2019年07月16日

介護保険制度が直面する「2つの不足」(下)-「通い」の場や住民主体の地域づくりを巡る論点と課題

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~重要な柱とされる「通い」の場づくり~

3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格化しつつある。(上)では過去の制度改正の流れを見つつ、介護予防を強化する流れが強まっている点を確認したほか、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」が大きな制約条件となる中、認知症ケアなど「多様化・複雑化するニーズへの対応」を迫られている難しさを浮き彫りにした。

(下)では、高齢者が体操などで日常的に通える「通い」の場が制度改正の柱になっているため、これを巡る論点や課題を考察する。具体的には、「通い」の場の整備が「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に対応する目的が秘められている点を明らかにする。その上で、地域福祉を巡る法体系から見ると、「通い」の場はごく一部に過ぎない点を論じ、実効性が担保できるのかどうかを問う。

さらに、「通い」の場や介護予防・日常生活支援総合事業(以下、新しい総合事業)の拡充が論じられる際、地域づくりや住民主体が論じられている点を考察し、地域づくりや住民主体が「2つの不足」に対応するための方策と考えられている点を取り上げる。

しかし、こうした考え方は制度の持続可能性を確保するための論理であり、「通い」の場に通ったり、こうした場を運営したりする住民のスタンスとは大きな乖離が存在する。そこで、社会心理学の「互恵的利他性」などの概念も使いつつ、「通い」の場などの拡充を図る上では、「住民の見方」で発想する必要性を強調する。
 

2――「通い」の場を巡る議論

2――「通い」の場を巡る議論

1「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状
高齢者が体操などで日常的に外出できる機会を作る「通い」の場については、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という制約条件に対応する目的があり、この点は()で指摘した通りである。

つまり、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制、要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制→少ない労働力で増大する需要増に対応」という論理構造であり、厚生労働省は次期介護保険制度改正の柱の一つに据えるとみられる。この点については、幾つかの政府文書が物語る。

時系列で追うと、2019年5月に開催された「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」(本部長:根本匠厚生労働相)の第2回会合で、厚生労働省は「健康寿命延伸プラン」を公表し、ここで「通い」の場に参加する高齢者の比率を2020年までに6%に引き上げる方針を盛り込んだ。

さらに今年6月に決定された政府の「認知症施策推進大綱」でも介護予防に役立つ「通い」の場への参加率を2025年度までに8%程度に高める方針が示された。
図1:通いの場の個所数と参加率の実績、参加率の目標 「通い」の場をめぐる現状と拡充のイメージは図1の通りであり、同月に閣議決定された骨太方針2019(経済財政運営と改革の基本方針2019)や成長戦略実行計画でも「通い」の場の充実に向けて、自治体に対する財政インセンティブ制度である「保険者機能強化推進交付金」制度の抜本的な強化を図るとしている1

こうした流れを見ると、厚生労働省が「通い」の場を重視しており、その拡充が2021年度の介護保険制度改正の柱の一つになるのは間違いない。

こうした「通い」の場の拡充に向けて、厚生労働省は一般介護予防事業の拡充を図るとともに、2015年度制度改正で導入された新しい総合事業の充実を模索している。ただ、(上)で述べた通り、新しい総合事業における新しい担い手は拡大しておらず、むしろ総合事業への移行に伴って、訪問介護や通所介護から事業者が撤退している実態も話題となった2経緯もあり、厚生労働省は住民やボランティアなど多様な主体の参画に期待している。
 
1 このほか、最終段階では削除されたが、認知症施策推進大綱の素案段階では「2040 年度末までに15%」という目標が示される一幕もあった。2019年5月16日第3回認知症施策推進のための有識者会議「今後の認知症に関する政府の取組み(案)」を参照。
2 2018年2月20日の衆院予算委員会では、当時の加藤勝信厚生労働相が2018年1月時点の調査として、250市町村で撤退する事業者がいると答えたことを明らかにした。第196国会会議録2018年2月20日衆院予算委員会議事録を参照。その後もメディアで撤退事業者の存在が指摘されている。2018年9月28日『シルバー新報』、2018年6月21日『毎日新聞』を参照。
2「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状に対する評価
筆者も2つの「不足」に対応する上で、「通い」の場をはじめとする高齢者の社会参加が重要な点は理解している3。さらに、(上)で述べた通り、介護保険財政の逼迫が予想されている上、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が給付抑制策の一環として、新しい総合事業の対象を要支援1~2だけでなく要介護者に拡大するよう提案している4ことも踏まえると、将来的な給付範囲の縮小を意識しつつ、地域での一層の受け皿づくりが求められる。

しかし、「通い」の場の拡大が介護保険の制度改正の柱に位置付けられていることについては疑問を感じる。(上)で述べた「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に対応する上では、財源確保や給付範囲の縮小といった大幅な制度見直しが求められているにもかかわらず、現時点で効果が必ずしもハッキリしない「通い」の場に多くを期待している点には違和感を禁じ得ないためである。

