2018年06月29日

米国の働き盛りを蝕むオピオイド―プライムエイジの労働参加率低下の主因か

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(図表8)オピオイド使用量比較 2指摘されるオピオイドとの関連
米国のプライムエイジ労働参加率の回復が遅れている要因として、オピオイド問題の影響が指摘されている。国連による薬物報告書(17年版)6によれば、米国のオピオイド使用量7は世界で1位となっており、2位カナダと比べても1.5倍と突出しているからだ(図表8)。

次に、労働参加率低下の原因となっている、労働市場から退出した非労働力人口と、労働市場から退出した理由の動向を確認してオピオイドの影響をみてみたい。

非労働力人口の統計では、職探しを諦めた理由として、「病気または身体障害」、「通学」などで示される6項目からなる回答結果を公表している8(図表9)。オピオイド中毒によって職探しを諦めた場合には「病気または身体障害」の項目で増加がみられるはずである。
ここで、プライムエイジの非労働力人口の理由別内訳を07年と17年で比較した(図表9)。プライムエイジの非労働力人口は17年に男女合計で19.8百万人弱と07年の同+17.7百万人から+2百万人程増加したほか、人口占率が+1.6%ポイント増加しており、非労働力人口の増加を通じて労働参加率が低下した状況が確認できる。
(図表9)プライムエイジ非労働力人口(前年に働かなかった理由)
一方、職探しをしていない理由についてみると、「病気または身体障害」の人口占率が+0.4%ポイントと「通学」(同+0.5%ポイント)に次いで高くなっており、「病気または身体障害」の増加が労働参加率押下げの要因の一つとなっていることが分かる。

もっとも、これらの試算結果は労働参加率の低下(非労働力人口の増加)とオピオイド問題を直接結びつけるものではない。一方、プリンストン大学のクルーガー教授は17年9月に発表した論文で、全米3,000を超える郡について、オピオイドの処方率とプライムエイジ労働参加率の関係を99年-01年と14年-16年のデータを用いた分析によって定量的に導き出した。

同教授の推計では、オピオイド処方率と労働参加率には相関がみられ、オピオイド処方率の1%上昇が労働参加率を0.6%低下させることが示された。この結果を踏まえ、同教授は99年から15年にかけてプライムエイジの非労働力人口が増加した分のうち、プライムエイジ男性の20%、プライムエイジ女性の25%分が、オピオイドが関係している可能性を指摘した。

同教授は、オピオイド問題がプライムエイジの労働参加率低下に影響している可能性が高いとしているものの、オピオイド問題の労働市場への影響については分析がはじまったばかりであり、未だ確定的な事は言えず、今後も引き続き分析を続けることが必要であるとしている。
 
 
6 国連”Narcotic Drug Technical Report 2017” https://www.incb.org/documents/Narcotic-Drugs/Technical-Publications/2017/Narcotic_drugs_technical_publication_2017.pdf
7 百万人当りのオピオイド使用量を、標準的な規定1日用量(Standard Defined Daily Dose 、S-DDD)で評価したもの。
8 正確には6回答以外に”Not in universe”として集計されるため、6回答の合計は非労働力人口の合計と一致しない。
 

4――オピオイド対策はまったなし

4――オピオイド対策はまったなし

オピオイド問題が深刻化する中で、トランプ大統領は昨年10月に「公衆衛生上の非常事態」を宣言したほか、今年1月の施政方針演説(一般教書演説)にも議会に対して超党派での解決を呼びかけるなど、オピオイド問題の解決を重要課題と位置づけている。
(図表10)公衆衛生上の問題として深刻であるとの回答割合 トランプ大統領が掲げる政策には野党民主党を中心に物議を醸すものも少なくないが、オピオイド問題に対しては与野党ともに課題意識は共有化されており、超党派で解決を目指す動きとなっている。これには、米国民がオピオイド問題の解決を求める声が強くなっていることも背景にあると思われる。ピューリサーチ・センターの調査では、公衆衛生上の問題として処方オピオイドの問題が深刻であるとの回答が17年10月調査で76%となっており、ガンに迫る水準となったほか、13年11月時点の調査に比べて回答割合が顕著に増加した(図表10)。

議会は非常事態宣言を受けて、オピオイド対策立案のための公聴会を開き、超党派で議論を重ねている。

オピオイド問題への対応はこれまではかばかしくなかったものの、これまで個人情報保護のため、アルコールや薬物などの使用障害状況に関す情報が医療機関で共有されていなかった状況を是正するための法改正を下院で6月20日に賛成357対反対57で可決した。

また、オピオイド中毒患者が治療や回復サービスへのアクセスを向上させるなどの「オピオイド中毒患者の治療、回復」、鎮痛薬として常習性の無いオピオイド代替薬を使うなどの「オピオイド中毒の予防」、国際郵便などを活用した不法薬物の流入を防ぐなどの「コミュニティーの防衛」、地方公共団体に対するフェンタニル対策の補助金支給などの「フェンタニルとの戦い」を柱とし、従来の50以上の法律を統合する形で、オピオイド対策をまとめた法案を下院で6月22日に賛成396対反対14の圧倒的多数で可決するなど、議会におけるオピオイド対策では一定の進展もみられている。

本稿ではオピオイド問題とプライムエイジ労働参加率の関連について検討した。米国では労働市場の回復が進み、製造業や建設業の熟練労働者の不足が問題となっているほか、人手不足が低技能労働者まで拡大していることが指摘されている。このため、米経済が成長を持続するためには労働力の確保が重要な課題となっており、プライムエイジの労働力に影響を与えるオピオイド問題の解決は一層加速させる必要があるだろう。

一方、本稿では触れていないが、オピオイド使用が経済的に恵まれていない郊外の地域で顕著となっていることが分かっている。これらの地域では工場の閉鎖などグローバル化も含めた産業構造の転換などによって職を失い、生活水準の低下を実感して精神的な痛みを感じている層が多いと考えられる。

オピオイド問題は、常習性のある鎮痛薬が普通に病院で処方されたことが問題の本質だが、その背景として、米国が抱えるグローバル化や産業構造転換の問題が、鎮痛薬に手を出してしまう人数を増加させて、間接的に影響している可能性は否定できない。このため、オピオイド問題の抜本的な解決のためには、これら米国が抱える問題にどう対処していくのかも問われている。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年06月29日「基礎研レポート」)

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