2019年11月08日

「情報銀行」は日本の挽回策となるのか

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.272]

中村 洋介

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1―「情報銀行」とは

世界的なデジタル化の潮流の中、米中の巨大IT企業が圧倒的な存在感を放っている。日本はデジタル化の大きな波に乗り遅れてしまったのではないかという懸念の声は強い。データ利活用も、米中の巨大IT企業のレベルにはとても及ばない。こうした課題意識を背景に、我が国のデータ利活用を推進するための方策の1つとして検討されてきたのが「情報銀行」である。
 
情報銀行とは、消費者( 個人)が自分のデータ(例えば、行動履歴や購買履歴のデータ)を提供し、その対価として金銭、クーポンやポイントをはじめ、お得な情報に至るまでの様々な便益を受け取れる仕組み(事業)である[図表1]。
情報銀行のイメージ
消費者が、データを情報銀行に提供する(預ける)。データは、アンケートのように消費者自らが入力し提供する場合もあれば、消費者が使用するサービスの運営事業者が保有するデータを提供する場合もあるだろう(例えば、スマートフォン向け健康管理アプリの事業者が保有する個人の歩行・歩数履歴データ等)。データの提供を受けた情報銀行は、消費者による意思、事前に提示した条件等に基づいて、データ利用を希望する第三者(事業者)に提供する。消費者の意に沿わないデータ提供は行われないようになっている。そして、データの提供を受けた第三者から、消費者に直接または間接的に情報銀行から便益(対価)が還元される。データ提供を受けた第三者はそのデータを活用して、その消費者個人の特性や趣味・嗜好に合わせて個別最適化されたサービスや商品を提供することに活かす、または大量のデータを取得・分析して新しい商品の開発やマーケティング戦略に活かす、といったことが考えられる。
 
足もと、情報銀行事業に参入を検討する企業も増えている[図表2]。
情報銀行事業の一例
例えば、電通系のマイデータ・インテリジェンスは、情報銀行サービス「MEY(ミー)」を提供している。そのスマートフォンアプリ(サービス)に登録すると、ユーザーのデータを活用したい企業からオファーが届く。ユーザーはデータの利用目的やその対価(返礼)を確認して、気に入ったものだけにデータを提供することが出来る。対価として、ポイントや電子マネー、お得な情報等が受け取れるという。また、三菱UFJ信託銀行が2020年4月から情報銀行サービスの提供を開始すると発表している他、実証実験に取り組んでいる企業もある。民間事業者による任意*の認定制度も出来た。(一社)日本IT団体連盟が情報銀行の認定事業を開始しており、2019年6月には三井住友信託銀行、フェリカポケットマーケティングの2社の計画が、情報銀行サービスが開始可能な状態である運営計画として認定を受けた。今後、更に認定事業者が増えていくであろう。

2―情報銀行にかかる期待

情報銀行のような仕組みに大きな期待がかかるのは、日本におけるデータ利活用が思い描くようには進んでいないことの裏返しでもある。消費者からすれば、自らのデータがどのように使われているのか把握や制御が出来ないこと等への不安や、自らのデータを提供することによる便益を理解、実感出来ないこと等が、データ提供のハードルになっている。一方、事業者からすれば、消費者の漠然とした不安やレピュテーションリスク等を背景に、企業や業界の垣根を超えたデータ流通・活用に躊躇してしまう。こうした課題の解決策として期待されているのが、消費者が自らのデータをコントロールし、便益を受けられる情報銀行のような仕組みの実現、普及なのだ。米中の巨大IT企業はデータを集め、それを活用して稼ぐという洗練されたビジネスモデルを確立し、市場を席巻した。世の中に巨大IT企業の行いに対する不安や疑念が芽生え育ちつつある今、日本の政府には安全・安心が売りのデータ流通・活用の仕組みをいち早く軌道に乗せて、巻き返しを図りたいという思いもあるだろう。

3―実現に向けた課題

ただ、こうした方策の実現に向けては相応のハードルもある。英国のmidata等、海外で類似の先行事例もあるが、大きく成功したとは言えない状況だ。日本が先駆者として、試行錯誤していく必要がある。
 
