2017年07月04日

救急搬送と救急救命のあり方

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|災害医療は平時の救急医療とは異なる点が多い
災害医療では、被災した人々を救命することや、後遺症の発生を防ぐことが、主な目標となる。即ち、救命のために手を尽くす、という点は、平時の救急医療と同じである。しかし、災害という特殊な状況下で、多数の傷病者の救命・治療に、最大限の効率・効果を発揮するためには、平時の救急医療とは異なった医療が必要となる。災害時の、集団医療の特徴を見てみよう。

(1)医療需給の逼迫
1) 医療資源の不足
災害時には、医療の需給が著しく逼迫する。病院や診療所などの施設や、医療関係者に比べて、多数の傷病者が一時に出現する。そのため、医療施設への救急搬送が滞り、災害現場に多くの傷病者が滞留する。また、医療施設に搬送されたとしても、医師や看護師等の医療関係者、診断や治療に用いる医薬品・医療機器、入院のための病床が不足し、傷病者の診療が滞る。このように、災害時には、被災地のみでは医療が完結しない事態となる。そこで、被災地の外部から、大量の医療資源を投入することが必要となる。

2) インフラの損壊
また、災害時には様々なインフラが損壊する。例えば、道路、鉄道、港湾、空港などの交通インフラが損壊して、医療物資をはじめとした支援物資の運搬が滞る。送電線や水道管・ガス管などが壊れて、電気・水道・ガスなどのライフラインが途絶する。その結果、医療施設で、十分な医療が施せない事態が生じる。そのため、場合によっては、緊急手術や人工透析を実施するために、傷病者を、被災地外の医療施設に搬送することが必要となる。

3) 情報の錯綜
情報が、混乱することもある。携帯電話の基地局等の情報インフラが損壊したり、一部のインフラに多数のアクセスが集中したりして、円滑に情報が伝達できないこともある。このことが原因となって、医療需要(傷病者の発生内容、発生数等)と、医療供給(救出・救助、搬送、治療の体制等)の間に、ミスマッチが生じることもある。

(2)必要となる医療の質の変化 -災害サイクル-
災害時には、被災地に求められる医療の質が、時間とともに変化する。災害の発生から、救急医療期、急性期、慢性期等を経て、静穏期に入り、次の災害への備えを進めていく、という一連の流れは、「災害サイクル」と呼ばれる。災害サイクルに沿って、災害医療を見ていこう。
 
図表28. 災害サイクル

1) 救急医療期
まず、災害が発生した初期には、傷病者を救出・救助することが最優先となる。救出された傷病者は、医療施設に搬送されて、救急医療が施されることとなる。災害発生から72時間(3日間)は、救急医療期と呼ばれる。一般に、人は飲水のないまま3日間を過ごすと、脱水症状に陥り、救命率が低下するとされる。メディア等では、「72時間の壁」と呼ばれており、一刻も早い救出・救助が必要とされる。

2) 急性期
被災者の救出・救助を最優先で行う救急医療期を含んで、災害発生から1週間は、急性期とされる。この間は、主に、外傷等の外科的疾患を中心とした医療が行われる。救急医療期の後は、傷病者がもともと抱えていた慢性疾患、内科的疾患、PTSD37などに対する精神面のケアが開始される。

3) 亜急性期
急性期の後2~3週間は、亜急性期とされる。この時期には、徐々に内科的疾患が増えてくる。亜急性期の後期は、急性後遺症期と呼ばれ、PTSDの発症が多くなる。

4) 慢性期
災害発生後1ヵ月程度経つと、慢性期に入る。慢性期には、慢性後遺症が、医療の中心となる。慢性期は2~3年に及ぶ。災害からの復旧・復興とともに、被災者のリハビリテーションや、心のケアが進められる。この時期は、リハビリテーション期とも呼ばれる。

5) 静穏期(平時)以降
復旧・復興が進み、徐々に静穏期に移行する。この時期には、次に発生する災害に向けて、防災や減災のために代替ライフラインの整備、物資の備蓄などが進められる。併せて、定期的な防災訓練の実施などにより、一般市民の防災・減災意識の醸成が図られる。
 
