2018年08月02日

精神医療の現状 (後編)-「治療同盟」のもとで、時間をかけた治療が行われる

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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4|薬物療法では、病気の種類と使用される薬剤が一対一で対応しているわけではない
当然のことではあるが、こころの病気の種類に応じて用いられる薬剤は異なる。各薬剤についてみていく前に、まず、病気の種類と、主に用いられる薬剤の関係を把握しておく必要がある。精神医療で使用される、脳の中枢神経に作用する薬剤は、「向精神薬」と総称される。
 
図表11. 向精神薬の概要  (文献で医薬品処方の例として示されているもの)
注意すべき点として、病気の種類と薬剤は一対一で対応しているわけではない、ということが挙げられる。たとえば、統合失調症に対する主な薬剤は、抗精神病薬である。この抗精神病薬は、双極性障害や譫(せん)妄などにも幅広く用いられる。また、不安障害の第一選択薬15は、抗不安薬ではなく、抗うつ薬となっている16。このように病態に応じて、さまざまな向精神薬が用いられている。
 
15 病気に対して、まず最初に投与される治療薬のこと。副作用が少なく、効果が大きい薬剤とされることが一般的。
16 具体的には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI)。(詳細は、次章を参照いただきたい)


5|薬物療法では、同カテゴリーの薬剤は単剤使用が基本
すでに述べたとおり、薬剤は単剤での使用が望ましいとされている。精神医療の薬物療法では、同じカテゴリーの薬剤は、単剤使用が基本とされる。2剤以上を併用する場合は、効果とともに副作用のリスクに注意が必要となる17。また、1剤目から2剤目に薬剤を切り替える場合は、いきなりすべて切り替えるのではなく、1剤目を徐々に減らしながら2剤目を徐々に増やす方法がとられる。

このように薬物療法では、患者の病態によって、使用される薬剤の種類や用法・用量が異なる。このため、医師による診療・処方が鍵となる。患者が薬物療法を受ける際は、医師の指導のもとで、正しい用法・用量で薬剤を服用する必要がある。次章では、各治療薬について簡単にみていく。
 
17 なお、診療報酬上も、多剤併用の抑制が図られている。具体的には、処方料、処方箋料、薬剤料の算定において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬、3種類以上の抗精神病薬又は4種類以上の抗不安薬及び睡眠薬 の投薬を行った場合、報酬点数が抑制される。(「平成30年度診療報酬改定の概要 医科Ⅰ」(厚生労働省)より)
 

4――薬物療法 (各論的)

4――薬物療法 (各論的)

この章では、薬物療法で使用される各薬剤を簡単にみていく。

1|うつ病の治療薬は、急速に進歩した
うつ病の治療薬(抗うつ薬)として、1956年にイミプラミンが登場した。これは、化学構造がベンゼン環を両端に含み、3つの環状構造を持つ三環式化合物であることから、三環系抗うつ薬と呼ばれる。三環系抗うつ薬は、神経伝達物質のノルアドレナリンやセロトニンの受容体に作用して効果をもたらす。一方で、治療の必要のない受容体にも作用して副作用を伴う。具体的には、「抗コリン作用」、「抗ヒスタミン作用」、「抗アドレナリンα1作用」といった副作用が生じることがある。
図表12. 三環系抗うつ薬の副作用 (主なもの)
三環系抗うつ薬は、副作用が少ないものへと改良された。改良される前のものを第一世代、改良後のものを第二世代と呼ぶ。第二世代は、抗ヒスタミン作用が軽減されている。

また、副作用を少なくするために四環系抗うつ薬が登場した。四環系抗うつ薬はノルアドレナリンだけに作用し、セロトニンには作用しない。そのため副作用が少ない反面、効果も弱くなっている。

そして、1990年代にイギリスとアメリカで、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」が登場した18。この薬剤は、日本では1999年に承認され、発売されている。SSRIは、セロトニンの再取り込みの阻害に特化した薬剤で、抗コリン作用や抗ヒスタミン作用がない、という特徴を有する。なお、2000年代に、SSRIはうつ病のみならず不安障害に対する有効性も認められ、保険適応となっている。
図表13. 抗うつ薬の進化
また日本では、2000年に、セロトニンの再取り込みの阻害と併せて、ノルアドレナリンの再取り込みも阻害する「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)」も登場している。現在、SSRIとSNRIは、うつ薬病の治療薬として多用されている。

さらに日本では、2009年に、神経伝達物質の再取り込みの阻害ではなく、セロトニンやノルアドレナリンの分泌量そのものを増やす「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)」も登場している。

SSRIやSNRIは、三環系抗うつ薬でみられた副作用を軽減したが、その一方で、セロトニン症候群、賦活症候群(アクチベーション症候群)、中断症候群(離脱症候群)など、それまでの抗うつ薬ではあまりみられなかった副作用が発生している。特に、賦活症候群の中には、漠然と死を願う「希死念慮」がある。このため、医師等や患者の家族は、服用当初の患者の変化に十分注意することが必要となる。

