2018年06月29日

米国の働き盛りを蝕むオピオイド―プライムエイジの労働参加率低下の主因か

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1――はじめに

米国ではオピオイドと呼ばれる麻薬性鎮痛薬の中毒患者や、過剰摂取による死亡者の増加が問題となっている。オピオイドにはモルヒネ、ヘロイン、オキシコドン、フェンタニルなどがあり、このうち、オキシコドンなどは処方オピオイドとして病院で処方されており、薬局などで購入が可能となっている。中毒患者や過剰摂取による死亡者数が13年以降、急激に増加したことを受けて、トランプ大統領は昨年10月に「公衆衛生上の非常事態」を宣言したほか、今年1月の施政方針演説(一般教書演説)においても、議会に対して超党派での解決を呼びかけるなど、非常に深刻な問題と捉えられている。

とくに、オピオイドの中毒者や死亡者数は、働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25~54歳の世代で多くなっており、労働市場への影響が懸念されている。金融危機で落込んだ労働市場は、雇用者数や失業率など金融危機前の水準を回復する指標が多くなっているものの、プライムエイジの労働参加率1は依然として金融危機前の水準を下回っており回復が遅れている。これは、他の先進国と比較しても顕著な遅れである。

プライムエイジの労働参加率の回復が遅れている要因については、様々な指摘2がされているものの、オピオイドの使用量が他の先進国と比較して突出して多くなっていることもあり、オピオイド問題との関連を指摘する報告3が増えている。

本稿では、米国で深刻化しているオピオイド中毒者や死亡者数の状況や、プライムエイジの労働参加率への影響について、労働市場から退出した非労働力人口の属性なども踏まえて検証したい。
 
1 プライムエイジ人口に対する労働力人口(就業者数と失業者数を合計したもの)の比率。
2 就学、スキルのミスマッチ、モビリティの低下など
3 Alan B. Krueger “Where Have All the Workers Gone? An Inquiry into the Decline of the U.S Labor Force Participation Rate”(17年9月) https://www.brookings.edu/bpea-articles/where-have-all-the-workers-gone-an-inquiry-into-the-decline-of-the-u-s-labor-force-participation-rate/
OECD Economic Surveys United States(18年6月)
http://www.oecd.org/eco/surveys/Overview-United-States-2018-OECD.pdf
など
 

2――深刻化するオピオイド問題

2――深刻化するオピオイド問題

1オピオイドとは
オピオイド(opioid)は麻薬性鎮痛薬の一種4であり、薬剤名としてはモルヒネ、ヘロイン、オキシコドン、フェンタニルなどが存在している。このうち、オキシコドンなどの処方オピオイドは鎮痛薬として米国の病院で処方されており、薬局などで購入が可能となっている。オピオイドでは鎮痛作用に加え、陶酔作用が得られる。

処方オピオイドは当初、常習性の無い鎮痛薬と認識されており、製薬会社による医師への高額な接待を含む積極的なプロモーションが行われた。また、薬剤費の一部が医療保険でカバーされること、オピオイドを処方した医師の患者満足度が向上することなども影響し、米国内での処方が急増した。

しかし、その後に処方された患者には鎮痛効果の逓減に伴いオピオイド使用量が増加する傾向があるほか、オピオイドの摂取を止めることで、不安や不眠などの離脱症状がみられるなど、オピオイドには常習性があることが明らかになった。

16年にオピオイドに関する処方箋を1枚以上受領した患者数は、6,900万人に上っており、米人口の19.1%5に達した。
 
 
4「中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称」、「植物由来の天然オピオイド、化学的に合成・半合成されたオピオイド、体内で産生される内因性オピオイドが存在」(日本ペインクリニック学会HP)
5 疾病予防対策センターCDC”ANNUAL SURVEILANCE REPORT OF DRUG-RELATED RISKS AND OUTCOMES”(2017年)https://www.cdc.gov/drugoverdose/pdf/pubs/2017-cdc-drug-surveillance-report.pdf
(図表1)薬物過剰摂取による死亡者数 2|急増するオピオイド関連死亡者数
オピオイド使用量の増加に伴い、オピオイドの過剰摂取による死亡者数が急増している。16年に薬物の過剰摂取による死亡者数は6万7千人となった(図表1)。このうち、オピオイド関連は4万2千人と全体のおよそ3分の2を占めている。

一方、死亡者数を時系列にみると、13年以降にオピオイド関連の死亡者数が急増しており、全体の死亡者数を押上げていることが分かる。
3|影響が大きいプライムエイジ(25-54歳)世代
死亡者数の年齢別分布をみると、25歳から54歳にかけての割合が高くなっており、薬物中毒死亡者数全体の69.8%、オピオイド関連だけでは71.9%となっている(図表2)。

また、オピオイドの処方患者数と、オピオイドを処方箋の用量通りに服用しなかったり、処方箋が無いのに服用している乱用者(misuse)数の年齢別分布をみると、処方患者数は15歳以降、年齢が上がるほど増加がみられる一方、乱用者数や年齢別の人口に対する割合である乱用率は、15歳から34歳のグループの高さが際立っている(図表3)。また、35歳から54歳までの乱用率も4%を超える水準と高くなっており、プライムエイジ層はオピオイド問題の影響を最も受けていることが分かる。
(図表2)薬物過剰摂取による死亡者数(年齢別)/(図表3)オピオイド処方患者、乱用者数(年齢別)

3――懸念されるプライムエイジ世代の労働市場への影響

3――懸念されるプライムエイジ世代の労働市場への影響

(図表4)非農業部門雇用者数の増減(累積)および失業率 1回復が遅れるプライムエイジの労働参加率
米国では、08年の金融危機後に一時、870万人の雇用が失われるなど労働市場の悪化が顕著となっていた。しかしながら、雇用者数は10年10月から18年5月まで統計開始以来最長となる92ヵ月連続で増加しており、金融危機以降の累計雇用増加数も1,000万人に達している(図4)。
(図表5)プライムエイジ( 25-54歳)の労働参加率 また、失業率も5月は3.8%と金融危機後につけた10%近い水準から大幅に低下しており、00年4月以来、18年ぶりの水準に低下するなど、主要な労働関連指標は労働市場が金融危機前を超える水準に回復していることを示している。

しかしながら、働き盛りで労働市場の主力であるプライムエイジの労働参加率は回復が遅れている。プライムエイジの労働参加率は、18年5月が81.8%と、15年9月の80.6%からは回復しているものの、金融危機前の水準を回復できていない(図表5)。また、足元では18年2月の82.2%から3ヵ月連続で低下しており、回復にも頭打ちがみられている。
さらに、プライムエイジ労働参加率を米国と他の主要先進国(G7)で比較すると、イタリアを除いて米国が最も低い水準となっている(図表6)ほか。17年と07年の変化幅(17年-07年)では、米国が▲1%ポイントを超える下落(図表7)となっている。このため、米国のプライムエイジ労働参加率は他の主要先進国と比べて金融危機後の回復が顕著に遅れていることが分かる。
(図表6)プライムエイジの労働参加率(各国比較)/(図表7)プライムエイジ労働参加率の変化幅
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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