2018年04月06日

世界はキャッシュレスに向うー日本への観光来客数を維持するために必要なことを考えよう

基礎研REPORT(冊子版)4月号

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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出張で4年数ヶ月ぶりに英国のロンドンを訪れたところ、移動や食事の際に、以前との違いを明確に感じた。ネットで知らされていた以上に、キャッシュレス化が進んでいたのである。

キャッシュレス化の一つの例を見よう。ロンドンの地下鉄では、一回乗車券と非接触型ICカードのOyster Card利用とで、運賃が異なる。東京メトロの初乗り運賃は、現金だと170円だが、ICカードを利用した場合は165円とわずかな差である。ところが、ロンドンの地下鉄では、現金だと4.9ポンド(約735円;1ポンド=150円換算)であるのに対し、Oysterを利用すると2.4ポンド(約360円)と半額以下になる。こういった料金設定は、Oysterの利用を促進し、キャッシュレスへ誘導しているものと考えられる。

地下鉄のサイトを見ると、Oysterと並んでContactlessも同額という表示が目に付く。英国内で発行されたクレジットカード(対応するもののみ)などだけでなく、スマートフォンのアプリやリストバンド等でも、Oysterと同様に地下鉄を利用することができるようになっている。

地下鉄の例では、東京もロンドンに近い域に達していると言えなくもない。しかし、もっと驚かされたのが、ランチの支払時である。日本では、1,000円程度のランチ代をクレジットカードで支払うことは、まずない。カード払いを頼むと、普通お店に拒否されるだろう。まだ、現金決済が一般的な利用局面では、幅を効かせているのである。

ところが、ロンドンでの昼食は、金額としては10ポンド強(約1,500円)程度のものであっても、カード払いが珍しくない。テーブルでの代金支払いが一般的なこともあって、会計を依頼すると、ハンディな携帯端末を持って担当者がやって来る。現金で支払う旨を告げると、おつりの手間が面倒なのか、担当者は不服そうな顔すら見せる。

このように、数年ぶりのロンドンはキャッシュレス化が進んでいた。既にスウェーデンでは、現金利用が取引全体の2%程度しかないとされる。現金に対しては、偽造の怖れや脱税に利用される可能性、更には、製造・保管コストといった課題も指摘される。中国でアリペイ等キャッシュレス決済が急速に浸透したのには、利便性と同時に、偽造通貨に対する怖れの要素も大きい。

日本でキャッシュレス化が進まない背景には、現金や官公庁に対する信頼感の強さを指摘する見方が強い。加えて、加盟店がクレジットカード会社に対して支払う手数料が高過ぎるという意見も良く耳にする。しかし、こうした要因によるキャッシュレス化の遅れが、将来のインバウンドに対し抑制的に作用する危険性を忘れるべきではないだろう。

足元は、円安によって海外からのインバウンド消費が好調である。地下鉄の例でも、ランチの例でも、東京の物価は安く感じられる。これは対英国だけでなく、米国や他の多くの国に対しても同様である。特定商品で東京の物価を高く見せることは可能だが、同等程度の一般的な物の価格は、明らかに日本が安い。英Economist誌の公表するビッグマック指数では、本年1月時点で日本円は35%割安とされる。

円安が、日本に対する訪問客増加の大きな誘引になっていることを忘れてはならないが、さらに、これまで以上に多くの観光客を迎えるには、まだ幾つかの誘惑が残っている。首都圏の鉄道を例に取ると、路線別の色分けや駅ナンバリングを導入しても、まだ鉄道網はわかり難い。事業者を跨いで乗車すると高額の運賃を課せられる。平常時ならともかく、遅延時等に外国語での説明や迂回ルートへの誘導などは、ほとんど出来ていない。その他にも、海外発行カードでのATM利用や公衆Wi-Fi網の未整備など、海外からの来訪客が戸惑ってしまう問題は多い。

これからラグビーW杯やG20、東京オリンピックなど多くの国際的なイベントが日本で開催される。改めて海外からの視点で既存のシステム等を見直さないと、観光客の増加は望み得ない。単なる円安効果ではなく、真に「おもてなし」のあり方を考えるべき時が来ているのではなかろうか。キャッシュレス化への対応は、その中でも一つの大きなポイントになるだろう。
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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

(2018年04月06日「基礎研マンスリー」)

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