2018年12月07日

米中貿易戦争はどうなるのか?

基礎研REPORT(冊子版)12月号

三尾 幸吉郎

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1―激しさを増す米中貿易戦争

中国本土からの旅行者数 2018年は米中貿易戦争が世界の注目を浴びる1年となった。7月に米国が中国から輸入する産業機械や電子部品など(340億ドル)に制裁関税を課すと、中国も米国から輸入する大豆や自動車など(340億ドル)に報復関税を課した。その後8月に米国が半導体や化学品など(160億ドル)に制裁関税を課すと、中国も古紙や銅くずなど(160億ドル)に報復関税を課した。さらに9月に、米国が食料品や家庭電器など(2000億ドル)に制裁関税を課すと、中国も液化天然ガス(LNG)や木材など(600億ドル)に報復関税を課した。
 
そして、米国が今後、さらなる制裁関税を課すことになれば、米中貿易戦争は関税引き上げから次のステップに進む恐れがある。米国が制裁対象とする中国からの輸入額は約5000億ドルあるのに対して、中国が報復できる米国からの輸入額は約1300億ドルに過ぎず、米国が中国からの輸入品全てに制裁関税を課すと、中国は関税以外の報復手段を取らざるを得なくなるからだ。
 
中国が尖閣諸島の領有権を巡る問題で日本と対立した2013年には、中国本土から日本への旅行者が減少した。中国がTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)の配備を巡る問題で韓国と対立した2017年には、中国本土から韓国への旅行者が減少した[図表1]。
また、敵対する国のモノの不買運動も中国では良く起こる。尖閣諸島問題で日本と対立した時には、日本系乗用車の販売が減少、THAADミサイル問題で韓国と対立した時には、韓国系乗用車の販売が落ち込んだ。
 
したがって、中国が報復関税を課す輸入品が底をつくと、米国への旅行者を抑制したり、米国系ブランド品の販売を抑制したりする可能性がある。ただし、米国との間でこのような事態に陥ると、米中関係は当分の間修復できなくなるため、中国にとっては、できれば避けたい報復手段でもある。

2―貿易不均衡の根本原因

米国が中国に貿易戦争を仕掛けた理由のひとつに米中間の貿易不均衡拡大がある。米国の貿易赤字は7957億ドルで、そのうち半分近く(3757億ドル)を対中貿易赤字が占めている。
 
そして、貿易不均衡拡大の背景には米国の過剰消費と中国の過剰生産という世界の基本的な経済構造がある。所得水準が高く貯蓄率の低い米国は、世界の個人消費に占めるシェアが29.4%で、世界の名目GDPに占めるシェア(24.3%)を大幅に上回っており、米国は過剰消費の国である。一方、米国よりも所得水準が遥かに低く貯蓄率の高い中国は、世界の個人消費に占めるシェアが10.1%で、世界の名目GDPに占めるシェア(15.0%)を大幅に下回っている。
 
他方、グローバリゼーションが進む中で、世界の製造業が賃金の高い米国にあった工場を海外に移転させたため、世界の製造業に占める米国のシェアは18.1%まで低下した。1970年には29.7%、1990年には23.1%だったことを考えると急激な落ち込みだったことが分かる。一方、米国より遥かに賃金が低く豊富な労働力を抱える中国はその受け皿となり、また外資系企業が使い易い工業団地や物流網を積極的に整備したこともあって、世界の製造業は中国に工場を移転し、中国は「世界の工場」となった。そして、世界の製造業に占める中国のシェアは25.5%と世界の4分の1を占めるに至り、米国は製造業で世界第1位の地位を中国に明け渡すこととなった[図表2]。
こうして「世界の工場」となった中国が、米国や日本などからコア部品や素材を輸入し、中国にある工場でそれを完成品に仕上げて、「世界の消費地」である米国へ輸出するという現在の供給網(サプライチェーン)が出来上がっている。
 
今回、米国が中国に貿易戦争を仕掛けたことで、これまで「最適な姿」だと思っていた世界のサプライチェーンはショックを受けることとなった。米国が中国からの輸入品にだけ高関税を課したため、サプライチェーンの「最適な姿」が変化し、中国を対米輸出拠点としてきた製造業の一部では、中国以外へ対米輸出拠点を移転した方が有利となる場合がでてきたからだ。

