2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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5―Brexit(英国のEU離脱)の影響-全般的-

1|ソルベンシーIIにおいて英国が果たしてきた役割
ソルベンシーIIに関する課題の検討においては、これまで英国が大きな役割を果たしてきた。ソルベンシーIIのルールの多くは、英国主導で導入されてきたともみなされている。Brexit(英国のEU離脱)により、英国の影響力が低下していく場合に、今後のソルベンシーIIがどのような方向に向かっていくのか、という点については、極めて注目されるものとなる。

2|Brexit後の英国の位置付けとソルベンシーIIの意味合い
Brexit後の英国の位置付けがどのようになっていくのかという点については、他の分野と同様に、保険業界におけるソルベンシーII規制の検討という点に絞っても、不透明な点が多い。

既に、英国の法制にはソルベンシーIIの制度が導入されているので、仮に英国がEUを離脱したとしても、まずはソルベンシーII制度をベースにスタートすることになる。今後2018年にソルベンシーIIの標準式のレビューが行われることになるが、そのレビューに英国がどのような形で関与できるのかについても明確でない。ただし、少なくとも、Brexitがある限りにおいては、英国が主要な役割を果たしていくことは考えにくく、英国が単一市場のメリットを可能な限り享受できる形になっていたとしても、ソルベンシーII制度構築への影響力が低下することは避けられないものと思われる。

それは、例えば、(1)英国が欧州経済領域(EEA)のメンバーで残ったとしても、ノルウェーの例のように、EIOPA中での決定権を持たず、「オブザーバー」に追いやられることになり、(2)さらには、政治的な決断が行われる場である、欧州議会での代表や欧州委員会での機能を有していない、ことによるものである。

さらには、スイスのアプローチを採用することにより、自ら規制を作成する権限を取り戻すことも考えられるが、この場合でもソルベンシーIIとの同等性評価の問題があるため、ソルベンシーIIから大きく離れていくことは難しいこととなる。

3|Brexitによる影響
ソルベンシーIIに関して、これまで述べてきた課題について、英国の存在の有無が全体の議論に与える影響は決して小さくない。従って、Brexitは、今後のソルベンシーIIの検討の方向性に大きな影響を与えることが想定されることになる。

英国は自国の保険市場の特性もあり、経済価値ベースのソルベンシー制度の推進国であるとみられている。この点、ドイツが、財政政策の健全性に関しては、EUにおいて厳しい方針を貫いているにも関わらず、生命保険会社を巡る状況が超低金利下でかなり苦しい状況にあることから、経済価値ベースのソルベンシー制度の適用については、時間をかけて段階的に進めていきたいと考えているのとは、方針を異にしている。

その意味で、英国がEIOPAのメンバーから離脱することにより、その発言力が低下する形になると、経済価値ベースのソルベンシー制度の推進に一定ブレーキがかかってくるのではないか、とも考えられる。
 

6―Brexit(英国のEU離脱)の影響-各検討項目-

6―Brexit(英国のEU離脱)の影響-各検討項目-

具体的に、前回及び今回のレポートで報告した今後の検討課題について、Brexitが検討の方向性に与える影響を考えてみると、以下の通りとなってくるものと思われる。

1|UFRの水準
英国の監督当局のPRAは、UFR水準の引き下げに同意しているようである。英国はかなり長期まで流動性のある債券市場を有しているので、UFRの存在によって歪みが生じることはむしろ望ましくないと考えているようである。この問題では、ドイツのBaFin等と意見が対立している。IOPAのペーパーでは、新しいアプローチ等も紹介されてきている6が、今後英国がUFRの問題にどのようなスタンスで臨んでくるのかは大変注目される。

2|ソブリンリスクの評価
ソブリンリスクの問題については、英国は、ソブリンリスクを考慮してソブリン債にリスクチャージすべき、あるいは標準式におけるソブリンリスクをモデル化すべき、との考え方にたっている。この点については、イタリアやスペインといった南欧の国々と対立している。

これらの2つの問題は、極めて政治的な要素が強くなっていることから、最終的に政治的な決着を図る場になる欧州議会や欧州委員会において、英国の代表が存在しているか否かは、検討の方向性に大きな影響を与えることになる。そうした点を考慮すると、これらの大きな2つの問題は、Brexitにより政治的なパワーバランスが崩れることで、英国の主張とは逆の方向に流れやすくなるのではないか、と想定されることになる。

一方で、上記の2つのような大きな政治的な問題には必ずしもなっていないと思われるが、その他のより技術的な問題の方向性もBrexitの影響を受けることになる。ソルベンシーIIのいくつかの要素については、英国市場を念頭に置いて設計されてきたことから、例えば、その適用等に厳しい要件が課せられていたりする。Brexitにより、これらについて、欧州大陸の保険会社がより適用しやすくなるように要件の緩和等の見直しが行われていくことも考えられる。この場合、例えば、EU加盟国の中で、英国において、最も重要な存在意義を有している制度の見直し議論が、英国の考え方が重視されずに行われていくことにもなる。

具体的には、例えば、(3)マッチング調整、(4)動的ボラティリティ調整、(5)リスクマージンの問題が挙げられる。
EU各国の内部モデル・LTGM(長期保証措置)適用状況
3|マッチング調整(MA)
マッチング調整については、英国においては多くの保険会社が使用しているが、他の国ではあまり使用されていない。英国では、マッチング調整の適用により、年金の責任準備金積立負担の軽減が図られる形になっている。EUの主要国の中では、その他にスペインが使用しているとされている。

マッチング調整については、ドイツ等から適用要件の緩和を要望する声が出ているが、こうした見直しが、現在最も適用保険会社が多い英国を抜きにして行われていくことについては、英国の保険会社やPRAが懸念を表明している。
 
 
6 EIOPAは12月8日に公表した「Financial Stability Report」December 2016 において、UFRを計算する新しいアプローチを紹介している。
「Updating the Long Term Rate in Time: A Possible Approach 」Petr Jakubik and Diana Zigraiova https://eiopa.europa.eu/Publications/Reports/Updating%20the%20Long%20Term%20Rate%20in%20Time-A%20Possible%20Approach.pdf
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中村 亮一

研究・専門分野

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