2019年11月25日

共働き世帯の妻の働き方-過半数が「150万円の壁」を越えないが、夫高年収ほど妻高年収

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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4――共働き世帯の妻の年収~「150万円の壁」を越えない妻が過半数、パワーカップル妻は3%弱

次に共働き世帯の妻の年収に注目する。昔から妻が働く場合、いくつかの「壁」の存在が言われてきた。税金や社会保険上の問題から、一定の収入を越えると手取り額が減ってしまうためだ。例えば、「103万円の壁」や「150万円の壁」等6があるが、これらに注目しながら妻の年収の状況を確認する。
図表7 共働き世帯の妻の年収(2018年) 共働き世帯の妻の年収は、150万円未満が過半数(50.2%)を占めており(図表7)、共働き世帯のうちパートタイムで働く妻(57.9%)と比べるとやや少ない。また、年収150万円未満の妻は「夫婦と子」世帯で多い。
図表8 共働き世帯の妻の年収の推移(全体) 一方、年収150万円以上で「壁」を越えて働く妻では、年収150~300万円未満が22.3%(150万円以上では44.8%)、300~700万円未満が21.6%(43.4%)、700万円以上が2.8%(5.7%)である。なお、家族類型によらず、年収300万円前後(200万円台や300万円台)が多い。

つまり、共働き世帯の妻の年収の内訳は、過半数が配偶者控除を意識して「壁」を超えずにパートタイムで働く妻であり、残り半数弱が「壁」を越えて働く妻、うち、それぞれ2割が年収300万円未満と年収300~700万円未満、3%弱がパワーカップルとなっている。

なお、2018年より、(夫の)配偶者特別控除の減額は(妻の)年収103万円超から150万円超へと引き上げられているが、2018年以前と妻の年収分布には大きな違いはない。一方で年収150万円未満の割合は徐々に低下している(2013年54.6%→2018年50.2%、▲4.4%pt、図表8)。妻の労働時間(パートタイムとフルタイムの別)では過去とさほど変化は見られなかったものの、妻の年収で見ると、「壁」を越えて働く女性は少しずつ増えている。時間短縮勤務等の制度を活用しながら、働く女性が増えているのだろう。
 
6 年収103万円を越えると所得税を納める必要が生じる。また、年収103万円未満であれば、その配偶者は満額38万円の所得控除が受けられるが(「配偶者控除」)、103万円を越えると「配偶者特別控除」へと切り替わる。150万円までは「配偶者控除」と同様、満額の控除が受けられるが、150万円を越えると年収に応じて控除額が減額され、201.6万円で0となる。以前は103万円超で控除額が減額されたが、2018年より150万円へと引き上げられた。なお、「配偶者控除」も「配偶者特別控除」も配偶者の所得1,000万円以下が対象である。このほか、一定の条件を満たす企業等で働く場合は社会保険料を納める必要が生じる「106万円の壁」や、条件を満たさない企業等でも国民年金や国民健康保険等に加入する必要が生じる「130万円の壁」もある。
 

5――共働き世帯の夫の年収別に見た妻の働き方

5――共働き世帯の夫の年収別に見た妻の働き方~共働き世帯では夫が高年収ほど妻も高年収

共働き世帯のうち過半数の妻がパートタイムで「150万円の壁」を越えない働き方であり、背景には子の有無や祖父母の支援の得やすさの影響が見られた。このほか妻の働き方には夫の状況も影響するだろう。経済学では古くから「ダグラス・有沢の法則」として、夫が高年収であるほど妻の労働力率は低下することが指摘されている。最後に、夫の年収と妻の働き方の関係について捉える。
図表9 共働き世帯の夫の年収別に見た妻の労働時間(2018年) 1夫の年収別に見た妻の労働時間~夫が高年収ほどパートタイムの妻は増加
夫の年収別に、共働き世帯の妻の労働時間を見ると、年収300万円以上では、高年収であるほどパートタイムで働く妻が多い(図表9)。夫の収入が十分にあれば、妻は必ずしも高い収入を得る必要がないという様子がうかがえる。あるいは夫が多忙であるために、妻がフルタイムで働きにくいといった状況もあるのかもしれない。

なお、夫の年収300万円未満では、パートタイムで働く妻が比較的多いが、これは高齢者が多く含まれるためだろう。
2夫の年収別に見た妻の年収~夫が高年収ほど高年収の妻が多い
一方で、興味深いのが夫婦の年収の関係である。夫が高年収であるほど、必ずしも年収150万円未満の妻が増えるわけではない(図表10)。年収300万円以上の夫では、図表10の妻がパートタイムの割合に対して、妻の年収が150万円未満の割合が低い傾向があり、両者の差は夫の年収が高いほど広がっている。これは、パートタイムにはアルバイト等の非正規雇用者から、時間短縮勤務の正規雇用者まで広く含まれること、そして、夫が高年収であるほど、年収が比較的高い後者の割合が増える影響が考えられる。
図表10 共働き世帯の夫の年収別に見た妻の年収(2018年) また、夫が高年収であるほど、「150万円の壁」を越えて働く妻では高年収層が増える。例えば、年収700万円以上の妻の割合は、夫の年収300~499万円未満で0.8%、500~699万円未満で1.5%、700~999万円未満で5.3%、1000万円以上で13.3%である。

