コラム
2019年02月19日

不眠大国からの脱却-健康経営における睡眠の視点

総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任   清水 仁志

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1――日本は不眠大国

日本は「不眠大国」と呼ばれることがある。平均睡眠時間はOECD加盟国の中で一番短く、近年においても睡眠時間の短縮は止まらない(図表1)。厚生労働省「平成29年国民健康・栄養調査」によると、働く世代(20~59歳)の約3割が慢性的な睡眠不足に陥っている1

不眠は、生活習慣病や精神病など様々な病気の原因となることが指摘されている。世界保健機関(WHO)が2018年6月に公表した国際疾病分類の第11回改訂(ICD11:International Classification of Diseases 11)では、新たに「睡眠・覚醒障害」が新章として追加され、世界的に睡眠が重要視されている。しかし、日本人の睡眠に対する理解は決して進んでいるとは言えない。日本人は不眠であっても医療機関を受診せず、アルコール飲用により対処している割合が高い2

最近では、日本においても「睡眠負債」が2017年ユーキャン新語・流行語大賞のトップ10入りを果たしたことで、睡眠に関心が集まり、ようやく正しい理解が進みつつもある。
(図表1)各国の睡眠時間の平均
 
1 20~59歳を抽出した数値
2 Soldatos CR, Allaert FA, Ohta T, Dikeos DG. How do individuals sleep around the world? Results from a single-day survey in ten countries. Sleep Med. 2005;6(1):5-13.

2――不眠に対する企業の取り組み

従業員の睡眠改善に取り組もうという企業の動きが広がりつつある。ある研究3では、従業員1人当たりのプレゼンティズム(出勤していながらも、体調不良やメンタルヘルス不調などが原因で、パフォーマンスが低下している状態)による損失は年間約34万円に達し、そのうちの2番目に大きい要因が不眠であることが示された。企業は従業員の睡眠改善に取り組むことで生産性向上、不眠を原因とした病気の予防により業績向上を図る。
(図表2)睡眠の確保の妨げとなっていること 確かに、厚生労働省「平成27年国民健康・栄養調査」によると、働く世代における睡眠の妨げとなっている最大の原因は「仕事」であり、睡眠改善には企業の協力が必須であると言える(図表2)。しかし、企業が従業員の睡眠改善に直接取り組むことは難しい。睡眠は完全に業務時間外のことであり、プライバシーの点から企業が管理することは容易ではない。さらには、理想的な睡眠は個人によって異なるため、禁煙などのようにこうしたほうがよいという明確な解が示しづらい。

そうした中、企業は、長時間労働の是正などの働き方改革を通じて、従業員の睡眠改善へ取り組もうと試みる。厚生労働省「平成29年版過労死等防止対策白書」によると、労働時間が長くなるほど、睡眠時間の充足状況が悪化することから、長時間労働の是正は睡眠改善に一定の効果が見込めるだろう。しかしながら、組織一律の働き方改革による間接的な取り組みだけでは不十分だ。睡眠改善のためには、職場でのストレス軽減、通勤時間の短縮に向けた環境整備(在宅勤務の導入、社員寮の場所など)、業務量の平準化等、多岐にわたる取り組みが必要だ。また、従業員ごとによって生活環境が異なるため、よりきめ細やかな対応が必要となる。例えば、20~40代の子育て世帯では他の世代に比べ育児に費やす時間が多くなる。40~50代の従業員は介護問題に直面している人も少なくないだろう。一律にここまで労働時間を減らせばよいという基準はない。
 
3 Nagata T, Mori K, Ohtani M, Nagata M, Kajiki S, Fujino Y, Matsuda S, Loeppke R.Total Hsealth-Related Costs Due to Absenteeism, Presenteeism, and Medical and Pharmaceutical Expenses in Japanese Employers.J Occup Environ Med. 2018 May;60(5):e273-e280

3――動き始めた、健康経営としての不眠対策

健康経営4の一環として、直接、睡眠改善を目標に取り組む企業が現れ始めている。例えば、ウエディング事業を展開するCRAZYは、2018年10月10日から、社員の睡眠に応じて報酬を支払う「睡眠報酬制度」を導入した。スマホアプリで睡眠時間を測定し、1週間で6時間以上の睡眠を5日以上確保した場合にインセンティブを与えるというものだ。

こうした取り組みを可能にするのが技術革新だ。IoTデバイスや解析ソフトの進歩により、従業員ごとに健康状態、睡眠の時間・質の測定等が出来るようになってきた。2018年4月には、繊維大手の帝人が企業向けに睡眠向上を図る「Sleep Styles 睡眠力向上プログラム」を開始した。アンケートとウェアラブル端末、スマホアプリを活用することで、従業員それぞれが抱えている睡眠の課題に応じた独自の解決策を示すことが出来る。

不眠対策については、従来の労働時間の短縮や、啓蒙活動等によるアプローチだけでなく、今後は従業員ごとにデータに基づく一歩踏み込んだ取り組みも、技術的には可能になっていくだろう。

ただ、従業員の健康維持が目的とは言え、ライフスタイル、価値観、プライバシーの領域にどこまで関与すべきなのかという課題はさらに大きくなりそうだ。睡眠改善に向けた取り組みは、会社と従業員の信頼関係が問われる。

不眠大国という汚名の返上を果たせるだろうか、企業の試行錯誤、創意工夫に期待したい。
 
4 「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標
 
 

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総合政策研究部   研究員・経済研究部兼任

清水 仁志 (しみず ひとし)

研究・専門分野
日本経済

(2019年02月19日「研究員の眼」)

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