2019年07月16日

介護保険制度が直面する「2つの不足」(下)-「通い」の場や住民主体の地域づくりを巡る論点と課題

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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3|『地域づくり戦略』の長所と短所
こうした発想の違いについては、厚生労働省が今年3月に公表した『これからの地域づくり戦略』(以下、『地域づくり戦略』)に典型的に表れている。

これは主に市町村向けに示された資料であり、地域づくりの方法論として、(1)体操などの「通い」の場づくりを意味する「集い」、(2)近所付き合いや社会関係資本(Social Capital)と呼ばれる地域の繋がりを意味する「互い」、(3)専門職が地域の課題や課題解決策を話し合う「知恵を出し合い」――の3つを挙げた上で、それぞれの論点や留意点を示している。さらに、愛知県豊明市や三重県名張市、兵庫県養父市、高知県高知市、大分県杵築市などの先進事例を示し、3つの方法論について保険者機能強化推進交付金による財政インセンティブが受けられている点を紹介している。

筆者自身としては、『地域づくり戦略』について、前向きに評価できる点があると考えている。例えば、「不十分な所が多々あると思いますが、活用しながら進化させればよいと考え、まずは形にしました。今後、多くの方々の意見を聴く中で修正し、何度も版を改めていきたいと考えています」と冒頭に記す10など、真摯に自治体関係者と向き合おうとしている点が画期的である。

しかし、『地域づくり戦略』では住民主体の地域づくりが「2つの不足」に対応するための施策と考えられている。例えば、住民の主体性を引き出す必要性に言及している部分を読むと、「今後、高齢化が進むとともに、人手不足の時代が続きます。そのような中、介護保険も、保険給付頼りではなく、本人の力や住民相互の力も引き出して、介護予防や日常生活支援を進めていくことをもう一つの柱にしていくことが必要となる」と記している11。つまり、「2つの不足」に対応するための地域づくりという意識が先行しており、介護保険制度の持続可能性という問題意識から発想していると考えられる。こうした意識は住民の見方と乖離していると言わざるを得ない。

繰り返すが、筆者は「2つの不足」に対応するための方策として、「通い」の場や地域づくりが要らないと言っているのではない。しかし、「介護保険の財源が足りないから」「介護現場で働く労働力が足りないから」という説明は「官の論理」であり、これだけで住民の主体性を引き出せるとは思えない。現時点では「官の論理」と住民の生活の間に、大きな齟齬が生じていると言わざるを得ない。
 
10 厚生労働省(2019)『これからの地域づくり戦略(1.0版)』の「はじめに」を参照。
11 同上「むすび―1」を参照。
4住民主体の地域づくりを考える視点
では、どのようにすると、住民主体の地域づくりが可能になるのだろうか。この点についても、人と人を助け合う理由と同様、介護保険制度改正の議論を超える大きな論点であり、『地域づくり戦略』が指摘する通り、「とても古くて新しいテーマ」である12

例えば、コミュニティケアの重要性は1990年頃からイギリスで論じられており、労働党政権のブレーンを務めた社会学者、ギデンスは旧来の福祉国家を修正する際の一つの手段として、コミュニティの役割に注目していた13。オランダでも介護保険に相当する「AWBZ(特別医療費保険)」という政府中心の社会保険制度を改正し、介護保障制度の力点を自治体運営の社会支援法(WMO)という枠組みに移管しており、社会保障制度を縮小した際の受け皿として、コミュニティケアに期待する動きは日本だけに限らない14

日本でも2000年代前半頃からコミュニティの重要性が本格的に論じられており、例えば地方分権改革や地域福祉計画の制度化が進められていた2000年前後には、地域福祉における住民参加の必要性が強調されていた15。こうした経緯を踏まえると、地域づくりの重要性は以前から論じられていたことになり、「なぜ長い間、その必要性が論じられているのに、コミュニティケアや地域づくりは進まないのか」という問いに行き着く。少なくとも日本で進まない一因として、筆者は先に触れた点、つまり「制度から発想する『官の論理』と、生活から考える住民の見方の齟齬」に求めている。多様な「通い」の場を含めて住民主体の地域づくりを本当に進めるのであれば、生活をベースにした住民の見方で考えることが重要である。

