2019年11月05日

男性の育休取得について考える-月単位の育休で人事評価にも影響?「生産性」の評価を

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

文字サイズ

1――国家公務員男性は原則1ヶ月以上の育休へ、今後は企業等の人事評価制度の見直しも?

図1 育児休業取得率の推移 政府は2020年度から国家公務員の男性職員に対して、原則1ヶ月以上の育児休業の取得を促す方針を打ち出した。2013年に「女性の活躍推進」政策が掲げられて以降、公務員男性の育休取得は順調に伸びており、2018年には2割を超えた。しかし、女性の99.5%と比べれば差がひらいている(図1)。

残念ながら、女性ではあまり議論にならないのだが、もし、男性の「月単位」の育休が広がれば、人事評価制度の一部が見直されるのではないかと注目している。

近年、民間企業でも男性の育休取得は進んでいるが、大半は数日から1週間程度のようだ。つまり、不在期間は夏期や年末年始の休暇等と変わらず、人事評価に影響の無い範囲だ。最近では女性と同様に数ヶ月単位の育休を取得する男性もあらわれているが、一部の報道によれば、育休復帰後は左遷されたり、その会社に居難くなるということもあるようだ。

「男女雇用機会均等法」が成立して30年余り、また、最近の「女性の活躍推進」政策の後押しもあり、制度環境の整備が進み、女性も男性も育休を取得できるようにはなってきた。しかし、その後のキャリア形成や人事評価については「あくまで自己責任で」という印象が否めない。

「マミートラック」という言葉がある。育休や時短を利用した後、いざフルタイムで復帰すると、出産前のキャリアコースではなく、昇進・昇格とは縁遠いコースに固定されてしまうことだ。出産前にハイキャリアを歩んでいた女性ほど、モチベーションが低下しやすく、退職にもつながりやすい。

先の男性の育休復帰後の不運な処遇なども生じる理由の1つには、「働き方改革」で生産性向上の重要性が叫ばれ、有給休暇取得の義務化や残業時間規制が進む中でも、相変わらず労働時間の長さが評価につながりやすい企業等が多いことがあるのではないだろうか。
 

2――「量」や「質」に加えて「生産性」という評価軸を

2――「量」や「質」に加えて「生産性」という評価軸を、女性だけでなく男性も、介護との両立でも必要な視点

確かに経営側から見れば、ブランク無く業務に邁進する社員は戦力として期待しやすい。また、労働時間を確保できて「量」をこなせることは重要であり、時間をかければ「質」を上げられることもあるだろう。

一方で、これからは「生産性」という評価軸も必要ではないか。例えば、同程度の「量」かつ「質」のタスクについて、「生産性」の低い社員では残業が必要でも、「生産性」の高い社員では残業が必要なければ、「生産性」の高い社員には残業代というコストがかからない。それは一定の評価に値するのではないか。裁量労働制など残業代という概念のない雇用制度であっても、急速にAI化が進展する中、「生産性」という概念無しには、グローバル化の進む企業間の競争には勝てないだろう。「量」や「質」を労働時間で補えば良いという旧来型の働き方は、そろそろ卒業する時だ。

このような主張を育児の文脈で行うと、どうしても仕事と育児の両立を図る女性の話とされがちだ。しかし、女性だけでなく男性にも関係する話であり、育児だけでなく介護でも同様だ。仕事と介護の両立をするために必要な仕組みを考えると、やはり育児との両立と同様、月単位の休暇や時間短縮勤務、在宅勤務といったものになる。
図2 同居の主たる介護者の推移 実は今、介護の状況が大きく変わっている。2000年代初頭では、同居の主たる介護者は「嫁」であったが、嫁の割合は低下し、今では「息子」が上回るようになっている(図2)。つまり、育児との両立は無縁であっても、親の介護との両立をしなくてはならない男性が増えている。

介護との両立が必要となる年代は、企業の主力戦力層である50代で多い。例えば、介護との両立のために短時間勤務をしている男性がいて、卓越したマネジメント能力を持ち、1日に数時間でも指揮を取れば組織の好業績を導けるとすれば、その「生産性」の高さは評価されるべきではないだろうか。
 

3――夫の育休で世帯年収は減少しても、妻が就業継続すれば生涯所得は約2億円の差

3――夫の育休で世帯年収は減少しても、妻が就業継続すれば生涯所得は約2億円の差

一方で、男性の育休取得が進めば経済的な問題が生じやすい。女性の社会進出が進んでいるとはいえ、家計の柱は夫が担う家庭は多く、夫の育休期間は世帯収入が減少してしまう。しかし、夫が育休を取ることで目先の収入は減っても、生涯所得は大きく増える可能性もあるのだ。

図3に示すように、夫の「平日」の家事・育児時間が長いほど、妻の出産前後の就業継続率は高まる。つまり、夫が家事・育児に協力的であるほど、妻は仕事を続けやすい。例えば、妻の復職時に合わせて夫が育休を取ることで、妻のスムーズな復職を促せるだろう。

また、大学卒女性の生涯所得を働き方別に推計すると、出産後も就業継続した場合は、2人出産して、それぞれ育休を1年間、時間短縮勤務を下の子が小学校入学前まで利用したとしても、生涯所得は平均2億円を超える。一方で、出産後に退職し、子育てが落ち着いた後にパートで再就職した場合は約6千万円であり、就業継続した場合と比べて1.5億~1.7億円もの差が出る。

働く女性の約半数は第1子出産前後に退職する1。たとえ夫の育休期間中は世帯年収が減ったとしても、夫の育休が妻の就業継続につながるのならば、世帯の生涯所得は、はるかに増える。
図3 夫の平日の家事・育児時間別に見た妻の出産前後の就業継続状況/図4 大学卒女性の働き方別に見た生涯所得の推計
しかし、以上の生涯所得の議論は妻が主に正規雇用者である場合だ。妻が非正規雇用者である場合に加えて、家庭の様々な事情によっては、目先の世帯収入を優先せざるを得ないこともある。

本来は育休の取得や、その期間は自由に選択できるべきだ。多様な人材が活躍できる環境整備に向けては、旧来型の慣習や制度を見直す必要がある。そのためには、やはり、これまでマジョリティーであった男性の働き方を大きく変えることが効果的だ。「働き方改革」過渡期の現在では、個別の事情に配慮しながらも、まずは大きく舵を切ることが求められる。
 
1 国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(夫婦調査)」
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2019年11月05日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【男性の育休取得について考える-月単位の育休で人事評価にも影響?「生産性」の評価を】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

男性の育休取得について考える-月単位の育休で人事評価にも影響?「生産性」の評価をのレポート Topへ