2019年11月06日

「会社の芯から地球環境問題に対峙する」-迫りくる異常気象にビッグ・ピボットせよ-

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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5――異次元のイノベーションを追及する

アンドリュー・S・ウィンストンは前掲著書で「気候変動や資源の逼迫といった非常に大きな問題に立ち向かうためには、我々は新しい問題提起をしなければならない。長い時間をかけて培ってきた、「ものごとはこうあるべきだ」という思い込みを問い直すような、本質的なレベルでのイノベーションが不可欠だ」「今まで当たり前だと信じて疑わなかったことを、再度根本から問い直す作業である」と述べ、これを「異次元のイノベーション」と表現している。
 
筆者は、同氏の「異次元のイノベーション」の中で、特に「制約がイノベーションを生み出す」「イノベーションそのもののイノベーション」「失敗を認め、根本を覆すような異次元のイノベーションを目指す」という概念に注目している。「制約」を乗り越えるために「大胆なビジョン」を掲げることによって新しい考え方が生まれざるを得ない土壌が作られ、それがイノベーションへとつながる。「イノベーションそのもののイノベーション」とは、自分単独では問題を解決することができないとの認識に立ち、多くの人にイノベーションに参加してもらうオープン・イノベーションをベースに置く考え方である。そして、ウィンストンは「もし新しい挑戦とその結果の失敗を認めないのなら、他にどのような前進の方法があるだろうか」と言い、「失敗」をイノベーションにまで結び付けるために、「賢く、しかも勇敢でなければならない」とする。
 
これら概念は、異常気象がニューノーマル化する中、私たちが環境問題に対峙するに際して強く意識する必要があるものであると考えている。
 

6――「異次元のイノベーション」としての信玄堤

6――「異次元のイノベーション」としての信玄堤

ここで事例の一つとして、「台風19号から甲府盆地を守った」として話題になった「信玄堤」を紹介したい。信玄堤とは山梨県甲斐市の御勅使川と釜無川の合流地点に、戦国時代に同地「甲斐の国」を治めていた武田信玄が築いたとされる堤防である。信玄堤は霞堤と言われ、上流から下流まで途切れることなく続く連続堤防とは違い、完全には遮断しない構造となっている。河川が氾濫すると、増量した水をわざと越流させ霞堤に導いて滞留させ、洪水のエネルギーを減じる仕組みである。洪水を「完全に封じ込める」のではなく、洪水を前提に流域全体で水流を制御、リスクを分散するということである。同時に、武田信玄は、その信玄堤の仕組みが正しく機能するように「領民にも知らせ協力させる」ことも課題としていた。現在の経営学で言えば、「レジリエント」な手法、つまりは、しなやかで抗なわない手法ということであろう。
 
筆者は、信玄堤は、戦国時代の当時においても、令和時代の現在においても、「異次元のイノベーション」であったと考えている。それは、この「レジリエント」な手法が、決壊、すなわち想定外を前提とした治水システムであり、自然を取り込んでリスクを分散、最小化するという、「自然と共生」するシステムであったと考えられるからである。
 
国土交通省 関東地方整備局 甲府河川国道事務所の資料によれば、武田信玄の治水システムは、「(川を安定させるために)水の向きを変えた」「(川の)流れを2つに分けて、水の力を弱めた」「(別の川への)新しい流れをつくった」「堤防と堤防にすきま(霞堤)をつくり、大水であふれた水を洪水の後、(元に)戻す工夫をした」などの点において「ハイテク技術」であったと述べられている。まさに、洪水を前提に、領民の協力を得ながら、流域全体で水流を制御、リスクを分散するものであったのである。
 
当時の「甲斐の国」は、山に360度すべての方位を囲まれ、大洪水・水害が多発、経済資源も乏しく、物流面でも不利な状況で火薬など戦略物資調達も容易でなかったとされる。さらに、上杉、北条、今川など強力な敵国にも囲まれるという、極めて過酷な地政学的環境に位置していた。その中で、武田信玄は、「甲斐の国」から領地拡大・勢力拡大を戦略に据えなければならない状況に置かれていた。
 
武田信玄はそうした制約要因と多くの失敗経験を踏まえて、新しい発想でオープンに、「イノベーションそのもののイノベーション」「根本をも覆すような異次元のイノベーション」を生み出すことに迫られていたわけなのである。
 

7――日本各地の歴史に学ぶ

7――日本各地の歴史に学ぶ

近代以前の農耕社会での治水は、氾濫が頻繁に発生する地帯は住居区域とせず、一定以上の洪水は氾濫に任せわざと越流させ、その被害を最小化することを基本としていた。まさに信玄堤のような発想である。
 
明治時代には、人口が増加、人々は居住する土地を求めて氾濫が頻繁に発生する地帯にも多く居住するようになった。そこで、政府は、大河川にそった連続堤防を構え洪水を「完全に封じ込める」河川事業を開始したわけである。現代に移ると、人口増加が加速、都市化の進展と河川下流域開発が並行し、さらに中・上流域も含む河川流域すべてで都市化が進んでいる状況となった。現在では、水源から河口まで流域全体をカバーする治水対策が進められているが、都市化の進展に対策が追いついていない、洪水対策が後追いとなっているのは否めない状況であろう。
 
日本の近代・現代の治水の歴史では、幾度となく想定外の被害が発生している。台風19号では、堤防の決壊件数は71河川・128か所にも上った(10月18日現在、国交省)。これまでの「想定」自体が通用しなくなってきていることは言うまでもない。
 
筆者は、多くの自然災害を経験してきた我が日本においては、信玄堤は、山梨県での一例に過ぎないはずであると思っている。日本各地にも歴史・経験・環境を踏まえた優れた仕組みが多くあるはずである。それらを掘り起こし、現代に活かすことが求められていると考える。
 
「異次元のイノベーション」を起こさなければならない今だからこそ、「想定外を前提とする」「自然と共生」「レジリエンス」といった信玄堤を事例とするような、日本各地で培われた知見に学びつつ、最先端テクノロジーとの相乗効果を発揮させるような大胆なイノベーションを官民あげて起こす必要があるのではないだろうか。
 
そして、翻って日本企業には、アップルが推進していているように、事業自体を変革するほどまでに、地球環境問題に事業の中核として取組んでいくこと、つまりは、「会社の芯から地球環境問題に対峙する」ことをリードしていくことが求められているのである。
 
 

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立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授

田中 道昭

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(2019年11月06日「基礎研レポート」)

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