を含む投資方針のガバナンス文書と、改正職域年金指令で新たに要求された自己リスク評価(the Own-Risk Assessment:ORA)に関するガイダンスに関する記載が意見の主要部分となっている。また環境への配慮、社会への貢献などにおける持続可能な投資(いわゆるESG投資)や関連するリスクを検討し、それらの開示についても触れられている。
2文書の種類
ガバナンス文書の報告に関しては、その頻度が定期的なのか随時なのかを、各国所管官庁で特定すべきとEIOPAは言っているのだが、ケースバイケースの報告や事後に追加で報告を要求することを妨げてはいない。

何がガバナンス文書にあたるか、ということからそもそも検討する必要があり、意見書では以下のようなものが例として列挙されている。
 
報酬方針、投資方針(SIPP)、リスク選好・許容度の方針、利益相反に関する方針、内部監査方針、リスクの自己評価(ORA)の方針と手順、
該当するならば、保険引受方針、保険数理上の項目の決定方針、外部委託の方針
定款など基金内部の諸規定、事業計画、緊急時の対応計画、ガバナンスの仕組、ITシステム方針
 
また定期的な監督、検査を実施する場合、以下のような文書のうちどれが根拠資料として利用可能であるかを指定する必要がある。
 
年次会計報告書と監査報告、アニュアルレポート、ORA報告書、投資方針原則との整合性の証拠資料、資産の最新の記録、年金・給付金支払いの記録、あれば内部の中間報告、リスクの登録、資産負債の調査研究、保険数理上の評価・仮定
 
なお、監督の統一を目的としてはいるものの、上記は年金基金の状況次第で必要に応じて省略されたり、期限を変更したりできるよう、柔軟な対応が可能な規定としておくことも同時に求められている。
3投資方針に関する文書について
まず、各国所管官庁は、年金基金が投資方針についての一貫性のある具体的なSIPPを準備するよう、奨励する必要がある。

SIPP自体が満たす条件として、以下5項目が、監督のためのガイダンスとして挙げられている。

(1) SIPPの構造と必要最小限の情報(投資方針、運用目標、国内などの投資ルールの遵守、投資期間、ESG投資の組込みの有無、投資方針の決定部署、資産管理スタイル)
(2) SIPPにESG要素が組み込まれている場合はその詳細な説明
(3) 投資方針の変更(規制の変更、目標の変更、新金融商品への投資、リスクプロファイルの変更、などに関する監視と報告、その手順等)
(4) SIPPの公表とその方法
(5) SIPPの他の文書との整合性

また、他のガバナンス文書との整合性に関しては4項目が挙げられている。

(1) 投資方針と加入構成員の構造との関係
(2) プルーデントマンルールの遵守の状況
(3) 投資方針を実際に遂行する手順
(4) 投資ガバナンスの透明性の確保
4ORAに関するガイダンスに関する文書について
ORAに関する所管官庁のガイダンスについての意見が記載されている。ただしそのガイダンスはこれまでに出されたリスク評価やオペレーショナル・リスク、年金基金のESG関連の意見書との関連で総合的に理解すべきであるとされる。

所管官庁は各年金基金から「ORA方針」なるリスク管理方針文書を提出させる必要がある。

(1) ORA文書の構造と必要最小限の情報内容
そこには以下のようなことが明記されるべきであるとしている。
・ORAプロセスのガバナンス
・ORAと将来予測のためのプロセスと手順の明示
・年金基金が直面する、あるいはその可能性のある全ての重大なリスクの識別(他の文書にある場合はその旨記載)
・用いるデータ品質に問題がないことの説明
・重要なリスク(例えば、市場リスク、カウンターパーティリスク、バイオメトリックリスク、オペレーショナルリスク)の結果と相互関係の評価。またストレステストなどの結果
(2) 他のガバナンス文書との整合性
(3) 年金基金のリスクプロファイルと加入構成員構造の関連
(4) ORAの改定(規制の変更、リスク選好・目標の変更、財務状況の変化)
(5) リスク管理状況の開示による透明性の確保
 

3――おわりに~EIOPAは2年後にモニタリング予定

3――おわりに~EIOPAは2年後にモニタリング予定

以上のような基本方針に基づいて、各国所管官庁が年金基金に対し、ガバナンス文書の整備などを奨励することを提案したのが今回の意見書であるが、今後、監督の統一がどれほど進んだかを評価するために、この意見書の発表から2年後に、EIOPAが所管官庁の監督状況をモニタリングする予定である旨表明されている。

今のところ、これは意見書ということで確定した規定というわけではないとしても、保険会社等も含め金融機関に対する監督としては、それほど特異なものではないと思われる。従って、年金基金の実務上の問題を解決しつつ、おおよそこの方向・内容で規定の整備が進められるものと考えられる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2019年11月26日「保険・年金フォーカス」)

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