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ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-
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前回のレポートで報告したように、ボラティリティ調整については、フランス、ドイツ、オランダの監督当局を含めた欧州の殆どの監督当局は、「動的」に適用されることを認めている。これは、内部モデル企業が、ストレス条件下で、ボラティリティ調整の価値の変動をモデル化することを試みることができることを意味している。これに対して、英国のPRAの考え方は異なっている。
動的ボラティリティ調整の取扱については、EIOPAがガイダンスを発行しようとしているが、合意が得られていない。Brexitにより、ボラティリティ調整が内部モデルにおいてどのように取り扱われるのかという点についての意思決定をする際に、最も多くの内部モデル承認会社を有する英国の見解が反映されない形で、決着されることになる可能性が高まっていくことになる。
5|リスクマージン
リスクマージンについては、ソブリンリスクの問題とは異なり、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」の中に含められており、それゆえ、リスクマージンの妥当性は、2018年に向けて評価されていくことになる。
リスクマージンは、年金商品を主力として販売している保険会社が多い英国が、特に低金利環境において、生命保険会社に対して、あまりにも高水準でボラタイルなバッファーを生み出すことになることから、計算式に欠陥があるとして、問題視している。それゆえ、多くの英国の保険会社は、ソルベンーIIの適用において、16年間のTMTP(Transitional Measure on Technical Provisions:技術的準備金に関する経過措置)を適用することで、リスクマージンによる負担の増大を軽減している。
リスクマージンの水準の問題については、他の国々においても同様な状況にある。ただし、他に重視すべき課題があることもあり、欧州全体においては、マイナーな関心事であると考えられ、検討の優先順位が低くなっていくことも想定されることになる。
以上、ここまでは技術的な項目を中心に述べてきたが、より実務的な項目への影響も懸念されている。
6|英国のデータ使用
標準式において使用されるストレスについては、グローバルデータ等に基づいてキャリブレーションされているが、そのうちのいくつか、特に、不動産や長寿リスクに関しては、そのデータの充実性等から、英国からのデータに大きく依存している。英国がEUから離脱した場合、英国を除いたベースでの再キャリブレーションを含むデータの見直しが必要になってくるかもしれない。
7|EIOPAの検討体力
これまでのソルベンシーIIの検討を英国が主導してきたということは、各種の検討体制等において、英国からの人材資源等に大きく依存してきたことを意味している。今後は、ドイツやフランスといった主要国からの貢献がより一層期待されてくることになる。その意味では、今後の各種の検討はペースダウンしていくことも考えられる。
以上のように、英国の影響力が失われていった場合、ソルベンシーIIが、その目指していた方向とは異なる、より「非経済的」な方向へとシフトしていくことも想定されることになる。
その是非はともかくとして、英国の監督当局や保険会社の観点からは、これまでにソルベンシーIIの導入に向けて費やしてきた時間やコストを考慮すれば、ソルベンシーIIがどのような方向に向かおうとも、基本的には、Brexit後もこれと大きく異なる方向への転換は考えにくいものと思われる。
Grant Thornton によって10月に公表された、ソルベンシーIIに対する評価に関して、英国保険会社の上級経営幹部に対して行った市場調査の結果7によれば、その主要な知見の抜粋は、以下の通りとなっている。
(参考)ソルベンシーIIに対する英国保険会社の評価-Grant Thornton調査結果-
・1/4のみが、ソルベンシーIIは事業を行う上での明らかに最良の方法であると信じている。
・90%以上が、ソルベンシーIIの原則は良いが、殆ど70%がこれらの原則は実施によって台無しにされている、と考えている。
・2/3がソルベンシーIIはあまりにも複雑であると考えている。
・17%だけが、ソルベンシーIIは努力する価値があったと感じた。これは、2014年の調査結果の1/3にすぎない。
・9%だけがソルベンシーIIのコストは合理的であると感じている。
・70%以上がソルベンシーIIによって達成された価値はコストを正当化できない、と感じている。
一方で、
・80%近くが、ソルベンシーIIは会社のガバナンスを改善したと信じている。
・3/4が新しい制度は会社のリスク管理に改善をもたらした、と考えている。 繰り返しになるが、英国の位置付けがどのような形になろうとも、EUの同等性評価の問題等も考慮すれば、今後ともかなりの程度ソルベンシーIIとの整合性を維持していかざるを得ないものと思われる。
このように、ソルベンシーIIに対する英国保険会社の評価は、決して高いものではない。
その意味で、一部には、EUでの英国の位置付けの低下が避けられないのであれば、今後は、EUレベルではなくては、より広範な市場をカバーする形になるIAIS(保険監督者国際機構)におけるICS(保険基本基準)の検討交渉により資源を集中させていくべき、との意見もあるようである。英国式アプローチを世界に認めさせて、世界レベルからEUのソルベンシーIIにプレッシャーを与えていこうとする戦略である。ただし、米国式アプローチとの差異を考慮すれば、これも相当難しいものと考えられる。
これまで述べてきたように、Brexitの動向は、英国抜きのEUにおける規制のあり方に対する議論に影響を与えることを通じて、英国以外のEU諸国にも大きな影響を与えていくことになる。
BrexitやBrexit後の英国の位置付けがどのような形になっていくのか、それによってソルベンシーII制度のレビューの検討がどのような方向に向かっていくのか、という点については、世界の保険業界にとっても大変重要な関心事であり、今後とも眼が離せない。
7 Grant Thornton 「SolvencyⅡ-in the brave new world Results of a market survey」October 2016
http://www.grantthornton.co.uk/globalassets/1.-member-firms/united-kingdom/pdf/publication/2016/solvency-ii-in-the-brave-new-world.pdf#search='Grant+Thornton+solvency+%E2%85%A1'
(2016年12月12日「基礎研レポート」)
中村 亮一のレポート
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