2019年06月07日

ビッグデータと資本主義の未来

基礎研REPORT(冊子版)6月号

櫨(はじ) 浩一

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1―利便性とプライバシー

ジョージ・オーウェルの小説「1984」では、人々の行動が政府によって監視される社会が描かれているが、小説が書かれた1948年当時の技術水準では全く非現実的だっただろう。しかし、情報通信技術の進歩で状況は一変した。英国では数百万台もの防犯カメラが設置されていて、犯罪やテロ対策に利用されているというし、日本でも、防犯カメラの映像が犯罪者の特定につながったというニュースがしばしば報道されている。
 
キャッシュレス取引では、お金を使えば誰がどこで幾ら使ったのかという情報がえられるので、これを分析すれば、脱税や違法な取引を把握することが可能になる。スマートフォンを持ち歩けば持ち主の詳細な所在地が把握される可能性がある。技術進歩は、我々の生活を非常に便利なものにしたが、一方で日々の行動の全てが筒抜けになる可能性も作り出した。利便性とプライバシー保護をどうバランスさせるのかは、難しい問題だ。
 
社会には様々な課題も生まれているだけでなく、経済についても深く考えるべき変化が起こっている。

2―計画と市場

大きなプロジェクトを実施するときに、参加者が思い思いに行動するよりも、誰かが計画を立てて、全員がそれに従って行動する方が、無駄が少なくて効率的に思える。しかし、国の経済運営はそうではなかった。かつて、ソビエト連邦や中国などの社会主義国では、国が生産計画を作り、各地の工場や農場がそれに従って生産を行うということをしていた。しかし社会主義・計画経済を採用していた国々は、次々と欧米や日本のような市場主義に転換した。
 
結果の平等を重視する社会主義社会では努力しても報われず、より良いものを作ったり、効率的に生産したりしようという競争が起こらなかったことが大きな原因だが、生産計画を作る際に政府が家計や企業の需要をうまく汲み上げられなかったことも大きかったと考えられる。この結果、実際の生産物と社会が必要とするものの間にズレが生じ、不用品の山を作り出す羽目となった。多数の製品について、何をどれだけ生産し、どこに配送するかという計画を作成し実行するには、膨大な情報の収集と処理を行う必要がある。ソ連のゴスプラン(国家計画委員会)は生産計画を策定していたが、短時間で多数の商品に関する消費者ニーズや生産情報を集めたり、それを処理・分析したりすることは夢物語だった。
 
市場主義経済では、商品やサービスの価格が、こうした問題を解決してきた。例えば石油価格には、世界経済の好不況、産油国の政治情勢や製油所の事故、連休中の自動車旅行者数など、ありとあらゆる情報が凝縮されている。石油の価格が上昇すれば、それをシグナルとして産油国では石油を増産しようとし、家計は石油関連製品の使用を節約しようとする。この結果、誰かが計画を作ったわけではないが、人々に必要なものが多く生産されて不要なものは生産されなくなり、足りないものは節約されて余っているものはより多く利用されるようになる。市場主義経済では、市場で企業や消費者が自由に取引することで、様々なモノやサービスの価格が形成され、経済の効率性を実現すると考えられてきた。

3―中国とGAFA

日本のコンビニでは、3000近いアイテムを取扱っているが、その売上情報はPOSシステムで瞬時に本部に伝達される。何時に販売されたか、同時に購入されたものは何かといった、価格だけでは伝わらない情報も入手可能で、情報の伝わるスピードもはるかに速い。コンビニは、大量のデータを分析することで売れ筋商品を把握して対応するという、かつて計画経済がやろうとしてもできなかったことを小さなスケールではあるが実現しているわけだ。
 
中国はかつてのソ連ができなかった、経済を中央集権的に運営することを、情報通信技術を使って大きなスケールで実現できると考えているのかもしれない。完全に市場経済に移行するということはなく、ビッグデータを使って経済を管理しようとする可能性もあるだろう。
 
市場経済諸国の中でも資本主義の見直しが必要になるかも知れない。インターネットを使ったビジネスが拡大するにつれて、GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾンの4社)は膨大な情報を集積・分析することで、圧倒的な競争上の優位を築きつつある。このような社会は、価格をシグナルに多くの企業が競争することで経済の効率性が保たれるという市場主義経済が前提としてきた姿とは大きく異なったものである。
 
1930年代の大恐慌が資本主義に大きな変化をもたらしたように、ビッグデータの普及によって資本主義に対する考え方の変更を求められるようになる可能性もあるのではないだろうか。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2019年06月07日「基礎研マンスリー」)

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