2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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5|膨大なコスト
ソルベンシーIIは当然にその導入のために、保険会社や監督当局に膨大なコスト負担を強いる形になっている。

ロイズ(Lloyd’s of London) は、「もし、ソルベンシーIIが保険でカバーされる大災害であったならば、英国の実施コスト(1回限りの£2.6bnと毎年の継続的な£200m)は、それ自身で、1970年以降の世界で最も支払額の多かった保険損失40のリストに、ソルベンシーIIの実施を置くのに十分であった。」と述べている。

こうしたコストは、最終的には、保険料への反映等を通じて、保険契約者の負担に転嫁されていくことが考えられる。従って、重要なことは、こうしたコストに見合うベネフィットが得られることを保険会社や監督当局がどのような形で示していくことができるのか、ということになってくるものと思われる。

6|比例原則の適用-中小保険会社等への対応-
ソルベンシーIIの適用に関しては、比例原則(Principle of proportionality)が適用される。これにより、中小保険会社の場合には、簡易なルールが適用できる形になるが、その取扱が明確でなく、実際の取扱が必ずしも適切なものとはなっていない、との懸念も示されている。

中小保険会社の場合には、十分なリソースを確保するのが容易ではないことから、ソルベンシーII自体の適用が大きな負担となっている。小規模な保険会社を代表しているAMICE(The Association of Mutual Insurers and Insurance Cooperatives in Europe:欧州相互保険会社及び保険協同組合協会)は、ソルベンシーIIのルールを「全てのレベル、特に報告要件に対して、比例して一貫した方法で」適用できるように、国家監督当局に繰り返し求めてきている。

「Call for Evidence」で示された意見でも、「多くのソルベンシーIIの規定(例えば、報告要件やガバナンス)は、中小規模の保険会社には適当な形でワークしないかもしれない。」としている。

なお、この問題について、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」では、トップの項目に挙げられており、比例原則に関して、
「技術的助言は、ソルベンシーII指令の目的を達成し、特に小規模保険会社に関連してソルベンシーII指令の比例的な適用を提供し、(再)保険者のための管理上又は手続き上の負担の形成を回避するために、必要な範囲を超えてはならない。」
としている。
7|要件の比例的な簡素化された適用
これまで述べてきた、保険会社の業務負担等の問題については、欧州委員会も十分な問題意識を有している。

これらの点に関して、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」では、EIOPAに対して、「既存の簡素化の現在の使用等の情報を提供し、既存の簡素化に対する改善及びさらなる簡素化のための方法と基準を模索し、提案する。」ことを求めている。さらに、より具体的に、以下の項目についての情報提供等を求めている。

・市場リスク・モジュール、引受リスク・モジュール及びカウンターパーティー・デフォルト・リスク・モジュールの計算にルック・スルー・アプローチを適用する際に使用される方法及び前提条件

・損害保険カタストロフィーリスクサブモジュール及びカウンターパーティーデフォルトモジュールを計算する際に使用される方法、前提条件及び標準パラメーター
 

3.1.要件の比例的な簡素化された適用

3.1.1.簡素化された計算が、保険及び再保険事業体がこれらの簡素化のそれぞれを使用する資格を得るために必要とされる基準とともに、特定のサブモジュール及びリスクモジュールに対して提供されている(指令2009/138 / EC)第111条(1)(l)におけるエンパワーメントの下で)。

委任法は、標準式における計算に対して、全てではないが、多くの簡素化を提供している。例えば、損害保険解約リスクサブモジュール及び損害保険カタストロフィーリスクサブモジュールについては、簡素化されていない。

EIOPAは以下のことを求められる。

・既存の簡素化の現在の使用、関連する場合は、これらの簡素化が使用されない理由について情報を提供する。

・要件の比例的な適用を強化する必要性を念頭に置いて、全ての標準式の計算に簡単で容易に適用できる方法が提供されることを確実にするために、既存の簡素化に対する改善を提案し、さらなる簡素化のための方法と基準を模索し提案する。

3.1.2.市場リスク・モジュール、引受リスク・モジュール及びカウンターパーティー・デフォルト・リスク・モジュールの計算にルック・スルー・アプローチを適用する際に使用される方法及び前提条件(指令2009/138 / EC)第111条(1)(a)、(c)におけるエンパワーメントの下で)。

EIOPAは、ルック・スルー・アプローチに対して提供される簡素化をレビューするよう要請される(規制(EU)2015/35の第 84条(3))。

特に、EIOPAは次のことを求められる。

・簡素化された方法論(現在資産の20%に限定されている)が全体のポートフォリオをカバーしていない場合における情報を含む、集団投資事業及びファンドとしてパッケージ化されたその他の投資を通じての保険会社の投資、ならびにユニットリンク及びインデックス連動型商品をヘッジしている投資の金額に関する情報を提供する。

・簡素化された手法がソルベンシー資本要件の比例的でリスクベースの計算を可能にする全ての投資をカバーするために、この簡素化への洗練を提案する。このような洗練化は、特に、外部格付けへの依存を減らす目的を考慮に入れるべきである。

3.1.3.損害保険カタストロフィーリスクサブモジュール及びカウンターパーティーデフォルトモジュールを計算する際に使用される方法、前提条件及び標準パラメーター(指令2009/138 / EC)第111条(1)(c)におけるエンパワーメントの下で)。

カウンターパーティのデフォルトリスクモジュールと損害保険カタストロフィーリスクサブモジュールは、複雑な計算を必要とする。

EIOPAは以下のことを求められる。

・これらのモジュールに関連する資本要件の相対的重要性に関する情報を提供する。

 この複雑さが、特に中小企業の場合、これらのリスクの性質、規模、複雑さに比例するかどうかを評価する。

・適切な場合は、既存のスコープを尊重しつつ、これらのモジュールのより簡単な構造の提案を作成する。

8|IFRSとの関係
ソルベンシーII自体の問題ではないが、今後はIASB(国際会計基準審議会)による保険契約に関するIFRS(国際財務報告基準)との関係も気になってくる。保険契約に関するIFRSの動向については、幾度となくスケジュールが後ろ倒しにされてきたが、2017年には最終案が公表されることが想定されている。この会計基準とソルベンシーIIの関係によって、例えば、金利ヘッジ戦略等において、IFRSとソルベンシーIIのいずれの指標を重視するのかによって、会社の方針が異なってくることにもなる。

ソルベンシーIIについては、その100%の比率を確保しなければならず、要件を満たせない場合には、各種の制約等を受けることになることから、当然に優先されるべきものである。ただし、比率が一定の水準を超えており、監督当局による介入水準等に抵触するおそれが無い限りにおいては、IFRSやソルベンシーIIあるいは社内の独自指標のいずれを中心において戦略を構築するのかは、会社によっても異なってくることが考えられる。

実際に、この点の考え方や対応方法等のスタンスについては、欧州の大手保険グループの間でも、会社毎に異なっているようである。IASBによる新たな保険契約会計基準が適用されていく場合には、IFRSとソルベンシーIIとのこうした関係について、各保険会社が投資家等に十分に説明していくことが求められることになる。
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中村 亮一

研究・専門分野

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