3―関税と自由度の米中比較

米国が中国に貿易戦争を仕掛けたもうひとつの理由に中国の高関税や不公正な貿易慣行がある。
 
まず、関税の状況を確認してみよう。世界貿易機関(WTO)の「World TariffProfiles 2017」によれば、米国の最恵国(MFN)税率は単純平均で3.5%とG20諸国の中でも極めて低い水準にあり、米国は関税の低い国だ。一方、中国の最恵国(MFN)税率は9.9%で、米中の格差は6.4ポイントもあるため、米国は中国の関税の高さに対して大きな不満がある。
 
ただし、中国は今回の米中貿易戦争を背景に2018年7月に自動車や日用品など(1449品目)の関税を引き下げ、同11月には機械類や紡績品など(1585品目)の関税も引き下げたため、10%近かった平均関税率は7.5%程度まで低下する見込みである。
 
次に、関税以外の面を確認してみよう。関税以外は簡単には評価できないが、その国の自由市場度を示す世界銀行の「Ease of doing business」が参考になる。そのランキングを見ると、米国は世界第8位と極めて高い評価を得ている一方、中国は第46位で米国とは大差がある。
 
このように、米国は世界で最も関税が低く最も開かれた市場である一方、中国は関税が高く閉ざされた市場だといえる。したがって、米中の貿易不均衡拡大に歯止めを掛けるためには、中国は関税を引き下げるとともに、自由化改革(非関税障壁の解消、対外開放の推進、補助金の明確化、知的財産権保護の強化など)を進める必要がある。

4―米中貿易戦争はどうなるのか?

それでは、米中貿易戦争は今後どんな展開になるのだろうか。シナリオは米国が何を目的に貿易戦争を仕掛けたのかによって2つに分けられる。
 
ひとつは、貿易戦争を仕掛けた目的が米中貿易不均衡の是正や中国の高関税や閉ざされた市場の改善にある場合である。この場合中国は、国際協調の恩恵を得るために、米国に譲歩する可能性が高いものの、その前提として、製造業強化を目指す産業政策「中国製造2025」は実質的に残すこと、「国家資本主義」的な経済運営は維持すること、開発途上国であることを理由として自由化改革は漸進的に進めることなどを条件とするだろう。その条件を米国が許容できれば、中国は漸進的ながらも、関税を引き下げ、閉ざされた市場を自由化して、米中両国は共存の道を歩むことになるだろう(楽観シナリオ)。
 
もうひとつは、その目的が安全保障上の脅威となりつつある中国を封じ込めることにある場合である。この場合米国は、どの国にもあるような成長戦略である「中国製造2025」の旗を降ろすことを求めたり、共産党の一党支配を支える「国家資本主義」的な経済運営を放棄することを求めたり、中国にとっては到底許容できない要求を繰り返し、揺さぶりをかけるだろう。そして、中国はどこまでも米国の制裁措置に対抗して報復を繰り返すこととなり、米中両国は冷戦の道に迷い込むことになりそうである(悲観シナリオ)。
 
現時点では、米国の本音が見えないため、楽観シナリオと悲観シナリオのどちらになるかは不明で、米中対立の行方は予断を許さない状況にある。もし、楽観シナリオとなれば、日本にとっては同盟関係にある米国と、緊密な経済関係にある中国とが共存の道を歩むこととなり、中国は漸進的ながらも、関税を引き下げ、非関税障壁を解消し、対外開放を推進し、補助金の状況を明確化し、知的財産権保護の強化を進めるため、大きなビジネスチャンスが生まれそうだ。一方、悲観シナリオとなれば、米中冷戦の道に迷い込むこととなり、米国は同盟関係にある日本に、中国封じ込めに協力するよう求めるだろうし、中国は親密な経済関係にある日本の協力を得て、中国封じ込めを回避しようとするだろう。
 
そして、日本は同盟関係にある米国に与するのか、それとも米国との同盟関係は重視しつつも一定の距離を保ち中国とも共存する立場を維持するのか、重大な決断を迫られることになりそうだ。
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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2018年12月07日「基礎研マンスリー」)

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