コラム
2018年06月19日

地方銀行のベンチャー支援に期待!

中村 洋介

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1――はじめに

地方銀行への逆風が続いている。マイナス金利政策下での貸出金利回りの低下、地方の人口減少や高齢化、県をまたいだ金融機関間での競争等、地方銀行を取り巻く環境はなかなか好転が見通せない。合併・再編を模索する動きもあるが、九州地方の地銀再編に関して公正取引委員会が「ストップ」をかけており、今後の展開に注目が集まっている。加えて、フィンテックの台頭で更なる環境変化も予想され、今後も地方銀行の経営環境に関して目が離せない展開が続く。

何かと厳しい内容の話題が多い地方銀行。一方、明るい前向きな話として、話題性のあるベンチャーとの連携や、資本参加を報道で目にするようになったと思う。いくつか目にした事例に触れてみたい。

2――話題のベンチャーと地方銀行

法人・個人事業主向けのクラウド会計ソフト等を手掛けるfreee(フリー、東京都)。人手不足に直面する中小企業の業務効率化を志向する同社のクラウド会計ソフトには、銀行口座の情報を連動したり、取引データを自動仕訳したりする機能等が付加されている。多くの中小企業と接点を持ち、その会計データが集まってくるため、フィンテックベンチャーとして金融機関の注目も集めている。同社が2016年末に行った増資では、ベンチャーファンド、事業会社、金融機関等とともに、千葉銀行傘下のちばぎんキャピタルが増資を引き受けた。出資以外でも、複数の地方銀行がfreeeと業務提携を行っている。2018年3月、西日本シティ銀行(福岡県)は、同行の顧客向けにカスタマイズしたクラウド会計ソフトの提供について業務提携を行った。また、2015年12月から業務提携し、同社のクラウド会計ソフトを取引先企業に紹介してきた北國銀行(石川県)。2017年2月には、クラウド会計ソフトを導入している取引先企業について、資金繰りや経理状況等に重要な変化が起きた際、自動的に銀行の担当者に共有化される機能の共同開発が発表されている。

同じくフィンテック領域では、顧客の年齢や金融資産額に基づいて、上場投資信託の中から顧客に適した組み合わせを提案し運用する「ロボアドバイザー」に取組む、お金のデザイン(東京都)。同社がここ数年で行った増資では、地方銀行やその傘下のベンチャーキャピタル(以下VC)複数社が資本参加している。今後もフィンテック領域のベンチャーへの接触は増えそうだ。

フィンテック以外では、専門スキルを持つ個人が、アドバイザーとして対面や電話で相談に応じてくれる「スポットコンサルティングサービス」を手掛けるビザスク(東京都)。同社のサイト(プラットフォーム)には、様々な領域に詳しい専門家が登録しており、例えば「中学受験塾を経営している方に話を聞きたい。謝礼は10,000円。」といったユーザーがサービスを利用する。同社とも、複数の地方銀行が提携しており、銀行の取引先への割引プラン提供や、その他の新しい取組みについて検討しているようだ。

話題のベンチャーへの資本参加が見られた地方銀行傘下のVCであるが、投資規模は大手のVC等と比較して小さく、専門人員にも限りがあるため、少額出資のフォロワー投資(ファイナンスを主導するリードインベスターに追随し、共同投資する戦略)が多いようだ。昨今はベンチャー投資に資金が流れ込みつつあり、話題のベンチャーの投資案件では、少額投資家が弾かれるケースが増えると思われる。また、人気のベンチャー企業は出資先や提携先を選ぶ立場になるため、魅力ある選ばれる投資家・提携先となる努力が必要だ。今後も優良ベンチャーの投資案件や提携に入り込めるかどうか、各社の取組みが試される展開になりそうだ。

