コラム
2016年11月18日

トランプノミクスと中国経済-中国は「為替操作国」に認定されて深刻な打撃を受けるのか?

三尾 幸吉郎

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米国では11月8日の大統領選挙の結果、ドナルド・トランプ氏が次期大統領に就任することに決まった。同氏は選挙キャンペーン中に、米国製造業の職を奪った中国を「為替操作国」に認定して45%の高関税を課すとの厳しい姿勢を示していたこともあって、その経済政策(トランプノミクス)が中国経済に深刻な打撃を与えるのではないかとの懸念が高まっている。
 
現時点でトランプノミクスの具体像はまだ見えてこない。選挙キャンペーン中の過激な発言をそのまま実行するのか、それとも現実的な方向に軌道修正するのかも不明だが、選挙キャンペーン中の発言等の骨格を見るとトランプノミクスのポイントは2つあると思われる。ひとつはインフラ投資拡大、連邦法人税引き下げ、金融・エネルギー分野での規制緩和などで、投資主導で経済成長率を押し上げようとしている点である。もうひとつは北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退など保護主義的な動きをしそうな点である。この両者を組み合わせると、米国内で財政をテコに新たな需要を生み出すとともに、それが十分に米国企業に恩恵をもたらすように海外からの輸入品に対しては保護主義的な対策を取ることになりそうだ。
中国の輸出先別シェア(2015年) それでは、トランプ次期大統領は本当に中国を「為替操作国」に認定し高関税を課すのだろうか。中国をターゲットに、輸入全品に及ぶような広範囲に高関税を課すことになれば、中国経済が深刻な打撃を受けることは間違いない。米国向け輸出は2015年に4092億ドル(シェア18.0%)と中国にとって最大の輸出先である。その米国で、中国製品が競争力を失い、その需要の大半が米国製品や他国の製品に流出することになれば、リーマンショック後の2009年に対世界輸出が前年比16%も減少して成長率を4ポイント押し下げた時とほぼ同程度のショックをもたらしかねない。

しかし、それが実現する可能性は決して高くないと見ている。トランプ次期大統領が選挙キャンペーン中に発言した過激な公約の数々を考えれば、大統領に就任すると同時に中国を「為替操作国」に認定するよう指示し、国内産業を守るためアンチダンピング(不当廉売)措置を乱発する可能性は十分にある。但し、輸入全品に及ぶような広範囲に高関税を課すことになる可能性は低い。米国の一人当たりGDPは約5.6万ドルで中国の約7倍に達する世界有数の高所得国である。このような高所得国で中国から輸入している付加価値の低い汎用品を国内製造に切り替えても、米国の労働者が満足するような賃金を得るのは難しい。また、中国が製造コストを低く抑えられた背景には、賃金以外にも様々な眼に見えにくい支援材料がある。即ち、緩い知的財産権保護規制、緩い労働者安全基準、緩い環境保護規制、輸出企業への実質的な補助金などである。しかし、民主主義が定着した米国で中国と同じようなことをしようとしても米国民はそれを許容しないだろう。その点、後発新興国の中には、貧困から抜け出すことを優先し、中国の成長モデルを見習おうとする国が少なくない。
 
従って、中国製品に幅広い高関税を課して中国製品を排除したとしても、中国以外の後発新興国に製造拠点が移り、その国から米国へ輸入されることになるだけに終わって、米国が得られるベネフィットは一部限定的なものに留まる可能性が高い。しかも、中国に製造拠点を置いていた内外企業が後発新興国へ移転することになれば中国経済への打撃は大きいため、中国政府は米国からの輸入製品に高関税をかけるなど対抗措置を講じることにもなりかねず、米国と中国は泥沼の貿易戦争に陥る恐れがでてくる。
 
こうした国際環境を踏まえれば、米国でこれから構築されるトランプノミクスの基本戦略としては、(1)中国からの輸入品に45%の高関税を課すとの厳しい姿勢を保ちつつ、国内産業を守るために必要となるアンチダンピング(不当廉売)措置を順次発動して行くこと、(2)中国に米国からの積極的な輸入を促すこと、(3)中国の緩い知的財産権保護規制、緩い労働者安全基準、緩い環境保護規制、輸出企業への実質的な補助金などの改善を迫ること、以上3つの組み合わせになると見ている。オバマ大統領もてこずった中国との貿易交渉だけに一筋縄ではいきそうにないが、米国は貿易黒字の半分近くを稼ぎ出すドル箱だけに、中国政府としても対策強化に動かざるを得ないだろう。
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(2016年11月18日「研究員の眼」)

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