2018年01月22日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2017報告書の概要報告-

中村 亮一

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(5) 技術的準備金に関する移行措置(Transitional on the Technical Provision:TTP
ソルベンシーIIの開始後16年間は、(再)保険会社は、技術的準備金に関する移行措置を適用することができる。この移行措置の下では、保険及び再保険の技術的準備金に対する移行控除が適用される。移行控除は、ソルベンシーIの技術的準備金とソルベンシーIIの技術的準備金との差異に基づいている。ソルベンシーIIの開始時において、過渡的調整はその差額の100%であり、技術的準備金はソルベンシーIの技術的準備金と等しい。16年間の移行期間中、移行控除はゼロに減少する。移行措置は、ソルベンシーIIの開始前に締結された契約に起因する保険及び再保険義務のみに適用される。

(6) ソルベンシー資本要件に準拠しない場合の回復期間の延長(Extension of the Recovery Period:ERP
ソルベンシーIIの下で、(再)保険会社はSCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)をカバーする適格自己資本(Eligible Own Fund)を保有することが要求される。会社がSCRをカバーしていない場合、NSAは、会社に対して、SCRに準拠していないことを確認してから6ヶ月以内に、SCRをカバーする適格自己資本の水準を再設定又はSCRへの遵守を確実にすべくリスクプロファイルを縮小するために必要な措置を講ずる、ように要求しなければならない。NSAは、必要に応じて、その期間を3か月延長することができる。さらに、ソルベンシーII指令第138条(4)は、監督当局が特定の状況下で、SCR要件の遵守の再設定のための回復期間を、当該指令の第138条(2)に定められているように、最大限 7年間までさらに延長することができる、と規定している。

この権限は、市場又は影響を受ける事業部門の重要なシェアを占める保険及び再保険事業に影響を及ぼす、次に掲げる以上の「例外的な不利な状況」が発生した場合に適用される。

・予期せぬ鋭く急激な金融市場の落ち込み
・持続する低金利環境
・大きな影響を与えるカタストロフィックなイベント

このERPは、NSAの要請を受けて、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を宣言した後にのみ付与することができる。ソルベンシーII委任規則第288条には、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を評価する際に考慮すべきいくつかの要因と基準が記載されている。なお、EIOPAは、例外的な不利な状況が存在するかどうかを判断する前に、ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)に相談することができる。

(7) 株式リスクチャージの対称調整メカニズム(Symmetric Adjustment Mechanism to the Equity Risk Charge /Equity Dampener:ED又はSA
金融システムの過度の潜在的な景気循環効果を緩和し、保険及び再保険会社が、金融市場における維持されない不利な動きの結果として、追加的な資本を増やしたり、投資を売却したりすることを不当に強要される状況を回避するために、SCRの標準式の市場リスク・モジュールには、株価水準の変化に関する対称調整メカニズムが含まれている。株式市場が上昇した場合、対称調整はプラス(資本要件がより高い)となり、株式市場が下落した場合、マイナス(資本要件がより低い)となる。

(8) デュレーションベースの株式リスクサブモジュール(Duration-Based Equity Risk Sub-Module: DBER
SCRの標準式には、株式市場価格の水準の変動に起因するリスクを捉える株式リスクサブモジュールが含まれる。株式リスクサブモジュールは、株式の種類に応じて、株式市場価格が39%又は49%下落することを想定したリスクシナリオに基づいている。その株式リスクサブモジュールではなく、株式市場価格の下落を22%と想定するリスクシナリオに基づいて、一定の株式投資に関してデュレーションベースの株式リスクサブモジュールを使用することができる。 デュレーションベースの株式リスクサブモジュールは、一定の職業上の退職所得支給や退職給付を提供し、特に、会社の負債の平均デュレーションが平均12年を超え、 会社が少なくとも12年間は株式投資を保有することができる、というさらなる要件を満たす生命保険会社によってのみ適用することができる。
 