情報銀行がビジネスモデルとして成立するのか否かは重要な論点だ。データ流通・利活用を安全・安心に行う仕組みとしては理想的なのだろうが、民間事業者が運営するのであれば、収益性等の観点から持続性のあるモデルでなければ定着しない。仮にその事業単体で収益が上がらないにしても、それを補って余りある他の事業とのシナジー効果が必要だろう。
 
無料で使える便利なサービスやスマートフォンアプリ等が浸透している中で、消費者からフィー(月額利用料等)を徴収するのは容易では無い。となると、データの提供先である第三者(事業者)から消費者に還元する対価の他にフィーを徴収する、集めたデータを統計データや個人が特定できないようなデータ(匿名加工情報)に加工した上で第三者に提供し対価を得る、といったことになる。情報銀行からデータ提供を受けて、消費者一人ひとりに最適化されたサービス・商品を提供しようとする事業者であれば、購買意欲の高い魅力的な消費者(例えば、旅行や教育サービス等の高額消費に積極的な高所得者層等)のデータを入手し、その消費者にアクセスしたいと思うだろう。また、データを商品開発やマーケティングに活かしたいと考えている事業者にとってみれば、ある程度まとまったサイズのデータが無いと活用出来ない。質の高い、多くのデータを集めた上で、収益化する仕組みが作れるかどうかが鍵になる。ユーザーを増やし、多くのデータを集めるために、当面は赤字覚悟の先行投資が必要かもしれない。
 
ただ、データを集めようにも、消費者にとって魅力あるサービスでなければデータが集まらない。消費者がデータを提供したいと思うような便益(対価)を提供出来るかどうかがポイントになる。実際にデータを提供しても数十円から数百円分の現金やポイントにしかならないといったことは十分にあり得るだろう。また、クーポン(もしくは「お得な情報」)が提供されても、似たようなクーポンや情報が溢れている中、価値を見出せない消費者もいるだろう。如何にして、消費者にデータを提供するメリットを訴求できるかが問われよう。
 
当然、安心してデータを預けられる管理体制の構築も必要だ。また、消費者がスマートフォンやパソコン上で容易にストレス無く操作、管理出来るユーザーインターフェースも重要だ。操作や管理が煩雑で分かりにくいようだと、消費者が魅力を感じられずに離れていってしまう。安心、透明性、分かりやすさが求められるだろう。
 
今後に向けては、データ様式・形式等の標準化やルール作り、行政が保有するデータの活用、データポータビリティ(自分のデータを引き出し、他に移せる仕組み)の導入、慎重意見もある健康・医療データの流通等についても議論が進んでいくと見られる。データビジネスの展望に影響するだけに、これらの議論の行方を注視したい。

4―おわりに

政府の旗振りもあって、情報銀行等のデータビジネスに熱い視線が注がれている。金融機関やインターネット企業等、様々な企業が業種の垣根を越えて競争を繰り広げることになりそうだ。データを活用したインターネット広告で稼いでいるグーグルやフェイスブックは、色々と批判を巻き起こしてはいるが、ある意味で非常に洗練されたビジネスモデルを作り上げた。飛び抜けて優秀な人材が集まるだけに、批判されている点を克服し、新たな進化を遂げる可能性を秘めている。日本の情報銀行等のデータビジネスを、こうした巨大IT企業に伍するレベルに高めていけるだろうか。「個人情報の取扱に関する不安、懸念」が根強い一方、「面倒なことはしたくない」と思う消費者を満足させるとともに、しっかりと利益を獲得していくには「もうひと工夫」必要だろう。企業の創意工夫や試行錯誤によってビジネスモデルが進化し、データビジネスで出遅れた日本にとって、真の意味での挽回策となることに期待したい。
 
* あくまで「任意」の認定であって、認定が無いと事業が行えない制度とはされていない
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中村 洋介

研究・専門分野

(2019年11月08日「基礎研マンスリー」)

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