2018年02月14日

生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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(4) 農業体験農園の普及
生産緑地の貸借は困難という事情もあって普及してきたのが「農業体験農園」である。市民農園と同じく利用者ごとに区画があるものの、利用者は、農家の作付け計画、栽培指導によって農作業を行い、収穫した作物を購入する。あくまで農家が営農主体であるため、生産緑地であっても相続税納税猶予制度が適用できる。

農家の管理が行き届き、皆が同じ作物を栽培することから利用者同士コミュニケーションが生じやすいなど、区画貸しの市民農園にはない効果もあって、1996年に練馬区で最初に開設されて以降19年々増加し、全国各地に広がっている。(図表7)

ただし、この場合も本質的に相続の問題が残る。営農が困難となり、そのときに農業後継者がいなければ、農業体験農園を維持していくことは難しい。
図表7 農業体験農園数推移(東京都内)
 
19 東京都練馬区の農家が中心となって開発されたことから、「練馬方式」とも呼ばれている。
(5) 農園サービスへの民間参入
近年特に都市住民の支持を集めているのが、民間企業のサービスを利用して開設する市民農園である。民間企業が農家の市民農園開設を支援し、農家から業務委託を受けて、開設後の集客や運営のサポート、利用者向けイベント開催等を行っている20

自治体などが開設する市民農園に比べると利用料金は高いものの、栽培に必要な道具などはすべて揃えてあり、現地のアドバイザーに指導もしてもらえる。こうしたサービスは農業体験農園と同様であるが、区画面積は標準的な農業体験農園よりも小さく、無理なく始められる点も最近の消費者ニーズを捉えているのだと思われる。

現状で生産緑地での開設事例もあるが、多くの場合農家が開設主体である。前述の理由からノウハウのある企業であっても生産緑地を貸すことは困難と考えられているためだ。

以上のように、農業従事者の高齢化が進み、後継者の見通しが立たない農家が多い一方で、都市農業に対する都市住民の関心はかつてないくらいの高まりをみせており、新たな担い手として期待される新規就農希望者も増えている。こうした中、生産緑地を農地として安定的に維持していくためには、後継者の問題も含め様々な事情で農業継続が困難な農家に対し、貸借という選択肢を選べるようにする必要がある。それによって、営農意欲の高い者、新規就農希望者、農園利用を希望する都市住民などを実質的な都市農業の担い手、支え手としていくことが求められているのである。
 
20 株式会社マイファーム(京都市下京区)は、2008年に「体験農園マイファーム事業」を開始して以来全国に110カ所開設(会社案内パンフレットよりhttps://myfarm.co.jp/company.html)。株式会社アグリメディア(東京都新宿区)は、2012年にサポート付き市民農園「シェア畑」サービスを開始して以来、全国に65カ所を開設(2017年9月現在 ウェブサイトよりhttps://www.sharebatake.com/)。
 

3――生産緑地貸借の仕組み

3――生産緑地貸借の仕組み

法案は、2つの貸借の仕組みで構成されている。一つは、「自らの耕作の事業の用に供するための都市農地の貸借の円滑化(ここでは認定事業計画に基づく貸付とする)」、もう一つは、「特定都市農地貸付けの用に供するための都市農地の貸借の円滑化(特定都市農地貸付け)」である。前者は、生産緑地を借りる者が自ら農業経営することを目的に貸借する仕組みであり、後者は、市民農園など公益目的で生産緑地を貸借する仕組みである。
1|認定事業計画に基づく貸付け
(1) 事業計画の認定
農地を借りて事業を行おうとする者(都市農業者)は、「事業計画」を作成し、当該農地のある市区町村21に提出する(図表8中の①)。事業計画には、申請者の氏名、農地の所在地、賃借権等の種類、期間、耕作の事業内容等を記載する。

事業計画の申請を受けた市区町村は、認定要件をすべて満たしている場合、農業委員会の決定を経て事業計画を認定する(②、③)。その上で、農地所有者は、事業計画の認定を受けた者(認定事業者)に対し、賃貸借または使用貸借による権利の設定を行う(④)。
図表8 認定事業計画に基づく貸付けのスキーム
この場合、農地法の特例が適用され、権利設定に農業委員会の許可が不要となり、法定更新等の規定が不適用となる。

事業計画を申請するのは、個人法人を問わない。ただし法人の場合、執行役員等のうちひとり以上が耕作の事業に常時従事することを認定の要件としている。
 
 
21 本稿では、東京都特別区を含めて市区町村と表記する。
(2) 利用状況の報告と勧告
認定事業者は、毎年市区町村に認定事業計画の対象となる生産緑地(認定都市農地)の利用状況を報告する義務が生じる。市区町村が事業計画どおり耕作していないと認める場合、認定事業者に対し必要な措置を講ずることを勧告する。勧告に従わない場合、農業委員会の決定を経て認定を取り消す。

2|特定都市農地貸付け
特定都市農地貸付けは、地方公共団体や農協以外の者が、生産緑地を市民農園として開設するために、所有者から生産緑地を直接借り受けることができるようにする仕組みである。

既に特定農地貸付法の特定農地貸付けによって、企業やNPO等農地を所有しない者が市民農園を開設する仕組みがある。しかしこの場合、市区町村等22が農地所有者と農地の使用収益権を設定し、市区町村等から企業等に農地を貸す必要があった。所有者と企業等が直接生産緑地を貸借可能にすることで、生産緑地を活用した市民農園を開設しやすくした。

10アール未満の農地、営利を目的としない、貸付期間が5年を超えないことを要件とし、市区町村と「貸付協定」を締結していなければならない(図表9中の①)。貸付協定には、生産緑地を適切に利用していない場合に市区町村が協定を廃止すること、承認の取消や協定を廃止する場合に市区町村が講ずべき措置を定めておく必要がある。
図表9 特定都市農地貸付けのスキーム
特定都市農地貸付けによって市民農園を開設しようとする者は、この貸付協定と利用者に貸し付ける際の条件等を定めた「貸付規程」(②)を申請書と共に農業委員会に提出申請し(③)、承認を求める。農業委員会は、農地の位置や規模が適切か、利用者の募集選考方法が適正かなどの要件に該当する場合に承認する(④)。

こうした要件や承認の規定は特定農地貸付法を準用している。特定都市農地貸付けが承認されると、農地法の特例が適用され、権利設定に農業委員会の許可が不要となり、法定更新等の規定が不適用となる。
 
 
22 地方公共団体又は農地利用集積円滑化団体(農業経営基盤強化促進法)又は農地中間管理機構(農地中間管理事業の推進に関する法律)
3|相続税納税猶予制度の適用
以上の、認定事業計画に基づく貸付け、特定都市農地貸付けについて、平成30年度税制改正で、法案の成立を前提に相続税納税猶予制度の適用が認められるようになった23。これによって生産緑地所有農家は相続の心配をせずに、農地を貸すことができる。
 
23 贈与税の納税猶予制度も認められた。
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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

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