2019年01月25日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2018年報告書の概要報告-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2018年12月18日に、「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2018(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2018)」(以下、「今回の報告書」という)を公表1した。この報告書は、2016年12月26日に公表された「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2016(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2016)」、2017年12月21日に、「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2017(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2017)」(以下、「前回までの報告書」等という)に続く、3回目の報告書である。これらの報告書を通じて、EU(欧州連合)のソルベンシーIIにおける長期保証(Long-Term Guarantees:LTG)措置及び株式リスク措置についての保険会社の適用状況やその財務状況等に及ぼす影響が明らかにされている。

前回までの報告書については、これまでも2017年1月及び2018年1月から2月にかけて、それぞれ4回及び5回のレポート(以下、「前回までの報告書のレポート」という)で報告した。今回は、そのレポートの更新という意味合いで、EIOPAの今回の報告書に基づいて、ソルベンシーIIにおける欧州保険会社のLTG措置や株式リスク措置の実態について、その概要を報告する。  

2―今回の「長期保証措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

2―今回の「長期保証措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

1|今回の報告書の位置付け
ソルベンシーII指令では、LTG措置と株式リスク措置のレビューを2021年1月1日までに行うことを要求している。このレビューの一環として、EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の適用の影響について、毎年、欧州議会、理事会、欧州委員会へ報告することが求められている。

今回の報告書は、先に述べたように、2016年にソルベンシーIIが導入されて以降のLTG措置と株式リスク措置に関する3回目の年次報告書に相当する。

なお、レビュー自体は、以下の3つの要素で構成されている。

(1)EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の適用の影響について、欧州議会、理事会、欧州委員会に毎年報告する。

(2)EIOPAは、LTG措置及び株式リスク措置の適用の評価に関する意見を、欧州委員会に提供する。

(3)EIOPAから提出された意見に基づいて、欧州委員会はLTG措置と株式リスク措置の影響に関する報告書を欧州議会と理事会に提出する。この報告書は、必要に応じて立法提案を伴って行われる。

2|今回の報告書の構成
今回の報告書は、4つの主要なセクションで構成されている。

最初のセクションでは、LTG措置と株式リスク措置の見直しの法的背景及びこの報告書に使用されたデータに関する紹介情報を提供し、欧州保険市場の簡単な概要で締めくくっている。

第2のセクションでは、LTG措置と株式リスク措置が会社の財務状況に与える全体的な影響と、保険契約者保護への影響、投資への影響、消費者保護及び商品の利用可能性への影響、EU保険市場における競争と公平な市場への影響及び金融安定への影響、をとらえている。

第3のセクションでは、各措置の影響をより詳細に説明している。

第4のセクションは、テーマ別の情報を掲載しているが、今年はリスク管理の側面に焦点を当てて報告している。

EIOPAは、それまでに提出された年次報告書に基づき、2020年にLTG措置と株式リスク措置の適用の評価に関する意見を欧州委員会に提出する予定である。

今回のレポートでは、第2のセクションの「(LTG措置と株式リスク措置の)会社の財務状況への全体的な影響」を中心に報告する。

3|今回の報告書の基礎データ
この報告書に使用されたデータは、2017年12月31日の参照日にNSAs(National Supervisory Authorities:国家監督当局)に保険及び再保険会社によって提出された定量的報告テンプレート(QRT)から取られている。さらに、EIOPAはEEA(欧州経済地域)からのソルベンシーIIに従う保険及び再保険会社に対して、 以下の情報を提供する特定依頼を開始した。:

・会社の財務状況に対するリスクフリー金利の補外の影響
・マッチング調整ポートフォリオにおける債券のデフォールト及び債券の格下げによる損失
・欧州の保険商品に関する情報

EIOPAはまた、LTG措置と株式リスク措置の影響及び措置に関するリスク管理既定の適用に関するNSAsの経験を確認するためのアンケートも実施している。
 

3―LTG措置及び株式リスク措置の概要

3―LTG措置及び株式リスク措置の概要

まずは、LTG措置及び株式リスク措置について、その概要を説明する。これについては、前回までの報告書のレポートで説明しているが、ここで再掲しておく。

ソルベンシーIIにおいては、景気循環効果を制限して、ソルベンシーIIの新しい規制枠組みへの円滑な移行を促進し、特に困難なマクロ経済環境に適応するために必要な時間を会社に提供することを目的として、(1)リスクフリー金利の補外、(2)マッチング調整、(3)ボラティリティ調整、(4)リスクフリー金利の移行措置、 (5)技術的準備金に関する移行措置、(6)ソルベンシー資本要件に違反した場合の回復期間の延長、といった「LTG措置」2や、(7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム、(8)デュレーションベースの株式リスクサブモジュール、といった「株式リスク措置」が導入されている。
 
2 ここでのLTG措置には、狭義のLTG措置と移行措置が含まれている。
(1) リスクフリー金利の補外(Extrapolation of the risk-free interest rates:UFRの使用)
技術的準備金を算出する際に使用するリスクフリー金利について、市場データ等が得られない超長期の値については、補外が必要となる。この補外の手法として、UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)を使用する。具体的には、(スポットレートではなく)フォワードレートが終局的に(外部から定められた)一定の水準に向けて収束するとの前提にたって、超長期の金利水準を決定する手法であり、この時に設定される終局のフォワードレート水準がUFRとなる。