これらの副作用を軽減するために、服薬は、医師の指導のもとで適切に行われることが重要となる。
図表14. SSRIやSNRIの副作用 (主なもの)
なお、抗うつ薬の服用当初は、効果は生じずに副作用ばかりが目立つことがよくみられる。通常、抗うつ薬の治療効果の発現には数週間程度の時間がかかる。一方、副作用として、服用後早期に、セロトニン症候群や賦活症候群が生じる。医師や薬剤師は、患者が途中で服用をやめてしまわないよう、抗うつ薬の効果と副作用について、事前によく説明しておくことが重要となる。なお、これらの副作用は、時間とともに低減していくことが一般的とされている。
図表15. 薬物療法で使用される抗うつ薬の治療効果と副作用 (イメージ)
 
18 SSRIは、Selective Serotonin Reuptake Inhibitorの略。SNRIは、Serotonin-Noradrenaline Reuptake Inhibitorの略。NaSSAは、Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressantの略。


2|統合失調症の治療薬である抗精神病薬は、副作用の軽減が図られてきた
統合失調症に対しては、すべての抗精神病薬が保険適応になっている。抗精神病薬は、脳内の神経伝達物質の1つであるドーパミンに対して、その受容体を遮断して過剰になることを抑え、幻覚や妄想などの症状を軽減するとされている。抗精神病薬の継続投与により、症状の再発が予防できる。このため、抗精神病薬は少なくとも1年間は続けることが強く推奨されている19。しかし、患者にとって服薬の継続は簡単なことではない。自己判断で服薬を中断して、再発するケースが多くみられる20

抗精神病薬は、ドーパミン以外の神経伝達物質の受容体にも作用する。これにより、治療的効果を発揮することもあるが、副作用の発生にも関係してくる点に注意が必要とされる。
図表16. 抗精神病薬の効果
抗精神病薬の副作用のうち、特に有名なのが「錐体外路(すいたいがいろ)症状」である。これは、ドーパミンの働きを抑えることで、筋緊張や微細な運動を不随意に調節する神経である錐体外路系神経の機能に障害をきたすもの21。その結果、手のふるえ、筋肉のこわばりといったパーキンソン病に似た病態や、突然奇妙な運動や姿勢をとる、下肢がムズムズする、といった症状が現れる。

抗精神病薬の最も重い副作用として、「悪性症候群」がある。これは、錐体外路症状や、発熱・発汗・頻脈などの自律神経症状、意識障害をきたすもので、重症の場合、呼吸不全や腎不全などの合併症が生じて、死亡に至ることもある。

近年は、非定型抗精神病薬が使用されるようになってきている。これは、ドーパミン受容体の遮断を緩めて、幻覚や妄想にかかわる神経回路は遮断するが、他の神経回路には作用しないようにしたもの。このため、非定型抗精神病薬は錐体外路症状が少ない。非定型抗精神病薬は、「第二世代抗精神病薬」とも呼ばれており、現在の主流になりつつある22。ただし、一部の非定型抗精神病薬には、肥満を招いたり、糖尿病を悪化させたりすることがあり、使用が制限される場合もある。

また最近、抗精神病薬の投与形態にも工夫がなされてきた。経口剤とは別に、持続性注射剤(Long Acting Injection, LAI)という剤形での処方が増えている23。LAIを筋肉注射すると、筋肉内に薬剤が長期間とどまり、血液中に一定量が放出されて効果が2~4週間持続する。LAIでは薬剤を毎日服用する必要がないため、患者にとって、飲み忘れや、服用のわずらわしさがないというメリットがある。一方、注射を受けるために、月に1~2回、通院が必要となるという別の課題も生じる24
図表17. 抗精神病薬の進化
抗うつ薬、抗精神病薬からなる精神神経用剤の国内出荷額をみると、ここ数年、毎年3,000億円を超える金額の出荷が続いている。うつ病や統合失調症などに対する薬物療法が、国内で幅広く行われていることがうかがえる。
 
図表18. 精神神経用剤の国内出荷額の推移
 
19 「統合失調症薬物治療ガイド-患者さん・ご家族・支援者のために-」(日本神経精神病薬理学会, 2018年2月27日)の“臨床疑問1-4 初発精神病性障害の再発予防効果における抗精神病薬の最適な治療継続期間はどのくらいか?”より。
20 統合失調症の患者のうち、処方された薬を自分の判断でやめたことがある人は48.1%。自分の判断で薬をやめた結果、再発した人は78.5%、との調査結果がある。(「統合失調患者さん710名とご家族689名を対象とした実態調査」(特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構(コンボ)・日本イーライリリー株式会社プレスリリース, 2010年8月4日)より)
21 錐体外路とは、大脳皮質から出て脊髄を下る運動神経路のうち、錐体路以外のものの総称。線条体・小脳などが中枢の役割をもち、不随意的・無意識的な筋肉の緊張・協同運動などをつかさどる。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より。)
22 これに対して、従来の抗精神病薬は、「定型抗精神病薬」、「第一世代抗精神病薬」と呼ばれる。
23 LAIは、「デポ剤」とも呼ばれる。デポ(depot)は、貯留物を意味する。
24 大日本住友製薬社と日東電工社は、ブロナンセリン(ロナセン®)のテープ製剤の国内製造販売の承認申請を行ったと発表した(同社プレスリリース(2018年7月31日)より)。承認・発売されれば、テープ製剤(貼付剤)の剤形が加わることとなる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

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