2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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7―日本における経済価値ベースのソルベンシー制度構築への示唆-

ここまで、EUのソルベンシーIIが抱える課題について述べてきた。

この章では、これまでのEUにおける状況を踏まえて、日本において経済価値ベースのソルベンシー制度構築を検討していく上での示唆について、簡単に触れておく。

1|UFR水準
UFRについては、これまでの筆者のレポートで何回か報告してきた8ので、ここでは詳細な説明は省略する。ただし、EIOPAが12月8日に公表した「Financial Stability Report」December 2016 において、UFRを計算する新しいアプローチを紹介する等の新たな動きも見られている。

日本における将来の適用の可能性を考慮する上では、EUのソルベンシーIIにおけるUFR水準の設定よりも、IAISのICSにおけるLTFR(Long Term Forward Rate:長期フォワードレート)水準の設定により関心が高いように思われる。ただし、両者の間の整合性が一定問われてくるということを考えれば、ソルベンシーIIにおける状況は引き続き注目していく必要がある。

いずれにしても、UFR制度の信頼性を高めていくためには、UFR水準の設定の考え方や市場金利の流動性の指標となるLLPの設定等、リスクフリー曲線等の設定方法について、国際的な動向も見据えつつ、検討を進めていく必要がある。

2|リスクマージン
資本コスト率の6%という水準は、日本においても、現在の市場環境等を考えればかなり高い水準である。資本コスト率の適正な水準設定という問題にとどまらずに、リスクマージンの設定がどうあるべきかという点については、検討が進められ、適切な方式が確立されていくことが望まれる。

3|ボラティリティ調整
ボラティリティ調整が提供するリスクフリーレートに対する上乗せ水準については、各国の保険会社が高い関心を示している項目であるが、これは日本の保険会社も例外ではない。どのような条件下で、どのレベルの水準上乗せが可能なのか、どのようにボラティリティ調整の水準が決定されていくべきなのか、EIOPAが作成を目指しているボラティリティ調整のモデリングに関する基準がどのような形になっていくのか、は大変注目されている。

なお、この点に関係する項目については、IAISのICSにおいても上乗せ金利の検討が進められている。日本の生命保険会社は、外債を通じて、信用スプレッドを確保しているが、これがどの程度考慮されていくのかが重要になってくる。欧米の保険会社にとってはあまり関心が高くない項目であることから、日本が議論をリードしていくことが望まれる。

4|ソブリンリスクの評価
ソブリンリスクの評価が、ソルベンシーIIで導入されることになれば、ICSや日本のソルベンシー基準への影響も考えられることになる。もちろん、ソブリンリスクの評価の問題は、銀行における自己資本規制における取扱がどうなっていくのということとも深く関係してくる。

日本の保険会社の国債保有比率も引き続き高く、この取扱の結果は日本国債の保有に大きな影響を与えることにもなりかねないことから、大変関心の高い項目となる。

5|金利リスク評価-マイナス金利の反映-
マイナス金利の取扱は、日本においても重要な問題であり、EIOPA等がマイナス金利のモデル化をどのように進めていくのかについては、大変関心が高い。昨今の市場環境において、マイナス金利の解消が進んでいる状況にあるが、今後再び金利が低下してくる可能性も否定できないことから、この機会に考え方をしっかり整理していくことが求められる。

6|内部モデルの適用
ソルベンシーIIの経験に基づけば、内部モデルの適用については、保険会社サイドでの開発・運用に多大な時間とコストがかかることに加えて、監督当局サイドでも、その承認審査・承認後の監視等に相当な体力が必要な状況が想定される。

