2017年10月18日

ネット損保の衆安保険、株式上場-加速するアリババ、テンセントからの「卒業」?-中国保険市場の最新動向(28)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-意外と厳しい中国金融業界からの視線

10月の国慶節直前に、中国初のネット専業の保険会社-衆安在線財産保険(以下、衆安保険)が香港株式市場に上場した。アリババ(アリ金融)、テンセント、平安保険という中国を代表するフィンテック企業が出資する保険会社として、また、Insurance×Technology-インシュテックをリードする存在としても、その動向には常に注目が集まっている。

これまでアリババ・グループなど中国のフィンテック企業は米国で上場している。今回、衆安保険は香港市場で初めて上場したフィンテック銘柄である点に加えて、将来の成長性への期待から、新規株式公開(IPO)への応募倍率が約400倍と過去最高となるなど1、市場の評価は高い。

一方、中国国内や金融業界での捉え方や関心は少し異なるようである。上場自体は高く評価しているものの、三馬ブランド2の手厚い庇護からどのように自立していくのか、実績や収益力が市場の評価に見合っているのか、寧ろ厳しい見方が向けられている。
 
1 日本経済新聞(2017年9月29日付)
2 アリババ(馬雲)、テンセント(馬化騰)、平安保険(馬明哲)の3社のトップがいずれも「馬」姓である。
 

2-今後、誰が衆安保険を牽引するのか

2-今後、誰が衆安保険を牽引するのか

衆安保険は2013年の設立以降、三馬のブランド力が全面に押し出され、それぞれ得意とする顧客情報解析、オンライン決済機能、保険経営のノウハウが融合することで、大きな成長を遂げてきた。その一方、中国におけるフィンテックの急速な進展の中で、2016年以降、アリ金融、テンセントは、衆安保険とは別に保険事業への投資を積極的に進めている。

アリ金融は、2016年7月に、損保の国泰財産保険会社に51%出資し、筆頭株主となっている。また、本年5月には投資会社など9社とともに信美人寿相互保険会社を設立し、生損保の両分野に進出している。更に、アリババ傘下のヘルスケア分野のプラットフォームであるアリ・ヘルスは、中国太平保険とともにアリ・ヘルス保険株式有限会社を設立し、同プラットフォーム上で医療保険の販売にも着手する。

また、テンセントもその子会社とともに、自社のフィンテック分野の技術の活用を目指した生命保険会社の和泰人寿や、保険代理会社を設立している。
 
翻って、衆安保険の上場以降、これまであまり表舞台に姿を現さなかった人物が注目をされ始めている。それは同社のトップ、欧亜平 董事長である。2017年上半期の報告書における、各社の出資比率をみてみると、欧亜平氏およびその親族(弟)の関連会社による出資比率の合計は15.35%となっており、筆頭株主のアリ金融(13.82%)に匹敵する(図表1)。
図表1 衆安保険の出資比率上位社
欧氏は上場を前後してその動きを活発化させている。昨年7月には衆安保険の全額出資で、衆安情報技術サービス会社を設立している。ここでは、人工知能、ブロックチェーン、クラウド計算システムの研究・開発やビッグデータ解析、これまで蓄積したインシュアテック分野のコンサルティングも視野に入れている。また、本年4月には衆安保険の経営層に欧氏の親族(息子)が加わり、10月には欧氏が同じくトップを務める企業と衆安保険が個人・中小企業向けの金融事業を軸とする会社を設立している。段階的ではあるが、衆安保険が保険事業を中心としたネット上での経済圏を形成していく上で必要な会社を設立している。
 
このように、アリ金融、テンセントと衆安保険の保険事業をめぐる関係性は、この4年間で大きく変わってきている。アリ金融、テンセントは引き続き大株主であることに変わりはないが、衆安保険の今後の方向性としては、これまでと同様にニッチで独自性に富んだ商品を打ち出しつつ、両社に頼りきらない経営を更に進めていくようである。
 

3-主力商品は、アリババ頼みの返品送料補填保険から、傷害・医療保険といったヘルスケア分野へ

3-主力商品は、アリババ頼みの返品送料補填保険から、傷害・医療保険といったヘルスケア分野へ

これまで衆安保険を代表する保険商品は、ネット通販の取引リスクをカバーする保険であった。アリババ傘下のタオバオやTモールで購入した商品に欠陥や不満があり、商品を返送する場合、その送料をカバーする保険(返品送料補填保険)である。設立当初は、主力商品として収入保険料のうち、過半を占めていたが、2016年には全体の35%、2017年上期時点では28%まで縮小している(図表2)。替わって主力商品となっているのが、傷害保険(29.1%)、医療保険(13.3%)で、全体の4割を占めるに至っている。衆安保険の主力商品は、アリババ頼みのネット通販における返品送料補填保険から、医療・傷害といったヘルスケア分野の商品に軸足を移しつつある。
図表2 衆安保険の収入保険料規模と商品構成割合
販売を特に強化しているのが重大疾病や入院保障などの医療保険、国内や海外の旅行時のケガなどを対象とした傷害保険である。ニッチな分野において、子どもの白血病や女性特有の疾病を対象とした保険や、ウェアラブル端末を用いた糖尿病保険、1日の歩数が多いほど保険料を割り引く保険など、健康に対する考え方やニーズの変化とともに、多様性に富んだ商品開発を目指している3。これ以外にも航空フライト遅延保険、スマホの破損を補填する保険などあるが、これら300以上の商品を、自社ウェブサイトやアリババ、テンセント関連のウェブサイト以外にも200を超える第3者のプラットフォームで販売し、2016年末時点での顧客数はおよそ5億人、契約件数は72億件にのぼっている。
 
3 糖尿病保険については、拙著「Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?」保険・年金フォーカス【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(20)(2016年6月21日)をご参照ください。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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