2017年06月05日

IASBによる新たな保険契約会計基準(IFRS第17号)への反応と今後の課題-生命保険会社はどのような影響を受け、どう対応していくことになるのか-

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6|IFRS17号に対する信頼性
そもそも、このIFRS第17号が、今回公表された基準のままで、本当にうまくワークする形で適用されていくのか、と言う点について、おそらく確固たる自信をもって肯定できる関係者もそれほどいないのではないか、と思われる。

まずは、先に述べたように、欧州においてEFRAGがどのように対応していくのかが大きな焦点となってくる。こうした実際の適用に向けた検討等を通じて、今回のIFRS第17号の完全な実施が、保険会社にとって、どれほどの実用性を有するものなのか、また、利用者にとっても、どれほど理解可能性や比較可能性を高めるものになっているのか、という点が改めて課題視されてくることになるかもしれない。

IASBは導入を支援するためのTRG(Transition Resource Group:移行リソースグループ)を設立しているが、もし、業界が基準の問題点を首尾よく主張していった場合には、TRGは基準の変更を指摘することができる。

従って、今後IFRS第17号がさらに変更される可能性もあることになる。こうした状況を勘案すると、保険会社の立場からは、現段階において、なかなか踏み込んだ形で、システム開発等によって、IFRS第17号の完全な適用に注力していくことには躊躇するかもしれない。特に、日本のように、IFRSの適用が強制されていない場合には、そうした判断も十分に合理的なものと考えられることになるかもしれない。

一方で、現時点から段階的に準備を進めていかないと、仮に2021年からということでなくとも、欧州各国が確実にIFRS第17号を適用していくことになるのであれば、世界の流れに遅れないようにしていくことも求められてくることから、日本の保険会社としては難しい判断が必要になってくることになる。

仮にIFRS第17号の適用に向けて準備を進めていくのであれば、ソルベンシーIIに関係しての欧州の保険会社の教訓等を踏まえれば、いかに効率的に資金と人材を活用していくのかについて、そのプロジェクトの管理が極めて重要になってくるものと思われる。

7|プリンシプル・ベース-解釈の幅の存在-
IFRS第17号は、プリンシプル・ベースの基準となっているため、実際の基準の適用にあたっては、各種の解釈に基づいて判断を行っていく必要がある。もちろん、IASBも、各国・各社間での取扱いが大きく異なってこないように、できる限り解釈の統一を図るべく、今後とも各種の検討が行われていくことになるものと思われる。ただし、ソルベンシーIIと同様に、当面の実際の取扱いについては、特に各国の保険市場の状況等を反映して、必ずしも統一的なものにはならない形でスタートしていく可能性もかなりあるものと思われる。

特に、今回のIFRS第17号の適用が、現行の会計基準からの極めて大きな変更を強いられるような地域等においては、その影響を緩和するための取扱い等が解釈の範囲内で認められていくことも考えられる。

IFRS第17号の場合、ソルベンシーIIとは異なり、適用に伴う影響を緩和するための各種の経過措置や監督当局による裁量の余地が(初度適用の場合を除けば)基準上は認められていないが、実質的には各国の現在の財務会計や監督会計との関係も考慮した上での対応が必要になってくることも考えられる。

いずれにしても、各保険会社の立場からは、自社の基準の解釈と判断に基づいて、いくつかの考えられる手法の中から、自社の状況等に照らし合わせて最も適切と考えられるものを選択していくこと、そしてその合理性を説明していくことが求められることになる。

8|各国の監督会計等との関係
IFRS第17号は、あくまでも保険に関するGAAP会計の統一を図ろうとするものである。そして、基本的には、上場企業の連結財務諸表が対象になっている。

EUの規制においても、EU法が適用される規制市場に上場している企業の連結財務諸表に対しては、IFRSの適用を強制しているが、その他の非規制市場で取引される企業や非上場企業の連結財務諸表や単体財務諸表に対する適用会計基準については各国の判断に委ねられている。

現在のIFRS第4号の下では、各国のGAAP会計や監督会計に基づく保険会計が認められる形になっているため、そのことは各国の税制や配当支払能力の判定等の会社法の規制等との整合性が一定程度図られていて、各国の利害関係者にとっては、ある意味で理解されやすいものになっていると思われる。

ところが、IFRS第17号が幅広く適用されることになっていくと、各国の財務会計と監督会計や税務会計等とは大きく切り離されていく形になり、各国内の会計と規制等の間の関係が理解され難いものになっていくことが考えられる。このことが投資家等の利用者にどのように理解されるのかはよくわからない。連結と単体が異なる会計基準で作成されて、両者の概念が大きく異なってくる場合には、ローカルベースの投資家等の利用者にとってはますます保険会社の会計が複雑で理解し難いものとなり、保険会社とのコミュニケーションにも別の課題が発生してくることになるリスクも十分にあるものと思われる。こうした問題はもちろん、一般事業会社がIFRSを適用する場合にも既に発生しているものであるが、今回の保険契約に対するIFRS第17号の適用は、これまで償却原価方式に基づく会計を採用してきた国々や保険会社にとっては極めて大きな変更となるため、両者の間の関係についての説明が重要になってくることが考えられる。

即ち、会計やソルベンシー規制等のグローバルベースで統一された基準作成のために、ローカルベースでみた場合には一貫性や比較可能性が失われた複雑な制度体系を生み出す状況になってくることが想定されることになる。

