2016年10月07日

リオ2016報告-文化プログラムを中心に

東京2020文化オリンピアードを巡って(2)

吉本 光宏

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5――CULTURE & TOKYO in RIO

次回2020年のオリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市である東京都は、早くから文化プログラムの実施を睨んで準備を進めてきた。その一環としてリオで開催されたのが、CULTURE & TOKYO in RIO 及び TOHOKU & TOKYO in RIOで、図表3に示した3つの文化事業が実施された。中でも「TURN(ターン)」は今後の展開に大きな可能性を感じさせるものだった。

TURNは、異なる背景や習慣を持った人々が関わり合い、様々な「個」の出会いと表現を生み出すアートプロジェクトで、監修者の日比野克彦によって名付けられたものだ。これまで、野田秀樹の東京キャラバンとともに、東京2020大会の文化プログラムのリーディングプロジェクトとして実施されてきたが、TURN in BRAZILでは、4名のアーティストたちが日本やブラジルの伝統文化をモチーフに活動を展開した。まず、東京や宮城県南三陸町で研修を行った後、サンパウロの福祉施設、障がい者施設で1ヶ月以上にわたり交流プログラムを実施。リオではその成果を展示するとともに、来場者を対象にしたワークショップが実施された。
CULTURE & TOKYO in RIO及びTOHOKU & TOKYO in RIOの概要
アーティストの五十嵐靖晃は、まず東京で帯締めや羽織紐に使われる「江戸組紐」の職人から2ヶ月にわたって指導を受けた。その後サンパウロでは自閉症児療育施設「PIPA」に通い、子どもたちと交流。本来の絹糸ではなく木綿の糸を使用し、糸巻き等組紐の工程も含め、1本の組紐を複数名で編める巨大な角台を使って「PIPA」の子どもたちやリオ会場の来場者とともに大蛇のような組紐を作り上げた。その木綿の糸も、東京・町田市の福祉施設「クラフト工房La Mano」とサンパウロの「PIPA」で藍染をしたものである。

ワークショップファシリテーターの瀧口幸恵は、東北沿岸に古くから伝わる神棚飾りの切り紙「きりこ」の研修のため宮城県南三陸町に1か月間滞在し、学校や地域の人々とのワークショップに取り組んだ。ブラジルではサンパウロ近郊の福祉施設「Monte Azul」に滞在し、子どもたちや地域の人たちと「きりこ」づくりを行った。リオでは会場にきりこの型紙を用意し、来場者がきりこを作成するワークショップをコーディネイトした。
サンパウロの福祉施設、障がい施設で行われた活動の様子
日系ブラジル人アーティストのタチ・ポロは「江戸つまみ」の心と技術を習得するため、1ヶ月間東京に滞在。江戸つまみは、正方形の薄絹をつまんで折りたたみ、組み合わせることによって花や鳥の文様を作る江戸時代から伝わる伝統工芸である。ブラジルに帰国後、彼女はサンパウロの知的障がい者施設「こどもの園」に通い、入所者の日常に寄り添いながら、一緒に江戸つまみを制作した。リオでは、色とりどりのつまみを組み合わせたインスタレーションを展示し、来場者を対象に江戸つまみのワークショップを行った。

同じく日系ブラジル人アーティストのジュン・ナカオは、ブラジルの伝統的なカゴ編み「セスタリーア」を題材に、サンパウロ市に隣接するグアルーリョス市で最も古い日系の高齢者介護施設「憩の園」に通って、お年寄りと協働で独自の作品づくりに取り組んだ。入所者一人ひとりを金網越しに抱きしめて型を取り、その金網の人型にセスタリーアの技術を使ってテープを編みこんで作品を制作、リオの会場に展示した。

TURN、東京キャラバンともリオの会場はパソ・インペリアル(インペリアル・パレス)。ブラジルの独立宣言が行われたという由緒ある歴史的建造物で、現在は美術館として活用されている。外壁にはきりこの装飾が施され、TURNには連日長蛇の列ができ、18日間でパソ・インペリアルには4万人以上が来場して展示等を鑑賞し、そのうち約1万5,000人がワークショップにも参加した。江戸組紐やきりこ、江戸つまみのワークショップに熱心に取り組むリオっ子の姿が忘れられない。単なる日本文化の紹介に終わることなく、事前のリサーチと入念な準備を経て、こうした事業を実現した監修の日比野克彦や4人のアーティストたち、関係者の方々の尽力に頭が下がる思いがした。

TURNには障がいのあるなしに関わらず、アートの力を媒介に人間本来のもつ能力を引き出し、共有していこうという狙いがある。サンパウロの福祉施設や障がい者施設で行われた活動は、日本やブラジルの伝統文化を媒介にしながら、障がい児や高齢者の可能性を引き出すとともに、アーティストにとっても新たな学びや発見の機会となったに違いない。2020年に向けて今後の展開が楽しみな事業である。

なお、パソ・インペリアルの2階では国際交流基金の企画で「コンテンポラリーの出現・日本の前衛美術1950-1970」も同時開催されていた。日本が大きな変貌を遂げた1964年の東京オリンピック前後の時代に焦点を当て、実験精神にあふれる作品を紹介するもので、非常に見応えのある展覧会だった。
TURN展の行われたパソ・インペリアルの外観と展示・ワークショップの様子

6――東京2020に向けて

冒頭で紹介したように、リオ2016大会の文化プログラムは、残念ながらロンドン2012大会に比べて低調だったと言わざるを得ない。1992年のバルセロナ大会から継続されてきた文化オリンピアード(前大会の終了年から4年間行われる文化プログラム)も継承されなかった。果たして東京はリオから何を学ぶべきだろうか。

東京2020組織委員会では、既にロンドン2012大会を参考にプランを練り、文化オリンピアードの準備を進めている。リオ大会ではそうした「公式」の文化オリンピアードはほとんど実施されなかったが、それでも本稿で紹介したように、多様な文化事業が展開されていた。

東京2020大会では、組織委員会の文化オリンピアードを強力に推進するとともに、必ずしもそれにこだわることなく、もっとおおらかに文化プログラムを展開できる可能性があるのではないか。リオ大会を視察して感じた素朴な印象である。実際、内閣官房では組織委員会とは別に「beyond 2020」という枠組みも用意し、多様な文化事業への支援をスタートさせている。もちろんオリンピックブランドを不正に使用するアンブッシュマーケティングへの規制など、オリンピックのルールは厳密に守らなければならない。

しかしそれを前提に、ロンドンとリオを組み合わせたような展開ができれば、東京2020大会では、五輪史上かつてない文化プログラムが実現すると思うのだが、いかがだろうか。
 

 
  9 CULTURE & TOKYO in RIOでは、「東京ブランド」の紹介やPR映像の放映、伝統文化の浮世絵や現代の東京の観光スポットの写真のパネル展示を通して、旅行地としての東京をアピールする「東京観光PR展示」も実施された。
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

研究・専門分野

(2016年10月07日「基礎研マンスリー」)

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【リオ2016報告-文化プログラムを中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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