2017年06月28日

予算教書で示された債務残高(GDP比)削減は可能か-大型減税と債務残高の削減を同時に達成することは困難

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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3――トランプ大統領の予算教書(大統領予算案)

10年間で財政黒字化、債務残高(GDP比)を6割まで削減する意欲的な内容
トランプ大統領は選挙期間中から、個人や法人に対する大型減税や、国防予算の増額、10年間で1兆ドルとされるインフラ投資拡大などを選挙公約に掲げてきた。このため、多くの専門家からトランプ政権によって財政収支が大幅に悪化する可能性が指摘されてきた。
(図表5)財政収支見通し しかしながら、5月下旬にトランプ政権として初めて策定された予算教書(大統領予算)では、10年後の27年度に財政収支を黒字化させる方針が示された(図表5)。オバマ前政権下の野党議会共和党も10年以内に財政収支を黒字化することを目指してきたことから、トランプ政権の予算教書は概ねこれまでの議会共和党の方針に沿った内容と言える。

一方、現行の予算関連法が継続すると仮定した場合のCBOによる試算(CBOベースライン)では、10年後の財政赤字(GDP比)が5%まで増加すると見込まれていることから。予算教書は現行法に比べて大幅な財政赤字の削減となっている。また、予算教書とCBOベースラインの歳出入(GDP比)を比較すると、歳入については大きな違いみられない一方、歳出ではCBOベースラインが16年度の20.9%から27年度に23.4%までの増加を見込むのと対照的に、予算教書では18.4%まで低下させるとしており、予算教書の削減額が大きくなっていることが分かる。
(図表6)歳出比較(10年平均) さらに、主要な歳出項目毎に今後10年間の歳出額(GDP比)の平均を比較すると、歳出全体での両者の乖離幅(CBOベースライン―予算教書)は2.5%ポイントとなっているが、裁量的経費が0.9%ポイント、義務的経費が1.5%ポイントとなっている(図表6)。裁量的経費では選挙公約で掲げる国防予算ではベースラインと大きな違いがみられない一方、非国防関連が0.8%ポイントと乖離が大きくなっている。非国防関連では低所得者向けの公共料金補助や地方の地域開発支援などの打ち切りのほか、削減項目を特定せず、歳出上限を毎年2%削減していく案を提示している。また、義務的経費ではメディケアが0.9%ポイント、メディケイドが0.3%ポイントとなっており、医療制度改革法、所謂オバマケアの廃止、代替案への移行に伴う歳出削減や、州が運営するメディケイドへの補助金削減などを提案している。

オバマケアの見直し議論では議会共和党内でも議論が分かれているなど、今後の動向は不透明であるものの、メディケアやメディケイドの歳出抑制の方向性については、今後の高齢化やそれに伴う歳出増加を睨むと方向性は正しいと考えられる。
(図表7)債務残高見通し このような財政収支改善の結果、債務残高(GDP比)は、CBOベースラインが16年度の77%から27年度に89%まで増加するとの試算に対して、予算教書では60%まで削減することを目指している(図表7)。これは、金融危機後の10年度の水準であり、金融危機前からは依然として2倍近い水準に留まるが、現行の予算関連法が継続する場合には趨勢的に債務残高(GDP比)が増加すると見込まれているのに対して、債務残高(GDP比)を削減させる予算教書は、十分意欲的な内容と言える。

もっとも、予算教書では以下に検証するように財政収支や債務残高試算の前提となる成長率が相当程度高く設定されているほか、税制改革に伴う歳入減などの想定がされておらず、トランプ政権に都合の良い非現実的な試算になっている。
(図表8)経済前提比較(10年平均) 予算教書の検証(1):高い成長率想定
予算教書およびCBOベースライン試算の前提となる主要な経済指標をみると、今後10年間の平均で物価については両者に差がない一方、金利水準では予算教書が0.4%程度高いほか、実質GDP成長率については、予算教書が前年比2.9%の高い伸びを見込む一方、CBOは1.8%を見込んでおり、成長率の乖離が大きい(図表8)。

米国の潜在成長率は2%弱程度とみられており、予算教書が前提としている2.9%の想定はかなり非現実的と言わざるを得ない。成長率前提を引上げることは主に歳入の増加を通じて財政収支を改善させる方向に働くため、今回の予算教書では成長率前提を高く設定することで財政収支や債務残高が実体より良く試算されている可能性が高い。

ここで成長率を引き上げた影響について試算したい。予算教書を取り纏めている行政管理予算局(OMB)は経済前提が財政収支に与える感応度を公表している4。ここで成長率が17年以降に1%低下する場合の歳出、歳入、財政収支に与える影響額5を用いて、1.1%低下した場合の影響を試算した。また、名目成長率についても予算教書の前提から1.1%伸び率が低下した場合の名目GDPを試算することで、これらのGDP比での比較も行った。

その結果、27年度の財政収支は予算教書が160億ドルの黒字に転換すると試算しているのに対し、成長率が想定より1.1%低下したことにより▲6,920億ドルの財政赤字に転落することが見込まれる。また、名目GDPは成長率の低下により、27年度の31兆ドルから27.7兆ドルに減少することが見込まれる。
(図表9)財政収支見通し この結果、歳出入および財政収支(GDP比)は、歳入は実額では減少するものの、GDP比では予算教書とほとんど変わらない一方、歳出については名目GDPが減少する影響で、予算教書に比べて大幅に増加することが見込まれる(図表9)。
(図表10)債務残高見通し さらに、債務残高(GDP比)についても試算すると、27年度は79.6%となり16年度(77%)から小幅ながら増加が見込まれる(図表10)。このため、予算教書が見込む債務残高の顕著な改善は成長率の高い想定に負っている部分が大きいことが分かる。

ちなみに、金利が0.4%上昇する場合についても同様に債務残高(GDP比)への影響を試算したが、27年度を1%程度引上げるだけであり、成長率見通し変更に伴う影響に比べると非常に軽微であった。
 
 
4 Analytical Perspective p.16
5 成長率が1%低下する場合に17-27年度累計で歳入は▲2.9兆ドル減少、歳出は+0.2兆ドル増加、財政赤字は+3.1兆ドル増加。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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