いずれにしても、世界各国の国内の保険会計基準の体系が、今回のIFRS第17号の適用により、今後どのような形になっていくのか、何らかの見直しが行われるのか、あるいはあくまでも国内基準については現行同様に今後とも現行の会計基準を維持していくのか、については注目されるところとなる。

9|IFRS17号の中長期的な意味合いとその実現に向けての課題
以上、IFRS第17号の導入に伴ういくつかの影響や課題を述べてきた。マイナス面ばかりを述べてきたが、もちろん中長期的にこれらの課題が解決されて、国際的に整合的な保険会計基準が構築されていけば、例えば、保険会社がグローバルな投資家の関心をより引き付ける形になって、保険業界や保険会社の発展に寄与していく形になることが期待されることになる。できるだけ早期にこの方向に進んでいくことが望まれることはいうまでもない。

ただし、専門家によるこれまでの会計基準設定に20年もかかったテーマである。まずは、今回の新たな保険会計基準が、世界の保険会計の関係者に幅広く受け入れられるものとなっていくことを着実に目指していく必要がある。そのためには、専門家ですら容易には理解しがたいと思われる新しい会計基準を、いかに利用者にわかりやすく説明していくのかが、今後の当面の大きな課題となってくるものと思われる。
 

5―まとめ

5―まとめ

今回のIFRS第17号が、IASBが主張しているように、「IFRSを適用している全ての管轄地域における全ての保険契約に対する1つの会計モデルである。」であり、実際にその適用によって、「現行のIFRS第4号に比べれば、各国の会社間の比較可能性が高まることになる。」というのは、その通りかもしれない。

ただし、それが世界の各国における保険会社が適用する統一された基準になっている、のかという点については、その解釈によって実際の取扱いが当面は異なってくることも想定されることから、今後注視していく必要があるものと思われる。

会社の規模やプロダクトミックス、各社の主力とする生命保険市場の特性等に応じて、各保険会社の状況には幅広い多様性が存在しているため、先に述べたように、当面の基準の解釈には、多くの選択肢が存在し続けるようにも思われる。それが、ある意味で、20年の長きにわたって目指されてきた世界的に統一された保険会計基準の策定とその実際の適用が取りあえずはスムーズに進んでいくためには、必要不可欠なものと思われる。実際の統一については、今後時間をかけて段階的に目指していくべきものだと思われる。

10年ほど前に、ASBJ(企業会計基準委員会)の委員をしていた時に、当時から保険契約会計については喧々諤々の議論が行われていた。当時、私自身は「世界各国の保険市場の多様性の現状を考えれば、世界的に統一された基準の策定には各種の課題があることから、その早期の実現は難しく、かなり時間がかかる。拙速に進めるのは適切でない。」ということを述べていた。これに対して、ある方から、「ジェット機が世界で自由自在に行き来している時代に、プロペラ機で移動している時代を想定しているようなものだ。」とのご意見をいただいた。

それから10年後の現在、IASBはやっと今回の成案を得る形になったが、基準のアプローチの考え方は当時とは随分と異なった形になっている。さらにはそのアプローチに対しても、欧州の保険業界団体から「適切な評価ができていない。」との指摘がされている。

個人的には10年、最初の議論のスタートからは20年かけて、やっとこの水準に達したのかという印象である。ただし、IASBが本来的に目指している水準に到達するには、さらなる時間がかるものと想定され、今後とも関係者の努力が求められてくることになるのだろう。そのこと自体は、関係者にとっては引き続き困難な課題を抱えることになることを意味しているが、一方で「保険契約会計基準は、いろいろな意味で、まだまだ中長期的に『ビジネスチャンス』を与えてくれる。」ということなのかもしれない。

今回のIFRS第17号については、仮に現在のIFRS適用国がそのまま適用することになったとしても、結局は最大の保険市場である米国の保険会社が引き続き米国会計基準に基づいている限りは、グローバル・ベースでの会計基準の統一という観点からは、達成感が感じられないのは止むを得ないと思われる。

日本市場においては米国生命保険会社の子会社のプレゼンスが欧州生命保険会社の子会社に比べて高く、日本の大手生命保険会社も欧州市場でのプレゼンスはあまりなく、米国市場でのプレゼンスが意味あるものとなっている。この点からも、日本の生命保険会社のIFRS第17号適用に向けた機運が今ひとつ盛り上がっていないように感じられるのは、私個人の間違った印象なのであろうか。

現在、米国においても、FASBが保険契約に関する会計基準の見直しを提案しているが、保険業界からの慎重な意見が多く、今後どのように展開していくのか、その動向が不透明な状況になっている。仮に、この見直しが原案通りに行われていけば、今回のIFRS第17号の考え方に若干は近くなるとも考えられるが、それでも基本的なアプローチ等が一致しているわけではないことから、比較可能性の観点からはとても十分なものとはいえないものとなる。

こうした日本の保険会社や日本の保険市場を巡る状況、米国での保険会計基準の検討状況、さらには先に述べた欧州でのIFRS第17号に対する適用方針の検討状況等を踏まえながら、日本の監督当局等が、今回のIFRS第17号の公表を受けて、日本の保険契約の会計基準をどのような方向に導いていこうとしているのか、という点については大変興味深いところである。

IFRS第17号を巡る今後の動きについては、日本の保険業界関係者にとってのみならず、幅広く一般の市場関係者にとっても、関心の高い事項であると考えられることから、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2017年06月05日「基礎研レポート」)

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