つまり、夫が高年収であるほど、夫の高い経済力から、夫の扶養の範囲内で働く妻が増えるように思われるが、実は高年収の妻が増える。逆に、妻側から見ると、年収700万円以上では61.9%が夫も年収700万円以上である。やはり高年収の妻では高年収の夫が多くなっている。これは、昔から日本人女性では上方婚(社会的地位や収入、学歴等が自分より高い者と結婚すること)を望む傾向なども影響しているのだろう。一方で、年収700万円以上の妻の約4割は、自分の年収が夫の年収を上回っていることも興味深い。

なお、夫が高年収であるほど専業主婦の妻が増える傾向はある。総務省「労働力調査」によれば、夫の年収300万円以上では、高年収であるほど妻の労働力率は低下する。
 

6――おわりに

6――おわりに~「壁」を遥かに超えて働くことができる女性の就労環境の整備を

「共働き世帯のうち、『150万円の壁』を超えない働き方をする妻はどれくらいだと思うか?」と、周囲に尋ねると、1~3割など実際より少ない割合の回答が多い。筆者自身がフルタイムで働く妻であり、周囲の価値観に偏りがある可能性は大いにある。しかしながら、筆者の周囲と同じように、共働き世帯では「150万円の壁」を越えない妻が過半数という実態を意外に感じる方も多いのではないだろうか。「男女雇用機会均等法」が制定されて30年余りが経ち、第二次安倍政権の看板政策である「女性の活躍推進」政策が始まって6年が経過している。都市部では未だ保育園の待機児童が解消していない。

政府は人手不足が進む中で、女性の労働力に注目している。前述の通り、2018年から(夫の)配偶者特別控除の減額が(妻の)年収103万円超から150万円超へと引き上げられ、政府は「壁」を越えて働く妻が増えることを期待している。確かに共働き世帯の過半数は「壁」の範囲内で働く妻であり、「壁」の範囲を広げることは、女性の労働力を高める上で一定の効果は見込めるのだろう。

一方で、女性の労働力を高めるには、そもそも「壁」を気にせずに、「壁」を遥かに越えて働きたい女性の就労環境を整備することが効果的だ。

女性の就業上の大きな課題には出産後の就業継続がある。就業継続率は上昇傾向にあるものの、約半数は第1子出産後に退職する。日本の労働市場では、ブランクのある女性の復職は難しい。「壁」を意識せずに働いていた出産前のキャリアに戻れずに、別の職に就く女性は多い。

結婚や出産とともに家庭を重視した働き方、つまり、「壁」を意識した働き方を選ぶのは個人の自由だが、出産後は不本意な理由で退職する女性も少なくない。内閣府7によれば、正社員女性の妊娠・出産時の退職理由の首位は「家事・育児に専念するため、自発的にやめた」(29.0%)だが、次いで「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立の難しさでやめた」(25.2%)が多い。さらに、退職理由に両立困難をあげた女性に詳細を尋ねると、「勤務時間があいそうもなかった」(56.6%)や「自分の体がもたなそうだった」(39.6%)、「職場の中に両立を支援する雰囲気がなかった」(34.0%)という声があがる。

現在「働き方改革」では、長時間労働の是正や、柔軟な働き方がしやすい環境整備としてテレワークや副業・兼業の推進が進められている。また、女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備としてリカレント教育や再就職支援なども進められている。1つ1つの政策が着実に進められることで、「壁」を越えて働くことのできる女性が増えることに期待したい。

また、職場の制度等の環境整備に加えて、家庭の環境整備も重要だ。内閣府「平成29年版男女共同参画白書」によると、6歳未満児を持つ夫婦の家事・育児時間は、1日当り夫が平均1.1時間、妻が平均7.7時間であり、家事や育児の負担は妻に大きく偏っている。職場の制度環境が整ったところで、家庭の環境が整っていなければ、妻の就業希望を叶えることは難しい。本稿で見た通り、三世代同居の方が核家族世帯と比べて、フルタイムで働く妻が多く、育休からの復帰も早い様子がうかがえた。政府は2020年度から国家公務員の男性職員に対して、原則1ヶ月以上の育児休業の取得を促す方針を打ち出している。夫が家事・育児に協力的であるほど、妻は仕事を続けやすい。妻の復職時に合わせて夫が育休を取ることで、妻のスムーズな復職を促せるだろう。

繰り返し述べている通り8、女性が希望通りに働き続けられることは、経済的なインパクトが大きい。大学卒女性の生涯所得は、2人出産し、それぞれ1年間の育休を取得し、時間短縮勤務を利用したとしても、2億円を超える。出産退職し、パートタイムの非正規の職で復帰した場合(約6千万円)と比べて大きな差が生じる。単純なようだが、希望通りに働ける女性が増え、女性の収入が増えれば、世帯収入も増え、消費は伸びるだろう。女性の就労環境の整備は、日本経済の底上げにつながるのだ。
 
7 内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会(第39回) 仕事と生活の調和関係省庁連携推進会議 合同会議」(2016/11/17)-参考資料1「『第1子出産前後の女性の継続就業率』の動向関連データ集」の末子妊娠・出産時の退職理由
8 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯所得の推計」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/11/16)や、久我尚子「男性の育休取得について考える」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2019/11/05)など。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2019年11月25日「基礎研レポート」)

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【共働き世帯の妻の働き方-過半数が「150万円の壁」を越えないが、夫高年収ほど妻高年収】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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