2017年11月30日

まるわかり“内部留保問題”~内部留保の分析と課題解決に向けた考察

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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4|法人税・配当も利益ほど増えず
このように、利益が増加したとしても、法人税や利益処分における配当金の支払いが増加すれば、内部留保の積み増しは抑制されることになる。

そこで、近年の法人税等の支払い額を確認すると(図表10・11)、2016年度で18兆円と、2012年度から2兆円の増加に留まっている。この間、利益は大幅に改善しているため、税引き前当期純利益に占める法人税等の割合は大きく低下している。復興増税の終了や法人税率の段階的な引き下げが実施されたことで、企業の(利益に対する)税負担が軽減されたと考えられる。
(図表10)税引き前利益の配分状況/(図表11)法人税等の推移
次に配当支払いについて見てみると(図表10)、2012年度(14兆円)から2016年度(20兆円)にかけて約6兆円増加している。企業規模別に見ると(図表12)、中小企業はこの間横ばい(0.1兆円増)、中堅企業は微増(1兆円増)に留まる一方、大企業では大きく増加(5兆円増)している。大企業は外部に多くの株主を抱える上場企業が多いため、増益に伴って増配が行われたためとみられる。

ただし、大企業についても、配当性向(当期純利益に占める配当の割合)はむしろ低下しており、利益の増加に対して配当の増加は抑制的である(図表13)。
(図表12)企業規模別配当金の推移/(図表13)企業規模別配当性向の推移
以上、近年、企業の内部留保が大きく増加した理由をまとめると、事業環境の改善(円安・原油安)などから利益(付加価値)が大きく改善する一方で、人件費の増加が抑えられたこと、税率引き下げ等によって法人税の支払いが抑制されたこと、配当性向の低下によって配当額が抑制されたことが挙げられる。この傾向は大企業のみならず中小企業でも同様である(図表14)。
(図表14)2016年度の損益計算書と2012年度からの変化

2―内部留保の活用状況

2―内部留保の活用状況

1|設備投資は力強さに欠ける、大企業は海外投資を活発化
「内部留保」という言葉は「内部に蓄積されたお金」と誤解されることもあるが、実際は「内部に蓄積された過去の利益額」を示すものであり、その利益は次の段階として、様々な用途に使用される。決して、そのまま現預金として貯まっているわけではない。従って、内部留保(利益剰余金)増加によって生み出された資金が将来の利益に繋がる投資に回っているのであれば、人件費等の抑制は成長に向けたやむを得ない措置と捉えることが出来なくもない。

そこで、2016年度末の貸借対照表(以下、B/S)を2012年度末時点と比較してみると(図表15)、この間に負債・純資産サイド(資金調達サイド)は、利益剰余金(102兆円増)や借入金(37兆円増)などで211兆円増加した。この211兆円が各資産に分配されて運用されているわけだが、主に増加しているのは、投資有価証券(69兆円増)や現預金(43兆円増)であり、工場設備や店舗といった(国内)有形固定資産の増加は28兆円に留まる。
(図表15) 2016年度末の貸借対照表と2012年度末からの変化
有形固定資産の増加が限定的に留まったのは、企業の設備投資がそれほど活発化しなかったためだ。

B/S上の当期末の有形固定資産は、前期末の有形固定資産残高に当期の設備投資額を加算し、減価償却費を控除した額に当たる。従って、基本的に減価償却を上回る設備投資を実施すれば増加することになる。

近年の設備投資額(ソフトウェア除き)は増加基調にあり、2016年度の設備投資額は43兆円と2012年度を8兆円上回る(図表16)。また、減価償却費(38兆円)と比べても、やや上回っている。

ただし、キャッシュフロー(以下「CF」、内部留保(フロー)+減価償却費)との対比では、設備投資は力強さに欠ける。企業のCFは2012年度から16年度にかけて、内部留保(フロー)の増加に伴って22兆円増加したが、設備投資額の増加は既述のとおり8兆円に留まっている(図表17)。
(図表16)016年度のCF・設備投資額と2012年度からの変化/(図表17)設備投資額とキャッシュフローの推移
企業規模別に見ると(図表16)、中小企業ではCFの増加9兆円に対して設備投資が4兆円増、大企業ではCFの増加11兆円に対して設備投資が2兆円増となっており、特に大企業の設備投資が進んでいない。
(図表18)業種別設備投資/CF比率と内部留保(フロー)/売上比率 次に業種別に、内部留保(フロー)の売上に占める割合と設備投資のCFに占める割合を整理してみると(各2013年度~2016年度の平均)、まず、CFを上回る設備投資を実施した業種は3業種に過ぎない(図表18)。また全体として、「売上に占める内部留保積み増し分が高い業種ほど、CFに対する設備投資の割合が低い」という関係性が確認できる。

つまり、業種別で見た場合、「内部留保を積み増すことでCFは増加するが、CFの増加分ほど資金を設備投資に回さない」傾向が強いことがわかる。
一方、B/S上で大きく増加しているのが投資有価証券であり、2016年度末残高305兆円は2012年度末から69兆円増加している(図表15)。企業規模別でみると、特に大企業で45兆円増と大きく増加(中小企業は20兆円増)している。大企業は、国内での設備投資を抑える一方で、高い成長が見込まれる海外で稼ぐために海外関係会社への投資や海外企業のM&Aを積極化しており、その結果、投資有価証券の残高が大きく増加したとみられる。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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