では、生活をベースに発想するために何が必要か。そのための方策の一つとして、自分が同じ立場になったことを想像することをお勧めしたい。例えば、自分が高齢になった時、行政から「『通い』の場に通え」と指示されても簡単に従うだろうか。そこに何かメリットがなければ、通いの場に足を何度も運ぶことは想定しにくい。

さらに、「官の論理」との齟齬を認識する上で、国・自治体の行政職員が地域の活動を傍観者として単に「視察」するだけでなく、住民と膝を突き合わせて雑談したり、立場や肩書を超えて活動を手伝ったりすることも重要である。表層しか分からない短時間の「視察」だけで、現場の人から本音を引き出せるわけではない。このため、フラットな関係性で長く接しなければ、制度から発想しがちな「官の論理」の問題点に気付かないだろう16

その一例として、新しい総合事業に関する調査17を見ると、住民主体の活動が進まない理由として、「担い手不足」を挙げる回答が多い。具体的には、「サービス上の課題」を問う質問に対し、「実施主体や担い手がいない」という回答項目を選んだ市町村が多かった。筆者自身も自治体の職員や議員を相手に講演した際、「ウチの地域には担い手がいない」という質問や意見を何度も耳にしており、この結果と符合する。

では、地域に「担い手」は本当にいないのだろうか。ゴミ捨て場の掃除や雪掻き、消防団や水防団の活動、登校する児童の見守り、祭りの運営など草の根で地域活動に取り組んでいる住民は多いはずだが、そういった人達とどこまで話したのだろうか。さらに、近年は地縁型ではなく、防災や子育て、まちづくりなどテーマごとに地域の課題に取り組むNPOやボランティア組織、サークルなどが増えているが、こうした団体や組織に目を配っただろうか。民間企業との連携も考えられるが、どこまで想定しているのだろうか。

筆者が現場でダイレクトに見聞きした範囲で言うと、民間の東埼玉総合病院を中心に、埼玉県幸手市と杉戸町で展開されている住民主体による地域包括ケアの取り組みでは、連携相手を医療・介護の関係者だけにとどめておらず、団地内のコミュニティカフェや町内会、子育て支援の会、防災サークル、まちづくりのNPOなどと幅広く連携し、健康相談などを受け付ける「暮らしの保健室」18を約40カ所で定期的に開催しているほか、同院の訪問看護師や社会福祉士が住民とともに地域の支え合いづくりに努めている19

しかし、いくつかの先進事例を除けば、ほとんどの実態は異なると見られる。例えば、新しい総合事業に関する調査20を見ると、「担い手確保のための取組の有無」を尋ねる質問(複数回答可)に対し、「講演・セミナー」が31.4%、「パンフレットやチラシの配布」が31.2%、「地域団体や地縁組織への協力依頼」が31.0%となっているが、「いずれも実施していない」と答えている市町村が32.0%に及んでいる。この結果を見ると、総合事業の実施に際して、地域で活動している住民とどこまで真摯に向き合ったのか疑問が残る。
図2:担い手確保を目的とした、他施策との連携状況に関する市町村の状況 さらに、「担い手確保を目的とした、他施策との連携状況」を問う設問(複数回答可)では図2の通り、「いずれも実施していない」という回答が63.8%を占めている。図2の回答項目は厚生労働省の政策に関係する部署に限定されているにもかかわらず、「いずれも実施していない」の回答が6割を超えている点を見ると、防災やまちづくり、観光振興など他省庁が所管する分野との連携は全く考慮されていない可能性が想定される。

