コラム
2019年10月31日

サブスク化できないものはあるのか?-多方面に広がる定額使い放題の波、既存企業はどうすべきか

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

文字サイズ

1――広がるサブスクリプションサービス、モノだけでなくサービスも定額制

近年、消費市場では「所有から利用へ」という流れが加速している。これまでは所有することが常識だったモノでも、月額定額料金で使い放題になるサブスクリプションモデルが広がっている。あらためて市場を見渡すと、自動車や家具、家電製品、ファッション(スーツや普段着、バッグ、アクセサリー)、本・雑誌・漫画、ゲーム、音楽、映画・ドラマ・TV番組、おもちゃなど、生活に関わる商品の至るところにまで「サブスク」の波が押し寄せている。

また、モノだけでなくサービスにもサブスク化は広がっている。月額定額で美容院でシャンプーやブローし放題、カフェでコーヒー飲み放題、居酒屋でアルコール飲み放題、英会話レッスン受け放題、動画配信で予備校の講義聴き放題など、各領域でサブスク化が見られる。

なお、サブスクの多くは月額数千円以内で割安な印象が売りだ。しかし、月額数万円で高級腕時計やアクセサリー、高級レストランを利用し放題といった高級志向の消費者に向けたサービスもある。

また、サブスクは基本的にBtoCモデルだが、シェアリングエコノミーの登場によって、CtoBtoCモデルも浸透しつつある。事業者が提供するネット上のプラットフォームを利用すれば、個人間でモノやスペースなどの貸し借りも容易だ。例えば、高級ブランドバッグのサブスクを展開するラクサスでは、バッグを借りるだけでなく、貸すことで利用料が得られるサービスも提供している。

サブスクが多方面に広がる中で、既存のモノづくり企業が自らサブスクへ参入する動きもある。例えば、トヨタはカーシェアを、紳士服のアオキはビジネスウェアのレンタルサービスを始めている。

一方で、もし、サブスク化できないモノやサービスがあるとすれば、それは何だろうか。つまり、所有せずには使えないモノ、あるいは、定額制では提供できないサービスはあるのだろうか。実は、これは日ごろ消費者行動を分析している立場として、よく尋ねられる問いだ。消費生活においてサブスク化できないものはおおむね無いだろう、というのが私の意見だ。むしろ、既存企業が生き残るためにはサブスク(あるいはシェア)と上手く共存する必要がある。

それは、消費者の価値観が変化していること、そして、デジタル化が急速に進展しているためだ。

2――消費者の価値観変化、サブスクが好まれる理由

消費者の価値観変化については、主に3つの観点がある。1つ目は、幅広い消費者層において、消費行動の根底に「できるだけ安く済ませたい」という考えがあることだ。若者ほど経済不安が強く、目先の雇用や収入不安に加えて、少子高齢化による将来の社会保障不安も重くのしかかる。一方で、経済不安が比較的弱い層であっても、特に生活必需性が高いものについては、もし、新たに安くて便利なものが登場すれば、「できるだけ安く済ませたい」と考えるのは自然な心理だ。

2つ目は「所有するより利用したい」という価値観だ。安くて良いモノがあふれる中で育ってきたミレニアル世代を中心にモノの所有欲は弱まっている。良いモノ=高いモノというモノサシが変わり、今では高級車やブランド品を所有することが必ずしもステイタスではない。所有するよりも必要な時に必要な量だけ利用できれば良い、むしろその方が合理的でスマートだという考え方が広がっている。

3つ目は、2点目と重なる部分もあるが「無駄な消費をなくしたい」という考えだ。地球規模で環境問題が懸念される中、最近では、マーケティングでも「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標))」「サスティナブル」といったキーワードが目に付くようになった。大量にモノを買って廃棄するよりも必要な量だけ使う、あるいは再利用する方が好ましいという消費者の考えのもとで、大量生産・大量廃棄を想起させるような企業はイメージの低下を引き起こしかねない。

3――デジタル化の進展、5G・AI・IoT時代に既存企業がすべきこと

そして、デジタル化の急速な進展という面では、既存企業は、むしろサブスク化の波に上手く乗った方が有意義なマーケティング機会を得ることができる。

誤解されがちなのだが、サブスクモデルは単に定額で商品を提供することではない。単なる定額モデルであれば、これまでも新聞や雑誌の定期購読などが存在していた。これらと今のサブスクの違いは、所有よりも利用に価値を見出す消費者に対して、モノを利用するサービスを提供していること、そして、サービスがデジタル化されていることだ。サブスクではサービスそのものがアプリで提供されていたり、サービスはリアルであっても決済や通知機能などがデジタル化されている。

企業のマーケティングとしてはデジタル化が非常に重要だ。以前から、過去の購買データや自己申告された性別や年齢、職業、趣味等の属性データから、商品やサービスの提案は行われていた。一方で、スマホのアプリとして提供されたサブスクでは、逐次デジタル化された行動データも得ることができ、AI・IoTを活用した高度なデータ解析に基づくマーケティングが可能だ。例えば、アプリの閲覧履歴から、消費者が迷っている商品を把握し、より適切な提案ができる。また、位置情報が得られることで、消費者が自社の店舗、あるいはライバル店舗に近づいた時に自社商品の宣伝をプッシュ通知するなど、最適なタイミングで訴求できる。これらの作業は全てデジタル化・自動化されているため、生産性向上の観点でも意義は大きい。

さらに、現在、通信キャリアやネット通販大手などで見られるように、複数のサービスを提供するプラットフォーム企業であれば、横断的なサービス提供も可能だ。例えば、子ども用の携帯電話を契約した顧客に、アニメや教育コンテンツ、宅配野菜のサブスクなどを提案することもできる。

商品を売って利益を計上する既存の売り切りモデルでは、企業と顧客の関係は基本的に毎回、一度完結する。一方、サブスクモデルでは、月単価は安くともデータに基づく最適な提案をし続けることで、生涯に渡って顧客とつながり続けることもできる。サブスクは購入価格を月当たりで割り戻すのではなく、顧客の様々なデータを分析することで、定額サービスをいかに長く継続してもらうか、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)をいかに高めるかという工夫をすることが肝だ。

5G時代が目前に迫る中、既存企業は早急に事業のデジタル化を進め、顧客との強固な関係を確立する基盤を構築するとともに、AI・IoTを駆使し、新たな価値を創出することが生き残る鍵だ。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2019年10月31日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【サブスク化できないものはあるのか?-多方面に広がる定額使い放題の波、既存企業はどうすべきか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

サブスク化できないものはあるのか?-多方面に広がる定額使い放題の波、既存企業はどうすべきかのレポート Topへ