日本の場合、欧州主要国に比べて、保険会社の数は限定されているが、内部モデルを申請する会社の数では、欧州主要国とあまり変わらないことも想定される。一方で、EUの保険市場や保険会社とは異なり、日本の生命保険会社は、日本という単一保険市場での事業展開が中心となっており、そのビジネスモデルも、昨今は多様化が進んできているとはいうものの、比較的類似のものとなっている。こうした状況下で、各社の内部モデルについて、いかに各社のリスク管理の考え方を反映しつつ、一定程度整合性を保ったモデルの適用を行っていくのかが大変重要になってくる。

7|膨大な時間・コスト・データ
ソルベンシーIIの制度がいくら充実した形で整備され、多くのデータ収集が行われる形になっても、そうして収集されたデータが、保険会社はもちろんのこと監督当局あるいは投資家等において、有効に活用されるのでなければ意味が無い。

「ソルベンシーIIに対する英国保険会社の評価」等では、ソルベンシーIIの実施により、多くの会社がリスク管理やガバナンスの改善が図られたと回答してはいるものの、一方でソルベンシーIIの実施に費やされた時間・コスト・努力は、その価値に見合うもので正当化できると考えている会社は、限定的、となっている。

監督当局サイドも、まずは収集されたデータに基づいて、現行の監督レベルを維持することの確認からスタートするようであり、その後新たに得られたデータの高度な有効活用を進めていく方針のようである。

日本において新たな経済価値ベースのソルベンシー制度の導入を推進していく場合には、こうしたEUにおけるソルベンシーIIの導入に至るまでの経験を通じて提起された課題を十分に認識した上で、徒に拙速な制度導入を目指すのではなく、できる限りの各種の負担軽減を図り、新たな制度で得られるデータ等が有効活用されていく道筋をしっかり見据えた上で、関係者の努力に見合う新たな価値の創造が十分に認識されるような意義ある制度改革を行っていくことが重要であると考えられる。  

8―まとめ

8―まとめ

以上、2回のレポートで、EUのソルベンシーIIにおける今後の検討課題と現状について報告してきた。

EUのソルベンシーIIについては、2016年にスタートしたばかりであるが、いくつもの課題を抱えている状況にある。当初は想定されていなかったBrexitというイベントもあり、今後の動向については極めて注目されるものとなってきている。

今後の見直しの具体的な方向性については、それらの見直しの時期までに、市場環境がどのように推移しているのかという点も、大きく影響してくることが考えられる。もちろん、保険会社はこれらの見直し時期を目標に、例えば経過措置等に頼らないで資本要件を満たせるように努力が行われていくことが求められる。ただし、例えば、現在のような低金利環境が継続するのであれば、十分な資本形成を行うために必要な財源等を確保するのも容易ではない状況になる。従って、理論的に望ましいと思われる方向に向かうことが引き続き難しい状況も十分に想定されることになる。

EUのソルベンシーIIにおける改革の動向は、IAISによるICSの設定の動きや日本における経済価値ベースのソルベンシー制度の検討に少なからぬ影響を与えることになる。特に、ソルベンシーII制度では、各国のソルベンシー監督規制等をソルベンシーII制度と比較して、同等性評価を行っていることから、ソルベンシーIIでの考え方が1つの標準としての意味合いを有していくことになることは一定避けられないことになる。

逆に、ソルベンシーII自体も、その信頼性を確保していくためには、EUの監督当局や保険会社の意向のみに基づいて、検討を行い、内容を決定していくのではなく、前回のレポートで述べたように、ICSの検討内容等も踏まえた上で、検討の方向性を決定していくことが求められてくるものと思われる。

ソルベンシーIIにおいて検討課題となっている項目は、決してEUのみが抱える独自の項目ということではなく、経済価値ベースのソルベンシー制度の導入を視野に入れている世界の各国においても検討されるべき共通の課題である。その意味で、その動向については、ただ単なる政治的な思惑等のみに左右されるのではなく、純粋にどのような形にあるべきかとの議論を十分に踏まえた上で決定されていくことが期待されている。

今後も、EUのソルベンシーII制度を巡る動きについては、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2016年12月12日「基礎研レポート」)

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