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健康経営の基本構造

江木 聡
- 「健康」とは、病気でないことなのか、あるいは、身体、精神、社会的に良好な状態である「ウェル・ビーイング(well-being)」と考えるのか2。
- 「健康経営を掲げて達成しようとする目的」は、健康保険料負担の抑制なのか、人材採用に有利なホワイト企業というお墨付きなのか、いきいき働く職場の実現やその先にあるキャッシュフロー創出力の向上といったものなのか、はたまた経営目標とは別の福利厚生充実なのか。
事業活動であるだけに万事、経営者次第です。したがって健康経営を実践する会社の数ほど健康経営のスタイルがあるともいっても過言ではありません。従業員健康度の向上(以下、健康度向上)を通じて経営上の課題を解決しようする事業活動は、すべて健康経営と称するともいえるでしょう。
健康経営の現状はさておき、いざ健康経営に取組むのであれば、自社が健康経営という手段によって何を達成しようとするのか、その目的を明確にしておく必要があります。その目的は、経営の重要課題に紐づいていることが重要です。健康経営が経営課題を解決する方策であれば、経営者の関与が高まり、継続した資源投入が可能となるからです。
配分可能な経営資源の制約を斟酌して、できる取組みから始めるよう推奨する向きもあります。しかし、目指す目的と、そこに至る段階的な目標がなければ、進捗や達成度を評価できず、目的に至るまでの改善や軌道修正も検討できなくなります。結果、活動自体が続かなくなり、それまで投入した資金、労力、時間が無駄になってしまいます。
健康経営の目的が何であれ、それは健康度向上によって達成されます。健康度向上は、従業員が広く「健康度向上に資する行動」(以下、健康行動)を継続して初めて実現できるものです。健康経営が経営課題の解決策であるならば、健康行動を業務扱いとし会社の指揮命令下で推進することが本筋です。しかし、健康管理は従業員の自己責任であるという社会通念や、会社の余力という点で現実的には限界があるようです3。
健康経営が介入する対象は従業員の健康ですが、健康は従業員のものです。健康経営においては、主人公はあくまで従業員であるという発想が大事です。健康経営の成否は、従業員が事業所内外で自発的かつ習慣的に健康行動をとるような状態を、会社が創り出せるかにかかってきます。たとえ会社側で精緻にデータをマッチングして潜在的健康リスクを抱える従業員を特定できたとしても、その集団が健康行動をとらなければ前には進みません。従業員が健康についてリテラシーが低く、目の前の業務に追われている状態では、景品をもらえるからといって健康行動に注意と時間を割くかは疑問でしょう。
健康行動をやらせる側の論理だけで立案してしまうと、従業員は往々にして乗ってきません。経営陣の本気度が従業員に伝わらない場合も同様です。健康行動を促す施策の立案に際しては、立案者が一従業員の置かれた状況と気持ちに立ち戻ってみて、その施策を実際にやろうという気になるのか、素直に自問してみる必要があります。健康経営に限らず、自発的に動く人を創り出すことは、簡単ではありませんが、経営における人的分野の中心的な課題です。それは、従業員に共感を得て、重要性を理解してもらい、納得できる目標を提示あるいは協同設定し、心を動かしてやる気にする取組みです。
健康経営によって解決すべき経営課題、集団の特性やその健康上の課題は、会社によって異なるため、他社でうまくいっている取組みが自社で通用するとも限りません。自社の「この経営課題」、「この集団」、「この健康課題」、「この目指す姿」から、固有の最適解を試行錯誤しながら導き出すほかないのです。健康度の向上という意味でも、会社の取組みという意味でも、成果を出すには時間を要することを経営層に理解してもらっておくことが重要です。
1 「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標
2 「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態であることをいいます」(WHO憲章抜粋、公益社団法人日本WHO協会訳)
http://www.japan-who.or.jp/commodity/kenko.html
3 健康増進法第2条は、努力義務ながら次のように定める。「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。」
(2018年01月31日「研究員の眼」)
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