2018年10月30日

Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-

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1―はじめに

Brexit(英国のEU離脱)を巡る動向については、引き続き不透明な状況にあり、このままいけば、No-deal Brexit(合意なき英国のEUからの離脱)の可能性も否定できない状況になってきている。

こうした状況下で、英国政府(各種の監督当局を含む)は、No-deal Brexit シナリオを含む形でのBrexitに備えた対応を着実に進めていくことが求められている。これは、保険事業における保険会社に対するソルベンシーII等の規制への対応やクロスボーダーの(国境を越えた)保険契約の取扱等についても当てはまることである。

英国の保険会社の監督を担っている財務省(Her Majesty's Treasury:HM Treasury)やイングランド銀行(Bank of England)やPRA(Prudential Regulation Authority:健全性規制機構)も、各種の分野においてBrexitに向けた必要な対応を検討してきている。

こうした動きの中で、今回、英国財務省は、10月9日に、Brexit後にソルベンシーIIを国内法に適用する場合に必要となる関連する法規制等の修正について規定したドラフト法律文書(Draft statutory instrument)である「ソルベンシーIIと保険(改正等)(EU離脱)規則2018(Draft Solvency II and Insurance (Amendment etc.) (EU Exit) Regulations 2018)」(以下、「ドラフトSI」という)を公表1した。

さらには、英国政府は、これに先立つ8月23日に、No-deal Brexit の結果に備えて、自身の緊急時対応計画に関するガイダンス「Brexitの合意がない場合の銀行、保険及びその他の金融サービス(Banking, insurance and other financial services if there’s no Brexit deal)」(以下、「No-deal Brexitガイダンス」という)を公表2している。

今回のレポートは、このドラフトSI及びNo-deal Brexitガイダンスの内容を中心に、英国政府におけるBrexitへの対応状況について報告する。  

2―ソルベンシーIIに関するドラフトSIについて

2―ソルベンシーIIに関するドラフトSIについて

この章では、ソルベンシーIIに関する「ドラフトSI」について、報告する。

1|今回のドラフトSIの位置付け
今回のドラフトSIは、英国におけるソルベンシーIIの実施に関連するEU法の改正を行うための草案である。これらの改正は、EU(離脱)法(EU (Withdrawal) Act)の下で行われる。

EU(離脱)法2018は、英国がEUを離脱する日に、1972年の欧州共同体法を廃止し、直接適用されるEU法の既存本体を英国の国内法に転換する。この法律の目的は、EUを離脱する日に機能する法令ブックを提供することにある。

この法律はまた、効果的な運営のためのEU法の失敗又はその他のEU法の不備を防止、是正又は緩和するための法定文書(SIs)を作成する権限を閣僚に与える。

財務省は、これらの権限を使用して、英国がどのようなシナリオにおいても機能する金融サービス規制制度を継続して維持していることを保証している。

このSIは、英国がEUから離脱するために政府が準備を進めているより広い作業の一部である。EU外での英国の新しい立場を反映し、又は移行を円滑にするするために必要な場合を除いて、政策変更を行うことを意図したものではない。このSIで行われる変更は、我々が期待しているように、移行期間(implementation period)3に入るならば、2019年3月29日に有効にはならない。
 
3 2019年3月29日に英国がEUから離脱しても、2019年3月30日から一定期間(現在の合意では2020年12月末)までの間はEU内の英国国民の権利が保護されること等が合意されており、この経過措置的な期間を言う。英国の立場からは、Brexitが開始される期間であることから「実施期間(implementation period)」の名称が付与されているが、このレポートでは、一般的に使用されている「移行期間(transition period)」の名称を使用している。
2|今回のドラフトSIの概要
今回のドラフトSIは、英国がEUから離脱したことに起因する保険部門の健全性規制のための保持されたEU法の不備に対処している。それは法律が離脱後から効果的に運営され続けることを確実にすることを目指している。

説明用の政策ノートとともに、ドラフトSI自体が提供されている。
3|今回のドラフトSIの内容
今回のドラフトSIの内容について、財務省の説明資料に基づくと、以下の通りとなっている。

政府のビジネスや消費者への継続性を提供するというオンショアリング方針と整合して、ソルベンシーIIの政策アプローチとソルベンシーIIの法律に定められている主要なプルデンシャル要件は、英国がEUを離脱した後も変わらない。しかし、英国がEU圏外になった時点で、ソルベンシーII制度が効果的に運用されるようにするためには、法律への一定の不備修正が必要となる。

これらの不備修正は、以下の6つの内容となっている。これらの分野を除いては、EU規制が全面的に移行されることになる。

(1)クロスボーダーの(国境を越えた)EEA保険/再保険会社のグループの規制
EU規制の他の分野と同様に、保険会社及び再保険会社は、EUの共同監督の枠組みの対象となる。これは、それぞれのEEA(欧州経済地域)の監督当局による単体企業の監督に加えて、グループの監督のためのリード責任を割り当てられた1つのEEAの監督当局を有することで、クロスボーダーの保険又は再保険グループのためのソルベンシーII要件がグループに適用されることを可能にする。ソルベンシーIIは、EEA全体を通じたグループ監督が効果的であることを確実にするために、どのEEA監督者がグループ監督を担当しているか、グループ監督者が影響を受ける他のEEA監督者とどのように協力しなければならないのかを含む、このアプローチの基礎を規定している。監督の協力は、全ての関係あるEEA監督者が参加する監督者の「カレッジ」を通して行われる。

最終的な親会社がEEAに本店を置く場合、ソルベンシーIIのグループ監督は現在、最終的な親会社のレベルで適用される。グループのソルベンシーは、最終的な親会社のレベルで評価される。グループソルベンシー資本要件(SCR)は、グループ監督当局及び関連するその他の監督当局の承認を条件として、グループ内部モデルを使用して計算することができる。ガバナンス及び報告要件は、グループにも適用され、グループ構造の性質とそのリスクプロファイルを反映していなければならない。