37 PTSDは、Post-Traumatic Stress Disorderの略。不安や恐怖から強いストレスを体験した後、フラッシュ-バック・逃避行動・睡眠障害などの症状が1ヵ月以上続くもの。心的外傷後ストレス障害。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
 

8――整備が進みつつある災害医療体制

8――整備が進みつつある災害医療体制

災害は、必ず起きる。このため、情報伝達や、救護チームと医療施設間のネットワークなどを平時から準備して、体制を整備しておくことが重要となる。災害医療体制について、概観していこう。

1|「広域災害・救急医療情報システム」の整備が進んでいる
1995年の阪神・淡路大震災では、インターネット上で公的な災害情報システムが確立しておらず、災害情報の伝達が滞った。このため、災害現場への医療チームの派遣等に支障が生じた。この震災を契機に、災害時の公的情報システムの整備の必要性が、認識されるようになった。1996年に、災害情報の伝達について、「広域災害・救急医療情報システム(EMIS38)」が導入された。これにより、インターネット上で、都道府県、市町村、消防本部、災害拠点病院等のネットワークの整備が始まった。このシステムは、既存の救急医療情報システムを、災害時にも利用できるようにしたもので、平時からのシステム利用を通じて、災害時の円滑な情報連携につなげることを目指したものとなっている。

災害時に、最新の医療資源情報を関係機関(都道府県、医療機関、消防本部等)へ提供する。救急医療期の診療情報や、急性期以降の患者受入情報等を集約・提供することが、目的とされている。また、被災地外から派遣される医療チームの活動状況等についても、情報の集約・提供が求められている。
 
38 EMISは、Emergency Medical Information Systemの略。「イーミス」と呼ばれる。


2|災害拠点病院の整備が進んでいる
災害発生時に、災害医療を行う医療機関を支援する病院として、災害拠点病院の整備が進められている。災害拠点病院として、都道府県は、原則、基幹災害拠点病院を1つ以上指定し、二次医療圏ごとに地域災害拠点病院を1つ以上指定している。基幹災害拠点病院は、救命救急センター(三次救急医療機関)であることが必要となる。地域災害拠点病院は、救命救急センターもしくは二次救急医療機関であることが必要となる。

災害拠点病院は、災害時に傷病者を受け入れたり、広域搬送を行ったりして、災害医療を担う。多数の傷病者を受け入れて対応するためのスペースや、簡易ベッド等、備蓄スペースを持つことが望ましいとされる。診療施設等を、耐震構造としておくことも求められる。

また、被災地に向けて、保有している医療救護チームを派遣したり、応急用医療資器材を提供したりもする。そのために、派遣に必要な緊急車両を持ち、病院敷地内にヘリコプター離着陸場を有することが求められる。医療救護のための携行式の応急用医療資器材や、応急用医薬品等を有することも求められる。衛星電話や、衛星回線インターネットの利用環境を整備しておくことや、EMISに参加して災害時には情報入力ができるようにすることなど、情報インフラ面の整備も必要とされる。

更に、基幹災害拠点病院は、平時において、災害時に向けた要員の教育・訓練等を行うこととされている。そのために、災害医療の研修に必要な研修室を有することも求められている。

2016年8月現在で、全国に、712の災害拠点病院がある39。この中には、256の救命救急センターが含まれている。
 
図表29. 災害拠点病院の要件 (抜粋)
 
39 EMISの医療機関情報検索(一般向け)における、災害拠点病院の検索結果による。


3|緊急消防援助隊による広域搬送システムが確立されている
消防では、1995年から、「緊急消防援助隊」を整備している。これは、広域に渡る大規模災害に対応するために、都道府県の垣根を越えて傷病者や、医療救護チーム、応急用医療資器材を搬送できるようにするためのシステムである。2004年施行の消防法改正により、緊急消防援助隊は法制化され、大規模・特殊災害発生時には、消防庁長官の指示権が創設された。緊急消防援助隊は、災害時には、被災地の市町村長の指揮下に入る。消火部隊、救助部隊、救急部隊などからなる。2016年4月には、全部で5,301部隊となり、そのうち、救急部隊は1,232部隊となっている。
 
図表30. 緊急消防援助隊の部隊数推移
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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