コラム
2019年03月29日

キャッシュレス化はなぜ進まない~日本の消費者は現金が好きか?~

経済研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー   櫨(はじ) 浩一

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1――日本の消費者は現金が好きか?

中国に出張したり旅行したりした人から、キャッシュレス化が進んでいて支払いに現金が使えなくて困ったという話を良く聞く。これに比べて日本のキャッシュレス決済の割合は家計消費の20%程度で、9割を超える韓国はもちろん4~7割程度の他の先進諸国と比べても低い。日本は経済規模に対する現金流通量の比率が諸外国に比べて高く、日本の消費者はドイツと並んで現金が好きでキャッシュレス化には後ろ向きだと言われることも多い。

しかし、金融庁の調査では日本では個人の給与受取口座からの出金の5割以上が口座振替や振込によって行われていて、現金で引き出されたお金は半分以下となっている。キャッシュレス化の国際比較に利用されることが多い国際決済銀行(BIS)のデータはキャッシュレス取引の一部分だけであるため、実際よりも日本のキャッシュレス化の程度を低めに見せている可能性があるだろう。銀行のATMで現金を引き出しても、自動引き落としを利用している他の口座に資金を移し換えているだけということも多いので、5割以上という数字の与える印象以上に日本の消費者はキャッシュレスで暮らしているのではないか。

実際、身の回りでも日常生活で現金を利用することは少なくなっている。鉄道の駅で現金で切符を買っている人の姿を見かけることは少なくなった。筆者自身も切符を現金で買うのは交通系カードを忘れた時くらいのものだ。仕事で遠距離を移動する際には乗車券や特急券を購入することになるが、現金ではなくクレジットカードで支払うことがほとんどだ。日本では一円、十円といった少額の硬貨は流通残高の減少が続いていて、少額の取引で硬貨が使われなくなっている。一万円や五千円といった高額紙幣は流通残高が増えているのだが、支払に使われるのではなく、箪笥預金として保蔵されているだけだ。いくら日本が安全だと言っても多額の現金を持ち歩くのは不安で、家の修繕や家電製品の購入など高額の支払いを現金で行うということは少ない。日本の消費者が現金払いにこだわっているというわけではなさそうだ。

2――決済手段が多すぎる?

キャッシュレス決済が遅れていると言われる日本だが、比較的早い時期から公衆電話や鉄道のプリペイドカードなど、個別の分野ごとにキャッシュレス化の動きがあった。1990年頃には電気ガス水道など公共料金や固定資産税、新聞代などの定期的な支払いは銀行口座からの自動引き落としを利用することが多かったが、当時米国の知人は毎月小切手を書いて送っていたので驚いた記憶がある。

日本でキャッシュレス化が進まないのは、消費者にキャッシュレスの仕組みが浸透していないからではなく、逆にキャッシュレス決済の仕組みをたくさん使いすぎているからではないだろうか。キャッシュレス決済が可能なカードやスマートフォンのアプリを一つも持っていないという人は少数派で、ほとんどの人は複数持っているだろう。日本銀行の調査によれば、2017年度末時点で一人当たりの平均で8.53枚のキャッシュレス決済用のカードを保有している。筆者が使っているカードやスマホのアプリの類は、交通系ICカードや流通系ICカードなどの電子マネー、デビットカードとクレジットカード合せて10種類ほどで、平均よりも少し多い程度だ。小銭の支払に使っているスーパーのポイントカードや特定のチェーンでしか使えないチャージカードまでいれれば20種類近くになる。日本の消費者はキャッシュレス決済の手段を利用していないのではなくて、むしろたくさんの種類を利用しているというべきだ。

3――政府の出番

スマートフォンや携帯電話を使ったモバイル決済は、先進国よりも新興国や途上国で急速に拡がるケースが目立つ。先進国では既存の決済サービスが充実しているため、新しい決済手段がよほど優れたものでないと消費者は利用するメリットを感じないからだろう。

決済手段は、「利用者数が多ければ多いほど個々の利用者にとっての利便性が高くなる」、1という性質があり、多数の決済手段が乱立するよりは、少数の決済方法に多くの利用者がまとまる方が消費者にとっても販売店にとっても望ましい。日本でキャッシュレス決済が普及しないのは、消費者が現金払いを好むという消費者側の問題だけでなく、仕組みが乱立しているためにどこでも使えるという利便性が低いことも大きい。大きなレストランなどでは複数の端末を用意している店もあるが、多くの店では一部のシステムにしか対応できない。このため、一枚のカードやスマートフォンのアプリ一つでどこでも支払ができるというわけにはいかず、どうしても現金を持ち歩く必要がある。どこでも使えるという利便性の面でキャッシュレス決済よりも現金の方が優れているということも消費者が現金の利用を止められない理由だろう。

政府と産官学が共同でQRコード決済の統一規格を作ると報道されている。日本ではQRコード決済は、PayPay、d払い、楽天ペイ、LINEペイなどを筆頭に、Amazon Pay、au Pay、ゆうちょPay、Pay IDなど、多数の決済システムが乱立していて、店によって使える決済システムが異なる。システムによって規格が異なるため誤請求が発生する危険性も指摘されていたので、規格が統一されることは消費者からの信頼を高めるという意味でも歓迎すべきことだ。

キャッシュレス決済を利用することに対して消費者は様々な不安を持っているが、中でも、停電や通信障害などが起こった時の支払いの問題や、利用の安全性や紛失した際に対する懸念を多くの消費者が訴えている。現金を落としたり盗まれたりしても損失は盗まれた現金だけに留まるのに対して、キャッシュレス決済手段では場合によっては損失額が大きく膨らむ恐れがあるのは確かだ。また、東日本大震災などの状況を目にすれば、いざと言うときにどうやって支払いをするのかという心配が生まれるのも当然である。政府が適切な規制や規格の設定、非常時の対応策を示すなどすることでこうした不安に応えていくことはキャッシュレス決済の利用を促進することになるはずだ。

経済学の教科書は、単純に規制を緩和して民間企業の競争に任せることが最善ではない場合の一つとして、「利用者数が多ければ多いほど個々の利用者にとっての利便性が高くなる」場合を上げている。キャッシュレス決済の促進については、適切な規制を行ったり規格の設定を促進したりするなど、政府が果たしうる役割は大きいだろう。
 
1 経済学では、「ネットワーク外部性」と呼ばれる
 
 

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経済研究部   専務理事 エグゼクティブ・フェロー

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

(2019年03月29日「エコノミストの眼」)

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