2016年12月12日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(2)-実務面の課題及びBrexitの影響等-

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1―はじめに

前回のレポート「ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスク評価に関する項目-」では、技術的準備金の評価及びリスク評価に関する項目について報告した。

今回のレポートでは、自己資本やその他の項目及び実務に関する課題、さらにはBrexit(英国のEU離脱)によって、今後のソルベンシーIIの検討がどのような影響を受けていく可能性があるのか、について報告する。さらには、こうしたEUにおける状況を踏まえて、日本において経済価値ベースのソルベンシー制度構築を検討していく上での示唆について触れることとする。

ところで、EIOPA(欧州保険年金監督局)は、前回のレポート公表後の12月8日に、ソルベンシー資本要件標準式に焦点を当てた「ソルベンシーII委任規制の特定項目のレビューに関するディスカッション・ペーパー」を公表した1。このディスカッション・ペーパーは、EIOPAが2016年7月18日に欧州委員会から受けた助言要請のリストの中に含まれていた項目(前回のレポートと同様に、以下において、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」2と呼ぶ)への対応の準備の第一歩となるものである。これに対する関係者の意見(コンサルテーション期間は2017年3月3日まで)を踏まえて、さらなる検討が行われ、欧州委員会への最終的な助言が2018年2月までに行われていくことになる。

今回のレポートでは、このディスカッション・ペーパーの内容等は反映されていないので、それらを踏まえた動向については、前回のレポートで報告した項目に関する内容等も含めて、別途報告することとしたい。
 
1「Discussion Paper on the review of specific items in the Solvency II Delegated Regulation」( EIOPA-CP-16/008
5 December 2016
https://eiopa.europa.eu/Pages/Consultations/Overview.aspx
2 REQUEST TO EIOPA FOR TECHNICAL ADVICE ON THE REVIEW OF SPECIFIC ITEMS IN THE SOLVENCY II DELEGATED REGULATION (Regulation (EU) 2015/35)
http://ec.europa.eu/finance/insurance/docs/news/call-for-advice-to-eiopa_en.pdf#search='Ref.Ares%282016%293573955'
 

2―ソルベンシーIIの今後の検討課題-自己資本に関する項目-

2―ソルベンシーIIの今後の検討課題-自己資本に関する項目-

ここでは、自己資本に関する項目について、その内容の概要とそれを巡る現在の状況について、報告する。

1|銀行の資本規制との整合性等
「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」は、自己資本に関して、大きく2つの項目を挙げている。

1つ目は、「銀行の資本規制との整合性及び相違する場合の正当性の評価」についてである。

EIOPAは、銀行と保険の間で比較可能な対象項目について、その分類における相違点を評価し、相違のそれぞれについて、2つのセクターのビジネスモデルの相違、自己資本要件の決定における分散要素、またはその他の根拠によって、それらが正当化されるかどうかを評価する、ことが求められる。

2つ目は、「ティア1の適格基準を満たすとみなされる自己資本項目の取扱」についてである。

EIOPAは、ティア1の適格基準を満たすとみなされる自己資本項目の20%の量的制限が削除された場合に、引き続きティア1の適格基準を満たし続けることを確実にするために、これらの項目に適用される詳細な適格基準を変更する必要があるかどうかを評価することが求められる。
 

3.2.12.指令2013/36 / EU及び規制(EU)No 575/2013との矛盾がある場合、自己資本項目の分類を決定する特徴(指令2009/138 / EC第97条のエンパワーメントの下で)。

特定の自己資本項目(例えば、特定の負債証券)は、保険及び銀行の枠組みによって共有される。しかしながら、「Call for Evidence」3を通じて受け取ったフィードバックは、一定の特徴(契約条項など)が両方のフレームワークで同じ取扱を受けていないことを明らかにした。

EIOPAは以下のことを求められる。

・銀行枠組みと委任規制(EU)2015/35の間で比較可能な対象項目については、その分類における相違点を評価する。

・これらの相違のそれぞれについて、2つのセクターのビジネスモデルの相違、自己資本要件の決定における分散要素、またはその他の根拠によって、それらが正当化されるかどうかを評価する。

3.2.13.それぞれの自己資本項目について、その分類を決定する特徴の正確な記述を含むティア1適格基準を満たすとみなされる自己資本項目のリスト(指令2009/138 / ECの第97条(1)及び第99条(a)のエンパワーメントの下で)。

ティア1の適格基準を満たすとみなされる自己資本項目のリストには、劣後相互勘定、払込優先株式及び関連株式プレミアム勘定、ならびに劣後債払込金が含まれている。これらの項目には、20%の量的制限がある。

EIOPAは、この量的制限が削除された場合、第94条(1)に定める基準が満たされ続けることを確実にするために、これらの項目に適用される詳細な適格基準を変更する必要があるかどうかを評価する、ことが求められる。

 
 
3 欧州委員会が、2015年9月30日にEUにおける金融サービスの監督枠組みに関して、利害関係者に求めた意見徴収を指している。「Call for Evidence」の結果のサマリーは、以下の通りhttp://ec.europa.eu/finance/consultations/2015/financial-regulatory-framework-review/docs/summary-of-responses_en.pdf#search='call+for+evidence+solvency+%E2%85%A1
2|カウンターシクリカル要件の導入
「カウンターシクリカル要件」とは、プロシクリカリティ(景気循環増幅効果)の抑制を目的として、将来の景気の変動によって生じるおそれのある損失の吸収のために、金融市場が好調な時期に資本増強を要求される要件、をいう。

ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)は2015年12月に報告書4を公表しているが、この中で、ボラティリティ調整を批判し、市場が好調な時期に保険会社の資本を増加させるために、保険会社に対する強制的なカウンターシクリカル要件の導入を提案している。

ソルベンシーIIにおいては、ボラティリティ調整や株式のシンメトリック調整のようなプロシクリカリティの問題に対処することを意図したツールが導入されているが、ボラティリティ調整は厳密な意味では対称的ではない。

銀行のバーゼルIIIの自己資本要件においては、カウンターシクリカル資本バッファーが導入されている。保険において、銀行と同様な考え方に基づくカウンターシクリカル資本バッファーの導入が適切かどうかという問題は、保険会社は、銀行とは異なり、自らの資産と負債を市場金利で割り引いている、という事実も踏まえて、検討していく必要がある。

カウンターシクリカル要件の導入については、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」の中には含まれていない。EIOPAのスタンスも前向きではないと想定されるが、今後、何らかのアイデアの検討が行われていくことになるかもしれない。

このように、保険と銀行における資本規制の取扱についての問題は、ある面では整合性を求められるものの、別の面では保険と銀行の事業特性の差異を反映して、異なる取扱が妥当なケースもあることから、それぞれの状況に応じて、ケースバイケースで判断していくことが求められることになる。
 
4 ESRB「Report on systemic risks in the EU insurance sector」 December 2015(EIOPA-FSI-16-016) 
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中村 亮一

研究・専門分野

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