以上のように見ると、「通い」の場や新しい総合事業は住民や地域社会の暮らしを豊かにする手段の一つに過ぎないのに、厚生労働省だけでなく、自治体も「介護保険」「総合事業」という狭い枠組みで、問題を考え過ぎているように映る。こうした「官の論理」に基づく考え方や議論が続く限り、住民主体の地域づくりは相当、難しいと言わざるを得ない。
 
12 同上「はじめに」を参照。
13 Anthony Giddens(1998)“The Third Way”〔佐和隆光訳(1999)『第三の道』日本経済新聞社〕を参照。
14 オランダの事例に関する邦語文献としては、中澤克佳(2018)「介護保険制度の持続可能性」『平成29 年度海外行政実態調査報告書』、大森正博(2011)「オランダの介護保障制度」『レファレンス』2011年6月号などを参照。
15 例えば、武川正吾(2002)「社会福祉法と地域福祉計画」大森彌編著『地域福祉と自治体行政』ぎょうせいp69では、「社会福祉法によって導入された地域福祉計画は、住民参加によって作られる総合的な計画という性格をもっており、そこでは地域組織、在宅福祉、住民参加、利用者主体などの視点が重要な意味をもってくる」と論じている。
16 この点については、筆者がいくつかの市民活動に関与しつつ、「参与観察」(participant observation)的に得た知見もベースにしている。
17 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業」(2018年度老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答は1,686団体。具体的には、4つの類型に分かれている訪問型サービスに関して「サービス上の課題」を尋ねた質問に対し、「実施主体や担い手がいない」と答えた市町村の比率は以下の通りであり、いずれのサービス類型でも回答項目の最多となっている。いずれも複数回答。
・緩和した基準のサービス:58.7%
・住民主体型サービス:72.5%
・短期集中予防サービス:48.5%
・移動支援:65.3%
18 暮らしの保健室は元々、高齢化が進む東京都新宿区の団地に訪問看護師が立ち上げた連携拠点。秋山正子(2012)『在宅ケアのはぐくむ力』医学書院、2013年7月12日付の基礎研レポートなどを参照。
19 幸手・杉戸地域での取り組みについては、中野智紀(2019)「幸手モデルは“モデル”になりうるか?」『医学のあゆみ』Vol.268 No.7などを参照。
20 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業」(2018年度老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答は1,686団体。

 

5――おわりに

5――おわりに

「人を私事から引き離し国家全体の運命に関心をもたせるのは難しい。国家の運命が自分の身の上にどんな影響を及ぼすことがあるか、よく分からないからである」21。これは民主主義社会における市民の意識について、19世紀フランスの思想家、トクヴィルが記した指摘である。トクヴィルは建国間もないアメリカの様子を視察し、貴族出身でありながら民主主義社会の到来を予見しつつ、平等になった市民がどんな行動、思考を好むか予想した。

その一つとして、平等な民主主義社会では各構成員である市民がお互いに独立しており、その分だけ弱く孤立しやすくなるため、「(注:市民の)生活は実用的で複雑であり、絶えずせかされ活動的である。そのため、ものを考える時間がほとんどない」と論じた22。その結果、市民は生活への影響をイメージしにくい「国家の運命」よりも、目の前の「私事」を実用的に優先しがちになると指摘したのである。

これは介護保険制度改革と地域づくりの関係でも当てはまる。確かに介護保険制度を巡る「2つの不足」は深刻であり、「通い」の場を含めた地域づくりが重要なことは事実だが、こうした「国家全体の運命」を厚生労働省や自治体が説明するだけでは、「私事」に関心を持ちたがる住民の主体性を引き出せない。

そのためには住民の見方に立ち、「楽しい」「面白い」「嬉しい」「参加したら少しお得」といった気持ちを如何に引き出せるか。制度を作る厚生労働省の発想を転換するだけでなく、現場を預かる自治体や専門職の創意工夫が重要となる。
 
21 Alexis de Tocqueville(1840)“De la Dēmocratie en Amērique”〔松本礼二訳(2008)『アメリカのデモクラシー』第2巻(上)岩波文庫p184〕。
22 同上p39。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2019年07月16日「基礎研レポート」)

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