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IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(1)-各国の実施延期を求める動き及びIFRS導入の影響分析等-
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1―はじめに
IASBは、IFRS第17号の履行を支援するために、TRG(Transition Resource Group:移行リソースグループ)を設立し、ここでIFRS第17号の新しい会計要件について、ステークホルダーからの質問等を議論してきた。
一方で、IFRS(国際財務報告基準)を採用している世界の各国の保険関係団体等は、このIFRS第17号の公表を踏まえて、その採択に向けて、各種の議論・検討を行ってきている。特に、欧州の会計基準設定において重要な位置付けを有しているEFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)は、欧州委員会の要請を受けて、IFRS第17号の承認に向けた議論を行ってきている。
IFRS第17号については、保険契約を発行している殆どの会社にとって、その適用に当たり、既存の実務の根本的な変更が求められることになり、大変な努力が必要となることが想定されている。実際に各国の関係団体は、最終基準の詳細な検討等を踏まえて、基準が定めている「2021年1月1日以降に開始する期間」への適用スケジュールがかなり厳しいとの意見を発出してきている。さらには、基準そのものに対する問題点も指摘され、意見や質問もかなり提出されてきている。
こうした動きを踏まえて、IASBも10月24日からIFRS第17号に関する議論をスタートして、こうした意見に対する対応を協議している。
今回と次回の2回のレポートで、これらのIFRS第17号公表後の各国・各地域におけるIFRS第17号の採択の検討を巡るこの1年半の動きの中から、EFRAGにおける検討状況、関係団体による実施時期の延期を求める動き及びこれに対するIASBや関係団体等の反応を中心に、ここ数か月における状況を報告する。
まずは、今回のレポートでは、EFRAGにおける検討状況、欧州監督当局等の反応、保険業界団体等からの実施時期の延期を求める動き等、10月24日のIASBにおけるIFRS第17号に関する議論再開に至るまでの動きを報告する。また、併せて、EFRAGの理事会で報告された「IFRS第17号の欧州保険業界への影響に関する報告書」について、その概要を紹介する。
なお、IFRS第17号の基準そのものに関しては、IASBのTRGにおいて、各種の議論が行われてきているが、これについてはこれまでも各種のレポートが公表されてきているので、今回のレポートでは触れていない。
2―EFRAGにおける検討状況
EFRAGは、2017年10月に、欧州委員会(European Commission:EC)から、IFRS第17号の承認に関する勧告を与えるように要請された1。
これによれば、EFRAGは、IFRS第17号が、EU指令に定められた原則に反するものではなく、欧州の公共の利益(公共財)に資するものであり、経済的意思決定と管理責任の査定に必要な財務情報に求められる理解可能性、関連性、信頼性、比較可能性の基準を満たしているかどうか、についての助言を求められる。これらの助言をサポートするために、(1)金融安定性への潜在的影響、(2)競争力への潜在的効果、(3)保険市場への潜在的影響、(4)費用対効果分析等を行うことが求められる。
ERFAGは、欧州のステークホルダー等から提起された事項について、欧州のステークホルダーとの適切なプロセスと協議ならびにIFRS第17号のTRG(移行リソースグループ)の成果に対処する必要性を考慮して、2018年末までに意見を述べることが求められていた。
(1) IASB宛に構成員が提起した問題に関するレターを提出
EFRAGは、それまでの検討を踏まえて、9月3日に、「構成員から提起された問題」として、IFRS第17号の承認助言プロセスを進めていく上で、IASBによるさらなる検討に値するとEFRAGが考える6つのトピックを掲げたレター2をIASB宛に送った。
このレターの中で、EFRAGは、「IFRS第17号の承認助言の作成過程で、大規模なケーススタディ(11の大規模な欧州保険会社が参加)と簡素化されたケーススタディ(49の様々な規模の欧州保険会社が参加)を含む構成員による重要なアウトリーチを行った。」とし、また「ユーザーとの重要なアウトリーチを行った。」と述べた。