(2) マッチング調整(Matching Adjustment:MA、以下では、この短縮表現を使用、以下同様)
保険及び再保険会社が、満期まで同様のキャッシュフロー特性を持つ債券又はその他の資産を保有している場合には、これらの資産のスプレッドが変化するリスクに晒されていない。資産スプレッドの変動が会社の自己資本に影響を与えるのを避けるために、資産スプレッドの変動に応じて、リスクフリーの金利期間構造を調整することが認められている。(再)保険会社は、(損害保険からの年金を含む)生命保険及び再保険債務を評価する際に、関連するリスクフリー金利期間構造に適合する調整を適用することができる。

(3) ボラティリティ調整(Volatility Adjustment:VA
景気循環的な投資行動を防止する観点から、保険会社は、債券スプレッドのボラティリティの影響を緩和するために、リスクフリーの金利期間構造を調整することができる。ボラティリティ調整は、資産の参照ポートフォリオから得られる可能性のある金利と調整のないリスクフリー金利との間のリスク修正スプレッドの65%に基づいている。

(4) リスクフリー金利の移行措置(Transitional on the Risk- Free Rate:TRFR
ソルベンシーIIの開始後16年間は、(再)保険会社は、リスクフリー金利の移行措置を適用できる。移行措置の下で、会社は保険及び再保険債務の評価のためのリスクフリー金利への過渡的調整を適用する。過渡的調整は、ソルベンシーIの割引率とリスクフリー金利との差異に基づいている。ソルベンシーIIの開始時に、過渡的調整はその差の100%となる。16年間の移行期間にわたって、過渡的調整はゼロに直線的に縮小される。移行措置は、ソルベンシーIIの開始前に締結された契約に起因する保険及び再保険債務のみに適用される。

(5) 技術的準備金に関する移行措置(Transitional on the Technical Provision:TTP
ソルベンシーIIの開始後16年間は、(再)保険会社は、技術的準備金に関する移行措置を適用することができる。この移行措置の下では、保険及び再保険の技術的準備金に対する移行控除が適用される。移行控除は、ソルベンシーIの技術的準備金とソルベンシーIIの技術的準備金との差異に基づいている。ソルベンシーIIの開始時において、過渡的調整はその差額の100%であり、技術的準備金はソルベンシーIの技術的準備金と等しい。16年間の移行期間中、移行控除はゼロに減少する。移行措置は、ソルベンシーIIの開始前に締結された契約に起因する保険及び再保険義務のみに適用される。

(6) ソルベンシー資本要件に準拠しない場合の回復期間の延長(Extension of the Recovery Period:ERP
ソルベンシーIIの下で、(再)保険会社はSCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)をカバーする適格自己資本(Eligible Own Fund)を保有することが要求される。会社がSCRをカバーしていない場合、NSAは、会社に対して、SCRに準拠していないことを確認してから6ヶ月以内に、SCRをカバーする適格自己資本の水準を再設定又はSCRへの遵守を確実にすべくリスクプロファイルを縮小するために必要な措置を講ずる、ように要求しなければならない。NSAは、必要に応じて、その期間を3か月延長することができる。さらに、ソルベンシーⅡ指令第138条(4)は、監督当局が特定の状況下で、SCR要件の遵守の再設定のための回復期間を、当該指令の第138条(2)に定められているように、最大限 7年間までさらに延長することができる、と規定している。

この権限は、市場又は影響を受ける事業部門の重要なシェアを占める保険及び再保険事業に影響を及ぼす、次に掲げる以上の「例外的な不利な状況」が発生した場合に適用される。

・予期せぬ鋭く急激な金融市場の落ち込み
・持続する低金利環境
・大きな影響を与えるカタストロフィックなイベント

このERPは、NSAの要請を受けて、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を宣言した後にのみ付与することができる。ソルベンシーII委任規則第288条には、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を評価する際に考慮すべきいくつかの要因と基準が記載されている。なお、EIOPAは、例外的な不利な状況が存在するかどうかを判断する前に、ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)に相談することができる。

(7) 株式リスクチャージの対称調整メカニズム(Symmetric Adjustment Mechanism to the Equity Risk Charge /Equity Dampener:ED又はSA
金融システムの過度の潜在的な景気循環効果を緩和し、保険及び再保険会社が、金融市場における維持されない不利な動きの結果として、追加的な資本を増やしたり、投資を売却したりすることを不当に強要される状況を回避するために、SCRの標準式の市場リスク・モジュールには、株価水準の変化に関する対称調整メカニズムが含まれている。株式市場が上昇した場合、対称調整はプラス(資本要件がより高い)となり、株式市場が下落した場合、マイナス(資本要件がより低い)となる。

(8) デュレーションベースの株式リスクサブモジュール(Duration-Based Equity Risk Sub-Module: DBER
SCRの標準式には、株式市場価格の水準の変動に起因するリスクを捉える株式リスクサブモジュールが含まれる。株式リスクサブモジュールは、株式の種類に応じて、株式市場価格が39%又は49%下落することを想定したリスクシナリオに基づいている。その株式リスクサブモジュールではなく、株式市場価格の下落を22%と想定するリスクシナリオに基づいて、一定の株式投資に関してデュレーションベースの株式リスクサブモジュールを使用することができる。 デュレーションベースの株式リスクサブモジュールは、一定の職業上の退職所得支給や退職給付を提供し、特に、会社の負債の平均デュレーションが平均12年を超え、 会社が少なくとも12年間は株式投資を保有することができる、というさらなる要件を満たす生命保険会社によってのみ適用することができる。
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中村 亮一

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