3――地域のベンチャー支援に取組む地方銀行

東京にある有力ベンチャーとの協業や資本参加が話題になりがちではあるが、地域の創業支援や企業育成に各行とも取組んでいる。全国地方銀行協会が取りまとめたデータ1によれば、企業育成ファンドへの出資残高は足もと増加基調にある(図表1)。その取りまとめ資料には、地元大学との連携による創業支援の例として、宮崎銀行が宮崎大学と連携協定を結び、ファンドを通じた学生や大学関係者に対する創業資金の提供、ビジネスプランコンテストの開催に取組んでいることが紹介されている。
(図表1)地方銀行企業育成ファンドへの出資残高(年度末) また、九州の大学発ベンチャーの創出を目指して2017年2月に創設された「九州・大学発ベンチャー振興会議」には、福岡銀行(ふくおかフィナンシャルグループ傘下)、西日本シティ銀行といった地方銀行が参画メンバーとして名を連ねている他、ふくおかフィナンシャルグループ傘下のFFGベンチャービジネスパートナーズは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラムにおける事業プロモーターに採択されている。各行とも、色々な形で地域のベンチャー支援に取組んでいる様子だ。
 
 
1 2017年9月13日 一般社団法人全国地方銀行協会 『地方銀行における「地域密着型金融」に関する取組み状況』  http://www.chiginkyo.or.jp/app/story.php?story_id=1258

4――地方銀行への高い期待

しかしながら、周囲の期待はもっと高いところにありそうだ。経産省が立ち上げた「第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会」の中間取りまとめ2(2017年12月9日)では、地方大学の優れた案件に資金供給が十分に行われていない、地域金融機関による案件発掘やワンストップ支援が求められる、といった指摘がなされている(図表2)。
(図表2)「第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会 中間取りまとめ」地方のベンチャーに関する指摘(抜粋)
地方のベンチャーを取り巻く環境(ベンチャー・エコシステム3)は、大都市圏と比べると、どうしてもヒト・モノ・カネ・情報が不足しがちであり、地方経済の中核を担う地方銀行への期待は大きい。しかしながら、地方銀行が有望シーズの発掘、起業支援、多額のリスク資金提供といった全ての役割を果たすことだけが答えではない。地域の大学、起業家等が求めるノウハウ、投資資金や人脈を、「域外から持ってきて繋ぐ」という選択肢もある。日本の主要VCは、東京に偏在しており、地方の「生きた情報」に随時接しているわけではない。イノベーションを求める大企業も、地方にあるシーズを事細かに把握しているとは限らない。一方で、地方銀行は地域経済や地元企業の情報を有し、地域のネットワークを構築している。もし、地方銀行が大学等にある域内の「イノベーションの種」の状況に精通し、域外の有力VCやイノベーションに積極的な大企業等との太いパイプを構築できれば、地域のベンチャー・エコシステムは活性するかもしれない。地方銀行傘下のVCが、大手VCに有力ベンチャー企業を紹介し、共同投資する。地方銀行が、起業間もない時期のベンチャー育成に長けた投資家と組んで、地域のベンチャー育成プログラムを実施する。そのような事例が増えてくると良い。一方で、ベンチャー業界のコミュニティは”give and take”の世界。一方的に求め続けるだけでなく、域外のプレイヤーにとってもメリットを提供する”Win-Win”の関係を築く必要がある。地域のエコシステムと、大都市圏のエコシステムをうまく繋ぐ架け橋となれるだろうか。地方銀行の活躍に期待したい。
 
 
2 2017年12月9日 第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会 中間取りまとめ
http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20171209001_1.pdf
3 「ベンチャー・チャレンジ2020」(2016年4月日本経済再生本部決定)では、「ベンチャー・エコシステムとは、起業家、既存企業、大学、研究機関、金融機関、公的機関等の構成主体が共存共栄し、企業の創出、成長、成熟、再生の過程が循環する仕組み(生態系)である」とされている。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

中村 洋介

研究・専門分野

(2018年06月19日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【地方銀行のベンチャー支援に期待!】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

地方銀行のベンチャー支援に期待!のレポート Topへ