これらを通じて、構成員から提起された懸念事項をレビューし、アウトリーチ活動中に得られた証拠を検討して、IASBによるさらなる検討が必要なトピックとして、以下の6つの項目を特定したと述べている。
(a)契約獲得費用(契約更新を想定して発生する費用に対する)
(b)CSM(contractual service margin:契約上のサービスマージン)償却(投資サービスを含む契約への影響)
(c)再保険(再保険後に収益性のある不利な基礎契約(基礎となる元受保険契約)、基礎契約がまだ発行されていない再保険契約の契約境界線)
(d)移行(修正遡及アプローチによって提供される救済の程度及び公正価値アプローチを適用する際の課題)
(e)年次コホート(VFA(Variable Fee Approach:変動手数料アプローチ)契約を含む費用対効果のトレードオフ)
(f)貸借対照表の提示(資産ポジションのグループ及び負債ポジションのグループの分離開示及び受取債権及び/又は支払債務の非分離の費用対効果のトレードオフ)
具体的に、レターの内容は、以下の通りである。
2018年9月3日
Re:IFRS第17号保険契約:構成員が提起した問題
EFRAGは、IFRS第17号の実施に関連する問題を議論するIASBの努力と、もし予期せぬ費用やその他の基準に関する問題が発生した場合に対応する意思があることを示したことに対して、感謝する。
ご承知のとおり、EFRAGはIFRS第17号の承認助言の作成過程で、大規模なケーススタディ(11の大規模な欧州保険会社が参加)と簡素化されたケーススタディ(49件、様々な規模の欧州保険会社が参加)を含む構成員による重要なアウトリーチを行った。EFRAGはまた、ユーザーとの重要なアウトリーチを行った。構成員は私たちの仕事を通じて、いくつかの懸念を提起した。EFRAGは、これらの問題が準備中のドラフト承認助言に与える影響をまだ決定していない。
EFRAG理事会は、提起された懸念事項をレビューし、アウトリーチ活動中に得られた証拠を検討した。EFRAG理事会は、私たちの見解では、IASBによるさらなる検討が必要な以下のトピックを特定した。
(a)契約獲得費用(契約更新を想定して発生する費用に対する)
(b)CSM償却(投資サービスを含む契約への影響)
(c)再保険(再保険後に収益性のある不利な基礎契約、基礎契約がまだ発行されていない再保険契約の契約境界線)
(d)移行(修正遡及アプローチによって提供される救済の程度及び公正価値アプローチを適用する際の課題)
(e)年次コホート(VFA契約を含む費用対効果のトレードオフ)
(f)貸借対照表の提示(資産ポジションのグループ及び負債ポジションのグループの分離開示及び受取債権及び/又は支払債務の非分離の費用対効果のトレードオフ)
これらのトピックに関連したアウトリーチ活動中に得られた証拠を皆様と共有することは非常に喜ばしく思う。
上記の構成員が提起した6つのトピックの概要は、以下の通りである。
(a)契約獲得費用
・契約の更新が想定されている場合であっても、契約獲得キャッシュフローは契約の境界線を超えて配分することはできない。
・構成員は、これが原因で収入と費用が間違ってマッチングすると主張する。この処理により、想定された更新が考慮されると顧客関係が利益を上げることが予想される場合であっても、会計上の目的で不利な契約と見なされる契約が生じる可能性がある。
・一部の構成員は、他の業界では、IFRS第15号「顧客との契約からの収益」に従って、想定される更新を含む期間にわたり増加する獲得費用を償却することが認められていることに留意している。
(b)CSM(契約上のサービスマージン)の償却
・構成員は、VFA(変動手数料アプローチ)のカバレッジ・ユニットのドライバーとして投資サービスを含めるというIASBの決定に同意しているが、これは一般モデルの一部の契約にも適用すべきであるという見解がある。保険カバレッジの提供のみに基づく利益認識は、VFAに適格ではないが投資サービスを含む特定の商品に対する保険会社の業績の忠実な表現を提供しない、という懸念がある。
(c)再保険(再保険後に収益性のある不利な基礎契約、基礎契約がまだ発行されていない再保険契約の契約境界線)
・構成員は、IFRS第17号の再保険アプローチが、以下の会計上のミスマッチを発生させると考えている。
(a)不利な契約については、出再保険会社は損益計算書を通じて損失要素を認識しなければならないが、対応する再保険契約からの関連利益は保険期間にわたって繰り延べられる。
(b)保有する再保険契約の契約境界線は、基礎となる保険契約の契約境界線と一致しない。つまり、再保険会計には、まだ引受/認識されていない保険契約の見積もりが含まれる。
