2017年01月10日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの報告書の概要報告-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2016年12月16日に、「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2016(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2016)」1(以下、「今回の報告書」という)を公表した。併せて、前日の12月15日に「2016 EIOPA保険ストレステスト報告書(2016 EIOPA Insurance Stress Test Report)」2も公表した。これらの報告を通じて、EU(欧州連合)のソルベンシーIIにおける長期保証(Long-Term Guarantees:LTG)措置及び株式リスク措置についての保険会社の適用状況やその財政状態等に及ぼす影響が明らかにされた。

今後、4回のレポートに分けて、EIOPAの前者の報告書に基づいて、ソルベンシーIIにおける欧州保険会社のLTG措置や株式リスク措置の実態について、その概要を報告する。  

2―今回の「LTG措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

2―今回の「LTG措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

1|今回の報告書の位置付け
ソルベンシーII指令では、LTG措置と株式リスク措置のレビューを2021年1月1日までに行うことを要求している。このレビューの一環として、EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の適用の影響について、毎年、欧州議会、理事会、欧州委員会へ報告することが求められている。

今回の報告書は、2016年にソルベンシーIIが導入されて以降のLTG措置と株式リスク措置に関する最初の年次報告書に相当する。その意味で大変注目されるものであった。

2|今回の報告書の構成
今回の報告書は、3つの主要なセクションで構成されている。

最初のセクションでは、LTG措置と株式リスク措置の、会社の財政状態への全体的な影響、保険契約者保護への影響、消費者保護と商品の入手可能性への影響、投資への影響、金融安定性への影響について、採り上げている。

レポートの2番目のセクションでは、措置毎の国別の適用状況やその財政状態への影響等の分析結果を報告している。

3番目のセクションは、次の3つの主題的な焦点で構成されている。

(1)措置を使用するための承認プロセス
(2)EIOPAが計算し公開したリスクフリー金利に関する技術情報
(3)EIOPAが計算し公表した株式リスクサブモジュールの対称調整に関する技術情報

なお、EIOPAは、これらの主題的な焦点に関して、各年次報告書において、LTG措置及び株式リスク措置の様々な側面について、引き続き分析する予定としている。関連する利用可能なデータ、監督慣行及び措置の使用又は認知された影響におけるその他の進展に従って、毎年異なる焦点が選択されていくことになる。焦点は、最終的に、2020年までに、EIOPAの意見を支えるために必要となる全ての側面をカバーしていくことが予定されている。

EIOPAは、2020年に、それまでに提出された年次報告書に基づいて、LTG措置及び株式リスク措置の適用評価に関する意見を欧州委員会に提出することを予定している。

今回のレポートでは、最初のセクションの「(LTG措置と株式リスク措置の)会社の財政状態への全体的な影響」を中心に報告する。

3|今回の報告書の基礎データ
この報告書に使用されたデータは、(A)NSAs(National Supervisory Authorities:国家監督当局)への保険及び再保険会社の報告(①ソルベンシーII開始時貸借対照表、②第1四半期報告書)、(B)EIOPAの2016年の保険ストレステスト、から採られている。

特に、LTG措置及び株式リスク措置を使用する会社の財政状態への影響については、NSAsへの会社の報告には含まれていないので、ストレステストから得られたデータに基づいている。ストレステストは、EEA(欧州経済地域)の30カ国から、生命保険市場の77%をカバーする236の会社が参加している。従って、今回の報告書では、全ての保険及び再保険会社への影響は含まれていない。EIOPAのLTG措置及び株式リスク措置に関する来年度の2017年の報告書で、全ての会社の財政状態への影響が含まれてくることになる。

なお、EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の影響に関して、NSAsの経験を確認するためのアンケートを実施しており、それらに基づく結果についても、報告書に盛り込まれている。
 

3―LTG措置及び株式リスク措置とは

3―LTG措置及び株式リスク措置とは

まずは、LTG措置及び株式リスク措置について、その概要を説明する。

ソルベンシーIIにおいては、景気循環効果を制限して、ソルベンシーIIの新しい規制枠組みへの円滑な移行を促進し、特に困難なマクロ経済環境に適応するために必要な時間を会社に提供することを目的として、(1)リスクフリー金利の補外、(2)マッチング調整、(3)ボラティリティ調整、(4)リスクフリー金利の移行措置、 (5)技術的準備金に関する移行措置、(6)ソルベンシー資本要件に違反した場合の回復期間の延長、といった「LTG措置」3や、(7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム、(8)デュレーションベースの株式リスクサブモジュール、といった「株式リスク措置」が導入されている。

これらの概要は以下の通りである(EIOPAのプレス・リリース資料の説明等に基づく)。

(1) リスクフリー金利の補外(Extrapolation of the risk-free interest rates:UFRの使用)
技術的準備金を算出する際に使用するリスクフリー金利について、市場データ等が得られない超長期の値については、補外が必要となる。この補外の手法として、UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)を使用する。具体的には、(スポットレートではなく)フォワードレートが終局的に(外部から定められた)一定の水準に向けて収束するとの前提にたって、超長期の金利水準を決定する手法であり、この時に設定される終局のフォワードレート水準がUFRとなる。

(2) マッチング調整(Matching Adjustment:MA、以下では、この短縮表現を使用、以下同様)
保険及び再保険会社が、満期まで同様のキャッシュフロー特性を持つ債券又はその他の資産を保有している場合には、これらの資産のスプレッドが変化するリスクに晒されていない。資産スプレッドの変動が会社の自己資本に影響を与えるのを避けるために、資産スプレッドの変動に応じて、リスクフリーの金利期間構造を調整することが認められている。(再)保険会社は、(損害保険からの年金を含む)生命保険及び再保険債務を評価する際に、関連するリスクフリー金利期間構造に適合する調整を適用することができる。
 
3 ここでのLTG措置には、狭義のLTG措置と移行措置が含まれている。
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中村 亮一

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