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2018年度の公的年金額は、なぜ据え置かれるのか?-年金額の改定ルールと年金財政への影響、見直し内容の確認
保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫
この図表6の3番目の式を「年金改定率=」という形で組み替えると、図表6の4番目の式になります。年金改定率は、賃金の上昇率に、加入者数の増加率から受給者の増加率を引いたものを加える、ということになります。ここで、受給者数の増加率は引退世代の寿命の伸び率に近いと考えることができます。すると、年金改定率は、賃金上昇率に、加入者数の増加率と引退世代の寿命の伸び率の差を加えることになります。このうち、賃金上昇率が本則の年金改定率であり、加える部分が年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)に相当します。加入者数の増加率は少子化の影響で基本的にマイナスになりますので、年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は基本的にマイナスになります4。
4 年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は、少子化の影響で基本的にマイナスになりますが、高齢者の就労が増えて公的年金の全被保険者(加入者)数の増加率(2~4年度前の平均)が+0.3%以上になった場合には、この調整率はプラスになり得ます。2016年12月に成立した改正では、この調整率が2018年度以降にプラスになる場合はゼロとする(すなわち年金額を増やす方向のマクロ経済スライドの調整は行わない)という規定が追加されました。
基本的な考え方は上記の通りですが、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)にも、特例ルール(いわゆる名目下限ルール)が設けられています。特例ルールは、(a)基本ルールどおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、(b)本則の改定率がマイナスの場合、に適用されます(図表7中央)。大雑把に言えば、特例aは物価や賃金の伸びが小さいとき、特例bは物価や賃金が下落しているときに適用されます。
特例aの場合は、調整後の改定率がマイナスなので名目の年金額が前年度を下回ることになります。これを避けるため、特例aの場合には、実際に適用される調整率の大きさ(絶対値)を本則の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%になります。特例bの場合は本則の改定率がマイナスなので、この場合も名目の年金額が前年度を下回ることになります。そこで、年金財政健全化のための調整を行わず、本則の改定率の分だけ年金額が改定されます。
2017年度までは、これらの特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されていませんでした。しかし、2016年12月成立した改正法によって、2018年度分から未調整分が累積され、2019年度以降で特例に該当しない年度、すなわち基本ルールどおりに当年度の調整率を適用しても調整後の改定率がプラスになり、さらなる調整余地が残っている年度に、当年度分の調整と未調整分を合わせて調整する仕組みになりました(図表7右)。なお、繰り越した未調整分が適用される際に調整後の改定率がマイナスになる場合は、特例aと同じ考え方で、実際に適用される調整率(当年度の調整率と未調整の繰り越し分の合計)の大きさ(絶対値)を本則の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%になります。これに伴う未調整分は、さらに繰り越されます。
年金財政の健全化のための調整ルールの特例が適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(いわゆるマクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となります(図表8)。その結果、年金財政の健全化に必要な調整期間の長期化が必要となり、将来の年金の給付水準(図表8では所得代替率と記載)が低下することになります。これまでは、特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されなかったため、その分を穴埋めするために、年金財政の健全化に必要な調整期間を長期化して将来の給付水準を予定よりも低下させることで、長期的な年金財政のバランスを取る仕組みになっていました。
今回の見直しによって未調整分が繰り越されて調整されるようになると、特例ルールに該当した年度では未調整分のツケの先送りが生じますが、それが早い時期に精算される可能性が出てきます。その結果、改正前の制度よりも将来の給付水準の低下を抑えられることになります。
しかし、今後の経済状況によっては、当年度分の調整と繰り越した未調整分を合わせた大幅な調整ができない場合も考えられます。その場合は未調整分の精算が完了しないまま持ち越され、結果として改正前の制度と同じような事態になる可能性もあります。
このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもあります。未調整分を精算できるほど本則の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得ます。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対が出てきたり、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性があります。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかが政治問題になるかもしれません。
この見直しは2018年度分から施行されます。2018年度分から未調整分の繰越しが始まり、早ければ2019年度から未調整分の精算が適用されます。近年は物価上昇率が低いため、未調整分を繰り越しても、その精算は難しい可能性があります。ただ、消費税率が引き上げられた際には、その影響で物価上昇率が高くなって、繰り越した未調整分の精算が可能になる可能性があります。年金額改定の基礎となる物価上昇率は前年(暦年)の値なので、2019年10月に予定されている消費税率の8%から10%への引上げは、2020年度と2021年度の改定に影響します。それまでに発生した未調整分の繰越しがこの両年度で精算されるのか、経済状況と政治の両面から注目されます。
03-3512-1859
- 【職歴】
1995年 日本生命保険相互会社入社
2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)
【社外委員等】
・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)
【加入団体等】
・生活経済学会、日本財政学会、ほか
・博士(経済学)
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