2018年01月31日

2018年度の公的年金額は、なぜ据え置かれるのか?-年金額の改定ルールと年金財政への影響、見直し内容の確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 年金額の改定ルール:本則ルールと年金財政健全化のための調整ルールの2つを適用

1|改定ルールの全体像
公的年金の年金額は、経済状況の変化に対応して価値を維持するために、毎年度、金額が見直されています。この見直しは改定と呼ばれ、今年度の年金額が前年度と比べて何%変化するかは改定率と呼ばれます。

現在は年金財政を健全化している最中なので、年金額の改定率は、本則の改定率と年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)を組み合わせたものとなっています(図表1)。以下では、この2つを順に見ていきます。
図表1 現在の年金額改定ルールの全体像
2|本則の改定ルール
(1) 基本的な考え方
本則の改定ルールとは、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用されるルールを指します。現在のルールでは、原則として、新しく受け取り始める年金額は賃金水準の変化に連動して、受け取り始めた後の年金額は物価水準の変化に連動して、改定されます。

2000年改正以前は、新しく受け取り始める(新規裁定の)年金額も受け取り始めた後の(既裁定の)年金額も、約5年ごとの法改正によって、賃金水準の変化に連動して改定されていました2。これは、おおまかにいえば、年金受給者の生活水準の変化を現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金水準の変化に合わせるためです。言い換えれば、現役世代と引退世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえます。また、この仕組みは年金財政の観点からも合理的です。年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金の水準に連動して変化します。このため、年金財政の支出である給付費も賃金に連動して変化させれば、年金財政のバランスは維持されます。

しかし、この財政バランスが維持される話は、現役世代と引退世代の人数のバランスが変わらない場合にしか成り立ちません。少子高齢化が進む社会では、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、引退世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化します。そこで2000年改正後は、受け取り始めた後の年金額は物価水準の変化に連動して改定されることになりました。過去の経済状況では賃金の伸びよりも物価の伸びの方が低かったので、この見直しによって給付費の伸びを抑え、負担増加を抑えることが期待されました。

2004年改正では、従来は法改正を経て行われていた年金額の改正を、予め法定したルールで毎年度自動的に行うことになりました。具体的なルールは、図表2のように規定されています。
図表2 本則改定ルールの原則
 
2 毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定され、5年目に過去5年分の賃金変動率に合わせて改定される方式でした。
(2) 特例ルール
2004年の改正では、上記の基本的なルールに加えて特例ルールも規定されました。従来は賃金水準の伸びが物価水準の伸びを上回ることが一般的でしたが、2000年代に入ると賃金水準の伸びが物価水準の伸びを下回る場合も想定されるようになってきました。そこで、賃金水準の伸びが物価水準の伸びを下回る場合には、現役世代の賃金の伸びと年金額の伸びとのバランスや既に引退している受給者の生活への影響を考慮して、それまでの原則とは異なる特例的なルールが設定されました(図表3のピンク部分)。
図表3 本則の改定ルールの全体像(原則と特例)
これらの特例ルールが設けられた理由は次のとおりです3。まず、賃金改定率と物価改定率がともにプラスで、かつ賃金改定率が物価改定率よりも小さい場合(図表3の④の場合)は、現役世代と年金受給者とのバランスを考慮し、現役の賃金の伸びを上回る年金額の引き上げは不適切という理由で、受け取りはじめた後の年金額の改定率を物価改定率よりも低い賃金改定率にとどめられることになっています。

賃金改定率がマイナスで物価改定率がプラスの場合(図表3の⑤の場合)は、原則どおりだと受け取り始めた後の年金額の改定率が新しく受け取り始める年金額の改定率より高くなるため、2000年改正の主旨に反して不適切です。しかし、受け取り始めた後の年金額の改定率を、ゼロ(前年度と同額)よりも低くしてまで新しく受け取り始める年金額の改定率に合わせるのは不適切という理由で、新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率をともにゼロにする、という、いわば痛み分けの形になっています。

賃金改定率と物価改定率がともにマイナスでかつ賃金改定率が物価改定率よりも小さい場合(図表3の⑥の場合)は、前の場合(図表3の⑤の場合)と同様に、原則どおりだと受け取り始めた後の年金額の改定率が新しく受け取り始める年金額の改定率より高くなるため、2000年改正の主旨に反して不適切です。しかし、物価上昇率を下回る賃金改定率で受け取り始めた後の年金額を改定して、名目額でも実質額でも前年度を下回るのは不適切という理由で、新しく受け取り始める年金額の改定率を賃金改定率よりも高い受け取り始めた後の年金額の改定率(すなわち物価改定率)に揃えられることになっています。
 
3 以下の説明は、2004年改正時の厚生労働省の説明(具体的には、厚生労働省数理課『厚生年金・国民年金平成16年財政再計算結果(報告書)』, p.102)を参考に記載した。なお、現在の厚生労働省の説明(例えば、社会保障審議会年金部会(2014年10月15日)の資料1 p.6)では、後述する見直しを念頭に置き、受け取り始めた後の年金額の改定率が新しく受け取り始める年金額の改定率より大きくなると給付と負担の長期的なバランスが保てなくなる旨が、記載されている。
(3) 年金財政への影響
前述のとおり、大雑把に考えれば、現役世代と引退世代のバランスが変わらない場合には、年金額が賃金改定率で改定されても年金財政の収入と支出がともに賃金に連動する形になるため、財政バランスは維持されます。現在の本則改定の原則のように、受け取り始めた後の年金額が賃金改定率よりも低い物価改定率で改定されれば、年金財政が改善する方向に働きます。

しかし、前述した特例ルールのうち、賃金改定率がマイナスで物価改定率がプラスの場合(図表3の⑤の場合)と賃金改定率と物価改定率がともにマイナスでかつ賃金改定率が物価改定率よりも小さい場合(図表3の⑥の場合)は、年金額の改定率が賃金改定率よりも高くなるため、年金財政が悪化する方向に働きます。同時に、年金額の伸び率(改定率)が現役世代の賃金の伸び率よりも高いという意味での、世代間のバランスの問題も生じます。
図表4 本則の改定率の特例の適用によって、年金財政の健全化に必要な調整期間が長引くイメージ
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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