・保険と再保険会計との間の矛盾は、財務諸表が再保険後のネットリスクポジションを適切に反映しておらず、結果として損益認識パターンが歪んでいることを意味するという懸念がある。
(d)移行(修正遡及アプローチによって提供される救済の程度及び公正価値アプローチを適用する際の課題)
・構成員は、修正遡及アプローチが非常に限定的であると考えており、そのため実際に修正遡及アプローチが可能にする簡素化を提供しないであろう。
・また、構成員は、IFRS第9号金融商品を適用する際にOCI(その他の包括利益)を通じて公正価値で会計処理される資産には、公正価値アプローチの下で、OCIをゼロに設定する選択肢は利用できないことを示している。
・修正遡及法をさらに簡素化しないと、保険会社は多くのポートフォリオに対して公正価値アプローチを適用する必要があるという懸念がある。これらの構成員はまた、公正価値アプローチがいくつかの場合に有益な実用的手段である一方で、全ての場合において適切な収益認識パターンを提供しない可能性があると主張している。
・さらに、関連する資産に対する過去のOCIを維持するのに対して、移行時に負債のOCIをゼロに設定すると、移行時に資本が歪曲し、結果が大幅に進行する懸念がある。
(e)年次コホート(VFA契約を含む費用対効果のトレードオフ)
・構成員は、1年を超えて発行された契約を集約することの禁止が過度に複雑であることを示している。懸案事項は、年次コホートの要件が過大なレベルの細分化、重大な実施上の課題につながり、コストがかかることである。
・.IFRS第17号自体ではなく、結論の根拠に含まれるVFA契約の年次コホート要件から「救済」を提供する操作性も疑問視される。
(f)貸借対照表の提示(資産ポジションのグループ及び負債ポジションのグループの分離開示及び受取債権及び/又は支払債務の非分離の費用対効果のトレードオフ)
・IFRS第17号は、契約のグループを資産又は負債として表示することを要求している。構成員は、現在、決済される請求債務、未経過保険料、未収金/未払費用などの異なる要素を別々に取り扱い、 異なるシステムで管理している。IFRS第17号で定義されている契約のグループは、資産から負債ポジションに頻繁に切り替わる可能性がある。
・EFRAGは、表示にのみ影響するIFRS第17号により要求されるアプローチが、現行のアプローチと比較して、重大でコストのかかるシステム変更を必要とすることを知っている。また、IFRS第17号では、保険債権、保険貸付及び再保険担保(留保資金)がもはや貸借対照表に別個に表示されなくなる。
EFRAGは、9月20日に開催された理事会において、EFRAGがIASBに提示した6つの問題を含む未解決の問題に対して、国際会計基準審議会(IASB)が対処するのを待つとのスタンスから、IFRS第17号のドラフト承認助言(draft endorsement advice:DEA)の発行を延期し、確認協議を保留することとした。また、今後の承認助言の期限等についての明確な日付は与えなかった。
これに関して、欧州証券市場局のシニア・ポリシー・オフィサーであるAlessandro d'Eri氏は、「作業計画により、今すぐ承認プロセスが保留されていることが明らかになった。今年末に向けて、何らの承認助言も議論されない。」と述べた。
一方で、欧州委員会の金融サービス局(Directorate‑General for Financial Stability, Financial Services and Capital Markets Union: DG Fisma)の会計及び財務報告部門の責任者であるAlain Deckers氏は、「DEAはIASBの基準の検討と平行して行われる。」と主張した。
EUは、IFRS第17号を採用することが想定されている保険会社の最大のブロックを代表している地域であるため、EFRAGの動向は今後のIFRS第17号のグローバルな採択に向けて、大きな影響力を有している。
この段階で、IASBは、EFRAGによる先のレターで特定された6つのトピック等に関して、再公開するかどうかについては決定していない。IASBが基準を再公開しないことを決定した場合、EFRAGは承認プロセスを継続するが、当初の2018年末ではなく、DEAは2019年上半期末になることが想定されている。いずれにしても、EFRAGは、IASBでの審議の状況等に応じて、今後の承認のスケジュールを再評価することとしている。
(2018年12月21日「基礎研レポート」)
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