2018年01月24日

新たな所得拡大促進税制は企業に賃上げを促すのか?

白波瀨 康雄

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4――所得拡大促進税の見直しと賃上げの先行き

2018年度税制改正で所得拡大促進税制は大幅に見直された。期間は2020年度まで3年間延長、給与水準の要件は、「③前年比の給与平均額の増加率」に一本化され、大企業は3%以上、中小企業は1.5%以上を達成する必要がある。また、大企業に限っては、「④国内投資」の要件(当期の減価償却費の9割以上)も同時に満たす必要がある。さらに、「⑤教育訓練費」の要件(大企業:前2期平均の1.2倍以上、中小企業:前期の1.1倍以上)を満たすと、税額控除の割合は一段と高まる(大企業:15%→20%、中小企業:15%→25%)(図表1)。財務省は新たな所得拡大促進税制により1,610億円の減収(図表6の(1))を平年度で見込んでおり、控除割合は15%~25%であることから単純計算で0.6~1.1兆円程度の給与増加が毎年度の控除対象となると思われる(なお、現行の所得拡大促進税制がなくなることで1,740億円の増収(図表6の(3))を見込んでいる)。2012年度を基準にした増加額ではなく前年度からの増加額が控除対象になったことで、これまでの制度と比べると継続的な賃上げの後押しとなることが期待できる。
(図表6)2018年度の税制改正(内国税関係)による法人課税の増減収見込み額
(図表7)賃上げ率の階級別労働者分布(従業員数:100~299人)/中小企業の利益計上法人 ●中小企業の賃上げは税制が後押し
企業規模の定義が異なるが、厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」で中小企業(従業員100~299人)の賃上げ率の分布をみると、2012年から2017年の5年間で、賃上げ(定期昇給、ベースアップ、諸手当の改定等を含む、常用雇用者数の加重平均)のボリュームソーンが1.0~1.4%から1.5%~1.9%に移動し、賃上げ率0%以下の企業の割合が減少した(12年:19.3%→17年:9.7%)。また、3.0%以上の賃上げを行う企業の割合も、2012年の6.8%から2017年には15.4%まで増加している。要件の平均給与は継続雇用者を対象とし、所定外給与や賞与、諸手当等も含まれるため、単純な比較はできないが、要件である前年比1.5%以上や2.5%以上を満たすハードルはそこまで高くないと思われる。1%程度(0.5~1.4%)の賃上げを行った28.4%の企業や、2%程度(1.5~2.4%)の賃上げを行った34.7%の企業は、控除を受けるために賃金を一段と引き上げるインセンティブになりそうだ。また、中小企業の利益計上法人は、2012年度の73.5万社から2015年度は92.3万社と3年間で18.8万社も増加しており、減税対象と成り得る中小企業も増えていることも、税制が賃上げを後押しする要因となる。 
(図表8)賃上げ率の階級別労働者分布(従業員数:5,000人以上) ●大企業の要件である3%は実現可能性のある水準
一方、大企業(従業員5,000人以上)は、賃金の引き下げを行う企業はほぼ皆無(12年:15.3%→17年:0.4%)となり、賃上げ率のボリュームゾーンは1%台(2012年:61.5%)から2%台(2017年:52.3%)へ大きくシフトした(図表8)。一方で、3%以上の賃上げを行った企業は、6.4%(2017年)と2012年の1.3%からは上昇したものの、2012年の中小企業の割合(6.8%)を下回っている。大企業は、ボリュームゾーンの水準が中小企業より高く、大きくシフトしたものの、ばらつきが小さく3%以上の賃上げを行っている企業は少ない。しかし、3%目前の企業(賃上げ率:2.5~2.9%)は23.4%存在し、5年前の0.1%から大幅に増加した。政府が要請した3%という数字は、5年前であれば荒唐無稽なものかもしれないが、今現在は実現可能性の高い水準といえる。経団連も2018年春季労使交渉の指針(経営労働政策特別委員会報告)で、3%の賃上げを「社会的な要請・期待感」とし、「自社の収益に見合った前向きな検討」を企業に求めた。賃金の改定を決定する際に、大企業は世間相場を重視する企業が多く、その傾向は強まっている(図表9)。世間相場の水準が上がることが見込まれる中で、3%の賃上げに踏み切る企業も徐々に増える可能性がある。
(図表9)賃金の改定の決定に当たり重視した要素(複数回答)
また、税額控除の要件である3%は賞与や諸手当等も含んだものであり、ベースアップの実施に消極的な企業もその他の手段を用いて「年収ベース」での増額により要件を達成することができる。要件の3%は達成しやすく、適用を受ける企業が多く現れるのではないだろうか。

なお、大企業は国内投資の要件(当期の減価償却費の9割以上)も満たす必要がある。法人企業統計によれば、設備投資(対減価償却費)は2013年度以降4年連続で1倍を上回っている。大企業は、既存設備の維持・補修を上回る設備投資を行っており、積極的に設備投資を増やさなくても要件を満たせる企業は多いと思われる。

また、大企業に限っては、所得が増加しているにも関らず、賃上げと国内設備投資を行わない(給与平均額の増加率:0%以下、かつ、国内投資:当期の減価償却費の10%以下)企業は、一部の租税特別措置3を受けられなくなった。ただし、賃金が増加していない企業は2017年で3.1%(図表8)とごく少数であり、国内投資の要件も緩く、満たさない企業はごくわずかだろう。
 
 
3 以下3つの租税特別措置。(1)試験研究を行った場合の税額控除制度(研究開発税制)、(2)地域経済牽引事業の促進区域内において特定事業用機械等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度(地域未来投資促進税制)、(3)情報連携投資等の促進に係る税制。
 

5――おわりに

5――おわりに

政府の賃上げ要請は5年目になるが、企業の賃上げ機運は物価の伸び悩みや海外経済の減速懸念の高まり等を受けて2016年にしぼんでしまった。2018年は再び機運が高まることが確実だろう。賃上げによる税制優遇を受ける中小企業は増加しており、新たな所得拡大促進税制も賃上げを後押ししよう。大企業は、税制優遇を受けている企業数がすでに頭打ちとなっており、新たな制度の要件は給与平均額の増加率(前年比)3%と一段と厳しくなった。しかし、5年前と比べて2%台後半の賃上げを行う企業は大幅に増加し、賞与等を含む要件の3%は実現可能性のある水準だ。すでに3%の賃上げを行う方針を固めた企業も出てきている。今後も賃上げを先導する企業が現れることで、大企業の賃上げのボリュームゾーンが現在の2%台から3%台へシフトしていくことを期待したい。

日本経済は2012年11月を谷とした長期の景気回復が続いているものの、名目賃金の伸びは物価上昇に打ち消され、実質賃金は谷の水準をいまだに下回っている。景気回復の恩恵が家計にも広がり、企業経営者のマインドが外部環境に大きく左右されない内需主導の好循環を実現させることが重要になってくる。
 
 

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(2018年01月24日「基礎研レター」)

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