2017年03月31日

日本は「円安誘導批判」に耐えられるか~批判の妥当性と考えられる対応策

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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米国のトランプ新大統領はこれまでたびたび日本に対して円安誘導批判を行ってきた。選挙期間中に「日本は円安誘導を行っている」と発言していたうえ、大統領就任直後の今年1月31日には、中国と並んで日本を「通貨安誘導に依存している」と名指しした。さらにこの際には、「他国は通貨安や通貨供給量で有利な立場を取っている」と付け加えており、「日銀の量的緩和を通貨安誘導策であると批判した」と一般的に解釈されている。

年初以降、円相場は円高方向で推移しており、2月以降は、同氏による円安誘導批判も沈静化しているが、トランプ政権が米国の貿易赤字是正を至上命題としている以上、今後も赤字是正を目的として円安誘導批判を再開する可能性は否定できない。従って、改めてトランプ氏の円安誘導批判の妥当性を検証し、有効な対応策を考えてみたい。
 

1―円安誘導批判の妥当性

1―円安誘導批判の妥当性

円安誘導批判の妥当性を検証するうえで、まず、そもそも「現状は円安と言える状況なのか?」という点について考えたい。円安でないのであれば、そもそも誘導しているとの批判は的外れということになる。
 
1円相場の現状評価
まず、ドル円レートを超長期で見た場合(図表1)、水準は大きく動いており、直近の水準(112円程度)が円安か否かは、いつの時点と比べるかによって異なる。

麻生財務相は2月15日の衆院財務金融委員会で「(ドル円相場は)まだ120円にいっていないので、円安といわれる覚えはない」と述べた。金融危機前(2007年頃)のドル円が120円前後であったことを指摘しており、この水準を念頭に置いているようだが、なぜ当時の120円を円安の基準とするのかについての説明はない。逆に円高のピークであった2011年10月の75円台半ばを基準とすると、直近の水準は約5割も円安ドル高ということになる。このように、特定の基準点との比較で円安・円高を論じる場合は、その基準点の正当性を併せて示さない限り、単なる水掛け論で終わってしまう。

別の方法として、過去の平均値と比べてみた場合、1990年から直近(2016年2月末)までの平均は110円強であり、直近の水準はほぼ平均並みということになるが、2000年以降の平均(106円程度)、2010年以降の平均(98円弱)と比べると、現状は円安ということになる。平均値との比較も、どの期間の平均を取るかによって評価が変わるため、円安か否かを判断する決め手にはならない。
(図表1)ドル円レート(1990年~)/(図表2)日本円の購買力平価と実績(対ドル)
そこで、カギとなる考え方として購買力平価がある。購買力平価とは、為替レートは各通貨の購買力(モノ・サービスを購入する力)が等しくなるように決定されるという考え方である。OECDが約3000種の生産物バスケットを用いて算出した購買力平価によると、2016年の日本円の対ドル購買力平価は101.6円となっており、2016年の平均レート実績である108.8円や直近の水準である112円程度は購買力平価と比べて1割前後過小評価(円安)されている計算になる(図表2)。

購買力平価の計算にあたっては、どこまでの生産物を対象とするかなどによって結果が変わり、OECDも自身が公表している購買力平価を、「通貨の過小評価もしくは過大評価の尺度として使用することを推奨しない」としているが、市場参加者等の間では割安・割高の尺度として広く参照されているという実情がある。また、政府関係者で首相のブレーンとされる浜田内閣官房参与も、2015年4月に「購買力平価からすると105円ぐらいが妥当」との発言をしている。算出根拠は不明だが、105円というのは当時のOECD購買力平価とほぼ同水準であった。

従って、購買力平価から見て、現在の円相場は対ドルでやや「過小評価(円安)」であるとの見方は否定しづらい。
2日本は円安誘導を行ってきたのか
それでは、次に日本政府や日本銀行が円安誘導を行ってきたのか?という点について考えたい。

<為替介入>
まず、政府が実施する直接的な円安誘導策(円高抑止策)としては、為替介入が挙げられる。為替介入とは急速な為替変動が起きた際に、政府(所管は財務省)が円高を止めるために「円を売り、外貨(主にドル)を買う」円売り介入や、円安を止めるために「円を買い、外貨(主にドル)を売る」円買い介入を実施することである。

日本の1990年代以降の為替介入実績を見ると(図表3)、その殆どは円売り介入であり、相手先通貨はドルである。また、大規模な円売り介入が行われていた時期は1995年前後、1999年から2000年、2003年前後、2010年から2011年と、それぞれ円高ドル安が進行していた時期にあたり、日本政府として円高進行を食い止めようとする強い意思が感じられる。

一方、2011年を最後に政府は為替介入を一切実施しておらず、このことが、政府が最近の円安誘導批判を否定する一つの根拠になっている。

このように、近年は為替介入を控えている日本政府だが、2011年以降も口先介入は頻繁に実施している。為替が円高に振れる局面において、財務相ほか通貨当局関係者が「為替の急激な変動は望ましくない」と表明するのが一般的だが、昨年5月に麻生財務相は、「介入する用意がある」とまで踏み込んだ発言をしている。また、近年では円高が進む際に、金融庁、財務省、日銀による緊急3者会合を実施する場合もある。これらに、為替介入を匂わせることで市場の円買いを躊躇させ、円高の進行を止める狙いがあるのは明らかだ。

為替介入が本来の目的とする「為替の急激な変動を抑止する」というものであるならば、円安方向への急激な動きに対しても同様の措置が取られる必要があるが、円安局面での円買い介入や口先介入は殆ど無い。日本政府が長期にわたって円安志向であることは否定し難いと思われる。
(図表3)為替介入額とドル円レート/(図表4)中国の外貨準備高と人民元レート
ちなみに、日本と同じく通貨安誘導で米国から批判を浴びている中国は為替介入の実績を公表していないが、為替介入の結果として変動する外貨準備の動きから介入動向が推測できる。

中国の外貨準備は2014年半ばにかけて長期にわたって増加を続けてきた(図表4)。この間、為替は資金流入に伴って人民元高・ドル安基調が続いてきたため、政府(人民銀行)が日常的に人民元売りドル買い介入を実施し、元高進行を緩和しようと努めてきたことがうかがわれる。

一方、2014年半ば以降は、人民元安が進む中で外貨準備の大幅な取り崩しが進んでいる。従来とは異なり、中国からの資金流出に伴う元安を抑えるべく、政府が人民元買いドル売り介入を続けていることを物語っている。従って、ここ数年については、「中国政府が通貨安誘導をしている」との批判は当てはまらない。

(2017年03月31日「基礎研レポート」)

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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