離脱後は、EUが英国を「第三国」として扱い、英国はソルベンシーIIのEEAにおけるグループの処理の基礎となる共同監督メカニズムの外にあると想定されている。したがって、EEA保険子会社を有する英国のグループは、EEA監督当局によるグループ監督の対象となる可能性がある(英国のグループ監督が同等であるとはみなされない場合)。英国のソルベンシーII制度は、EU27カ国が第三国として扱われるように改正される予定である。これは、英国の保険子会社を有するEEAグループは、PRAによるグループ監督の対象となることを意味する(同等性評価がない場合)。

(2)同等性
ソルベンシーIIの下では、第三国の規制又は監督体制は、ソルベンシーIIに定められたアプローチと同等であると欧州委員会がみなすことができる。第三国体制は、再保険規制、保険会社及び再保険会社に適用されるソルベンシー計算、又はグループ監督のための監督上のアプローチに関して同等である可能性がある。同等性の決定は、EUと第三国間の規制要件又は監督上の要件の重複を減らし、またサービスと商品の交易を促進する可能性がある。

英国がEUを離脱すると、英国はもはや欧州委員会の管轄下に入らなくなる。ソルベンシーII制度が英国で有効に機能し続けることを確実にするために、財務省は第三国制度の同等性決定を行う欧州委員会の機能を担い、PRAは現在EIOPAが第三国の制度の技術的評価を提供する上で有している役割を果たす。

欧州委員会が既に第三国に対して同等の決定を下した場合、これらはEU(離脱)法によって英国法に組み込まれ、これらの第三国との英国の規制及び監督上の関係に引き続き適用される。

(3)EU資産のリスクウェート
ソルベンシーIIを含むEUの金融サービス規制は、EEA内に由来している特定の資産及びエクスポージャーに対して、優先的なリスク・チャージを提供している。これには、EUの長期投資ファンド(EuLTIFs)、EU社会起業資金(EuSEFs)、EUベンチャーキャピタルファンド(EuVECAs)に関連するEEAのソブリン債務及びエクスポージャーが含まれる。英国がEUから離脱した場合、EUの法律はもはやそのような英国のエクスポージャーをEEAのエクスポージャーとして分類せずに、それらはEEAのエクスポージャーに対する優先的な取扱いではなくて、一般的な第三国の要件に従うことになると仮定される。同様に、EU規制の英国の国内化バージョンは、英国が、EEAのエクスポージャーを他の国からのエクスポージャーとして扱うことを要求しているため、これらのエクスポージャーに対する優先リスク・チャージを除去することになる。財務省は、これらの変更のための可能な移行手続について検討している。

(4)機能の移管
英国の単独のソルベンシーII制度が効果的に機能するためには、EU機関が実施する特定の主要機能を適切な英国の機関に移管する必要がある。上記の同等性機能に加えて、英国に移管する必要のある主要なソルベンシーIIの機能は、次の通りである。

・保険及び再保険会社が負債を評価するために使用しなければならない「マッチング調整及びボラティリティ調整」の計算に使用される「リスクフリーレート」に関する技術情報を生成するEIOPAの機能。この機能はPRAに移管される。

・EIOPAは、ソルベンシーII委任規則に示されているように、標準的な計算式で使用される相関パラメータの維持管理を担当している。この機能は、これらのパラメータをPRAのルールブックの一部とみなして、PRAに移管される。

・リスクフリーレートと相関パラメータに関する技術情報を公表する欧州委員会の責任は、PRAに移管される。

・監督当局が回復期間を延長して、ソルベンシー資本要件(SCR)への準拠を再確立するために使用できる、保険市場にとっての「例外的な悪影響」を宣言するEIOPAの責任。この機能は、イングランド銀行健全性規制委員会(Prudential Regulation Committee of the Bank of England)に移管される。

(5)英国とEEA規制当局間の情報共有と協力の必要性
ソルベンシーIIでは、EEA当局と協力して情報を共有するための英国当局に対する拘束力のある義務がある。これらは、PRAに対し、EUの監督カレッジを通じてEEA監督当局と協力し、共同決定することを義務付けている。また、PRAはEEAの監督者及びEIOPAと特定の種類の監督情報を共有することも求めている。

英国がEUを離脱する際の英国の新しい地位を反映するために、これらの義務は英国の法律から削除される。これは、英国がもはやEUの加盟国にならなくなることを前提としており、英国が一方的(unilateral)かつ相互主義の保証なしに情報の共有やEUとの協力を義務付けけられないことを保証するものである。代わりに、英国当局は、他国の規制当局との協力や情報共有のための既存の国内枠組み条項を遵守することが求められる。事実、EUとEEA当局との相互に有益な監督上の協力を高いレベルで維持することは、英国の確かな意志である。

(6)拘束技術基準
EUの金融規制制度の下で、欧州委員会は、EU監督機関(ESAs)によって策定され、起草された拘束技術基準(Binding Technical Standards:BTS)を除いて、法制化を担当している。財務省は、金融サービス規制全般にわたり、全てのBTSの責任を英国規制当局に移管している。この機能が実行される基準は、金融規制当局権限(技術基準)行政委任立法に記載されている。

ソルベンシーIIについては、現在指令に定められているBTSの全ての義務は、PRAに委譲された命令を満たす責任を負って英国法に持ち込まれる。PRAは、BTSが離脱の初日から効果的にワークするように、ソルベンシーII BTSにおける不備を修正する責任がある。そしてPRAは、これらのBTSが離脱後にその目的に適合したままであることを確実にする責任がある。
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中村 亮一

研究・専門分野

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