4―LTG措置及び株式リスク措置の適用要件

4―LTG措置及び株式リスク措置の適用要件

上記で述べたLTG措置及び株式リスク措置の適用要件等は、措置毎に異なっている。これについても前回の報告書のレポートで説明しているが、ここで再掲しておく。

1|基本的な適用要件
「(1)リスクフリー金利の補外」については、全ての会社に強制的に適用される。

「(7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム(ED)」は、SCRの株式リスクサブモジュールを算出するのに標準式を使用(部分内部モデルが株式リスクサブモジュールをカバーしていない場合を含む)している会社は強制的となる。

これに対して、(2)~(5)、(8)のMA、VA、TRFR、TTP、DBERは、ソルベンシーII指令や規則に規定された条件を満たしていることを条件に、会社のオプションとなる。

(6)のERPについては、EIOPAによって例外的な不利な状況下にあると宣言された後に、SCR要件に違反する会社のみが適用できる。

従って、今回のEIOPAの報告書における分析は、会社のオプションとして適用されるMA、VA、TRFR、TTP、DBERが中心となっている。

2|複数の措置の同時適用時の要件
複数の措置を同時に適用することもできるが、以下のような一定の組み合わせは排除される。

・TTPを適用する会社はTRFRを適用できない(TTPとTRFRはいずれか一方のみ)。
・TRFRを適用する会社は、同じ(再)保険債務に対してMAは適用できない。
・MAを適用する会社は、同じ(再)保険債務ポートフォリオに対してVAは適用できない。
 なお、例えば、異なる保険債務に対して、VAとMAを適用することは排除されない。
 

5―全体的な状況(各種措置の適用会社数等)

5―全体的な状況(各種措置の適用会社数等)

ここでは、各種措置の適用会社数3等の全体的な状況について、報告する。

以下の図表及び図表の数値は 、特に断りが無い限り、EIOPAの「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2017」からの抜粋によるものであり、必要に応じて、筆者による分析数値を加えたり、表の項目の順番を変更する等の修正を行っている。
 
3 以下の図表等において、会社数と述べるとき、1つの会社が異なる事業で各措置を適用している場合等もあり、必ずしも「会社数」を表しているとは限らないが、報告書の概要の結果が示すものに影響を与えないと考えられるため、「会社数」という表現を使用している(次回以降のレポートでも同様)。
1|ソルベンシーIIの適用状況
欧州保険会社のソルベンシーIIの適用状況について、その会社の種類別及びSCR計算の方法別(標準式、部分内部モデル又は完全内部モデル)の状況は、以下の図表の通りとなっている。

EEAの保険市場では、2,945の保険及び再保険会社がソルベンシーIIに従って監督されている。この数値は、会社の再編等の影響もあり、2016年1月1日のデータと比較して105社減少している。従って、以下の文中の前回の報告書との実数の比較においては、この点に留意しておく必要がある。

また、ソルベンシーIIに基づいて322のグループが監督されている。全ての保険及び再保険会社の45%を占める1,326のソロ保険及び再保険会社がこれらのグループの一部となっている。
図表 ソルベンシーIIの会社の種類別及びSCR計算の方法別の適用状況
内部モデル適用会社(部分内部モデル適用会社を含む)は、176社でソルベンシーIIの対象会社全体の6.0%となっている。前回の報告書では、対象会社の5.5%の169社であったので、比率及び実数とも増加している。また、内部モデル適用会社の割合は、生命保険会社では8.5%、生損保兼営(グループ)会社でも8.0%と、生命保険事業を展開している会社において相対的に高くなっている。

次の表は、ソルベンシーIIの対象となる全ての保険及び再保険会社の技術的準備金及び総計上収入保険料(Gross Written Premium)の額の概要を示している。技術的準備金では9割以上が生命保険事業となっている。
技術的準備金及び総計上収入保険料
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中村 亮一

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