さらに、「通い」の場を含めた地域づくりを巡る議論については、(1)地域福祉に関する法体系からの違和感、(2)生活をベースにした「住民の見方」からの違和感――も持っており、以下で述べていく。
 
3 この点については、厚生労働省の「健康寿命の延伸の効果に係る研究班」が介護予防による費用抑制の効果について、「医療費に比べると、より効果が期待できるのではないか」と指摘している。2019年3月28日「『健康寿命の延伸の効果に係る研究班』の議論の整理」を参照。
4 2019年6月19日財政制度等審議会「令和時代の財政の在り方に関する建議」を参照。
 

3――地域福祉に関する法体系からの違和感

3――地域福祉に関する法体系からの違和感

1地域福祉の法体系から見た介護保険制度
まず、地域福祉に関する法体系との齟齬である。介護保険は地域福祉を構成する一つの制度に過ぎず、障害者総合支援法や生活保護法、生活困窮者自立支援法、児童福祉法など様々な法律が地域福祉に関係する。さらに、これらの根幹を定めるため、社会福祉法という法律が整備されており、条文に沿うと、「社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項」を定めている。このほか、市町村は社会福祉法を基に「地域福祉計画」を定めることが可能であり、2018年4月1日現在では、75.6%の1,316市町村が地域福祉計画を定めている5。つまり、地域福祉の全体の枠組みで見れば、介護保険法はパーツの一つに過ぎない。

高齢者福祉についても、介護保険法だけでは語れない。高齢者の福祉に関しては、1963年に老人福祉法という法律が制定されており、都道府県と市町村は「老人福祉計画」の策定を義務付けられている。実際、市町村が3年周期で改定する「介護保険事業計画」は老人福祉計画と一体的に策定されている。

つまり、こうした高齢者福祉を進める方法論の一つとして介護保険法が制定されており、2021年度介護保険制度改正で話題になっている「通い」の場や新しい総合事業は介護保険制度のごく一部に過ぎない。

こうした整理を踏まえると、地域福祉を巡る法体系は「社会福祉法→老人福祉法→介護保険法」の順で施策が絞り込まれる構造になっており、「通い」の場や新しい総合事業は介護保険制度のごく一部に過ぎない。このように地域福祉全体の枠組みで言えば、ごく一部に過ぎない「通い」の場を増やすことで、地域福祉の枠組み全体を変えることが果たして可能だろうか。本来、「通い」の場を含めた住民の支え合いを考えるのであれば、地域福祉計画の在り方や関係者との連携などを含めて、もう少し大きな視点が必要と考えられる。
 
5 厚生労働省「市町村地域福祉計画策定状況等の調査結果概要」(2018年4月1日現在)を参照。
2地域福祉法改正論議と整合していない現状
その一方、地域福祉の関係では現在、分野・縦割りにこだわらない地域福祉を実現する「地域共生社会」が重視されている。現在の動きとしては、社会・援護局を事務局とする「地域共生社会に向けた包括的支援と多様な参加・協働の推進に関する検討会」が今年5月にスタートし、「多様なケア・支え合う関係性の充実によるセーフティネットの構築」に向けた視点の一つとして、「地域における出会いや学びの場を作り出し、多様なつながりや参加の機会が確保されることで、地域住民のケア・支え合う関係性が生まれる」「セーフティーネットを構成する多様なつながりが生まれやすくするための環境整備」が論じられている。

これを介護保険制度改正の見直し論議と比べると、多様な主体や支え合い、(社会)参加などの言葉は共通しているが、過去の検討会に提出された厚生労働省の資料を見る限り、骨太方針2019に盛り込まれたり、老健局所管の介護保険部会で頻繁に使われたりしている「通い」の場という言葉は使われておらず、どこまで整合性が取れているのか疑問である。
 

4――生活をベースにした「住民の見方」からの違和感

4――生活をベースにした「住民の見方」からの違和感

1|住民活動を「2つの不足」に対応する方策として捉える問題点
「通い」の場を巡る違和感の2つ目として、住民の生活から見た感覚を挙げたい。先に触れた通り、住民主体による「通い」の場の整備は「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という制約条件に対応するための施策として位置付けられており、制度を運営する厚生労働省の立場から見れば、十分に理解できる論理である。

つまり、「介護保険に基づく財源や労働力は重度者に限定し、それ以外は地域で支える」という発想である。この点は時折、国・自治体の資料や発言などで使われる「総力戦」「住民を巻き込む」といった言葉遣いに反映されている。

