2017年03月22日

ROE至上主義の罠-短命に終わったリキャップCBブーム

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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4――誰が得をして、誰が損失を被るのか?

希薄化とは別の問題点も指摘されている。リキャップCBは、一見すると企業・投資家双方にとって問題のない財務手法に思える。しかし、東証の文書にもあるように、上場企業がCBを利息無し(ゼロクーポン)で発行するメリットと、CBに付与されたオプションの価値は釣り合っているのか注意する必要がある。リキャップCBが急増した背景には、証券会社と一部海外ヘッジファンドの存在も指摘されているからだ。
 
週刊エコノミスト誌は『ROEブームが食い物に。リキャップCB急増の裏側』(2016年8月30日付)で、「普通社債よりも高い発行手数料目当てに証券会社が企業にリキャップCBを提案したり、CBに付くプレミアムを企業に適正に告知せず、結果、一部ヘッジファンドが適正価格より安くCBを購入し、CBアービトラージャー(別のヘッジファンド)に転売している可能性」を指摘している。
 
CBには新株予約権としての性質からコールオプション・プレミアムが付くのが一般的だ。このプレミアムの市場価格は6%が相場とされるが、その点を知らされている企業は少ないと言う。
 
額面100億円のCBを発行する場合の単純化した例で説明しよう。CB発行企業は、106億円の価値があるCBをヘッジファンドに102億円で売却し、そこから証券会社への手数料2億円を差し引いた100億円が企業の調達額となる。発行企業側は、額面100億円のCBを発行して100億円が手元に残るので、「実質的に手数料がゼロ」と勘違いするのかもしれない。
 
ところが、ヘッジファンドは102億円で引き取ったCBを別のヘッジファンド(CB専門の裁定業者)に105億円で売却する。差額の3億円は無リスクで得た利益となる。まさに“濡れ手に粟”を得ているというのだ。さらに、CB専門のヘッジファンドは、105億円で買い取ったCBを市場で106億円で売却する。これも“濡れ手に粟”だ。
 
これが事実ならばCB発行企業からヘッジファンド等への事実上の利益移転だ。その結果、CBを発行した企業の価値が毀損されており、株式を長期保有する既存株主が損失を被っていることになる。
図4:額面100億円のCBを発行した場合のイメージ
株式を長期保有する既存株主は、CBの発行により潜在的な株式価値の希薄化や、将来のROEの低下といったリスクも負うことになる。というのも、CBは株式に転換される可能性がある金融商品だからだ。
 
CBで調達した資金で自社株買いを実施し、自己資本を減少させてROEが上昇しても、将来的にCBが株式に転換されれば再び自己資本は増加する。つまりROEの上昇は一時的なものに終わる。さらには、発行済み株式数の増加から1株あたり利益が減少し、株式価値の希薄化を招く。
 
日本経済新聞電子版『関西ペイント、市場が求めるCB1000億円の使い道』(2016年6月13日付)が指摘するように、リキャップCBには特有の商品特性を持つものもある。ソフトコール条項はその一つで、株価が一定期間・一定割合で転換価額を超えて上昇した場合、自動的に繰り上げ償還される条項だ。この場合、繰り上げ償還を嫌うCBの保有者が株式への転換を進め、株式価値の希薄化が促進される可能性がさらに高くなる。
 
そもそも米国では、リキャップCBを実施するのは信用力が低く、資金調達金利の高いベンチャー企業がほとんどと言う。日本のように低金利環境のもと、信用力の高い上場企業がわざわざ希薄化リスクのあるCBを選ぶ必要性は乏しい。現金(内部留保)や普通社債、銀行融資など、CBよりも低コストかつ希薄化リスクの低い資金調達方法があるにもかかわらず、リキャップCBを選択する企業には合理的な説明が求められる。この点は東証の文書も明確に注意を促している。
 

5――まとめ

5――まとめ

ROE向上が求められる企業にとって、リキャップCBは手っ取り早くROEを改善できる魅力的な方法に映るかもしれない。しかし実際は、ROEの改善は一時的なものに終わる可能性があるばかりか、証券会社や一部ヘッジファンドに不透明な利益を与えているうえ、結果として既存株主が不利益を被る可能性が高い手法でもある。
 
メディア等でリキャップCBの問題点の指摘が増えるに従い、最近はリキャップSBがにわかに注目を集めているようだ。SBとは普通社債のことを指す。リキャップCBと同様、SBを発行して負債を増やすと同時に自社株買いで自己資本を減らし、ROEを改善させる手法だ。SBはCBと違い株式に転換されることはない。ヘッジファンドへの利益移転や株主価値の毀損、証券会社に支払う手数料も抑えることができる点では、一歩改善といえよう。
 
内部留保が必要以上に多い企業が、リキャップSBによって資本効率を改善させることは完全に否定されるものではない。ただし、ROE改善の王道はあくまで収益拡大であることを忘れてはいけない。企業、投資家とも小手先のROE改善策に踊らず、持続的な成長の実現を目指し、企業および株価を評価する姿勢が求められよう。
 
また、リキャップCBのように顧客本位とはいいがたい手法が、再びいつブームに乗って広がるかわからない。表面上の数字の改善や聞き心地の良い説明に乗せられぬよう、企業側も金融リテラシーを高めることが何より大切である。
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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本ファイナンス学会理事
     ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

(2017年03月22日「基礎研レポート」)

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