しかし、これは制度の持続可能性を重視する「官の論理」であり、これだけで住民の行動変容を促せるとは思えない。そこで住民の見方に発想を転換し、住民が助け合い活動やボランティアに身を投じる理由を探る必要があるだろう。
2ボランティアに参加する動機
では、住民はなぜ助け合い活動に参加するのだろうか。人が人を助けたり、ボランティア活動に参加したりする動機については、哲学や倫理学、社会心理学、社会福祉学、行動経済学、医療人類学などで様々な議論や研究が蓄積されているが、多くの研究や議論では「他人を助けたい」という利他的な気持ち(利他心)だけでなく、「自己達成感を得られる」「活動が仕事や生活に役立つ」といった利己心など複数の要因が絡むと考えられており、単純に論じることはできない6

こうした中でも「互恵的利他性」(reciprocal altruism)という社会心理学の概念が興味深い。この考え方に沿うと、人が人を助ける時には利他性だけではなく、「人を助けた方が自分も助かる」というプラスの関係性が利益を得られるという期待が込められていると考える。つまり、「ギブ・アンド・テイク」か、「困った時はお互い様」という精神であり、利他性だけでなく利己的な目的も込められていると考える7

それ以外にも、ケアの倫理を考察した古典的な書籍では「ケアとは、ケアする人、ケアされる人に生じる変化とともに成長発展をとげる関係を指している」と指摘しており、ケアされる人だけでなく、ケアする人もケアを通じて自己実現できる点を指摘している8

こうした議論を踏まえると、「他人を助けたい」という一方的な利他的な気持ちだけでボランティア活動が長続きするとは思えない。具体的には、「色んな人と会えるので楽しい」「感謝されるのが嬉しい」「達成感を得たい」といった利己的な欲求に加えて、「人間関係や知識が仕事や生活に役立つ」などの打算的な判断も混じるからこそ、人はボランティア活動に時間を費やすのではないだろうか9

例えば、高齢者が「通い」の場に行くのは、別に財政や人手不足に対応するためではなく、「友達と会えるので楽しい」とか、「共通の趣味や話題で盛り上がれるなどの面白い」といった理由であろう。あるいは「健康づくりや医療・介護サービスについて有益な情報を得られる」という実利的な判断も絡んでいるかもしれない。

これは「多様な主体」「担い手」として期待される住民も同じである。住民が「通い」の場を作ろうとする際、「困った人を助けたい」「困った時はお互い様」という利他心や互恵的な気持ちだけでなく、「楽しい」「面白い」「嬉しい」「参加したら少しお得」といった気持ちも混じっているはずである。

いずれにせよ、「介護費用が10兆円だから」「介護現場で働く労働力が2040年に不足するから」などと、財源と人員という「2つの不足」に対応するだけの目的で、住民がボランティア活動に時間と機会費用(手間暇)を掛けることは考えにくい。「2つの不足」に対応するため、地域づくりを考えようとする「官の論理」を住民の生活に持ち込んでも有効的とは思えないのである。
 
6 例えば、ボランティア・モチベーションのVFI(the volunteer functions inventory)と呼ばれるモデルでは、①価値(利他的動機)、②理解(社会勉強や人生経験にプラスと期待)、③社会(付き合いとして参加)、④キャリア(知識や能力を試すチャンスとして期待)、⑤防衛(自分よりも不幸な人を助けることで罪の意識を払しょくしたいという期待)、⑥強化(自尊心や自己肯定感を高めることを期待)――に区分している。E.Gil Clary et.al(1998)“Understanding and Assessing the Motivations of Volunteers“Journal of Personality and Social Psychology Vol.74 No.6, pp1516-1530を参照。さらに、三谷はるよ(2016)『ボランティアをうみだすもの』有斐閣は日本人のボランティア参加の動機について、①ボランティア行動に伴う時間や金銭の消費に耐えられる資源を持っていると、ボランティアに参加するという資源理論(合理的選択論)、②他者に共感を持った時、ボランティアに参加する「共感理論」、③宗教的な人ほどボランティアに参加するという「宗教性仮説」、④個人が身を置いた社会環境に影響される「社会化理論」――の4つの仮説について検証し、「他者を支援する近所の人などに幼少期から触れている人がボランティアに参加しやすい」と結論付け、社会化理論の重要性を論じている。
7 この考え方の関係では、人が助け合う理由として、太古の昔から協力し合うことで社会を進化させてきたという人間の歴史に加えて、協力しなければ集団から排除される「罰」を受ける点に求める議論がある。Samuel Bowles, Herbert Gintis(2011)“A Cooperative Species”〔大槻久ほか訳(2017)『協力する種』NTT出版〕を参照。
8 Milton Mayeroff(1971)“On Caring”〔田村真・向野宜之訳(2006)『ケアの本質』ゆみる出版p185〕を参照。
9 この点については、筆者がいくつかの市民活動に関与しつつ、「参与観察」(participant observation)的に得た知見もベースにしている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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