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- ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る
2016年07月11日
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( 危機は遠からず再燃するおそれ )
しかし、ギリシャがこの先、厳しい支援条件を順調にクリアし、回復軌道に乗るイメージは描き難い。今回は、無秩序なデフォルトと事実上のユーロ離脱を回避したものの、遠からず、今回と同じような状況、つまり改革が進まず、支援金を受け取れず、資金繰りに窮する状況に陥るリスクは高いと見ざるを得ない。
最大860億ユーロとされる金融支援を受け取るには、所定の期間内に約束した改革を実行し、支援機関の審査を「合格」しなければならない。第3次支援プログラムの条件をまとめた覚書(MOU)は作成途上だが、首脳会議で大筋合意したメニューには(図表3)、追加の年金改革のほか、財市場・労働市場の改革、500億ユーロ規模の国有資産を独立した基金に移管、民営化などによる売却を加速し、銀行の資本増強や債務の返済にあてるなどが盛り込まれている。従来の支援プログラムの覚書にも、民営化や規制改革は、盛り込まれていたが、十分に実行されてこなかったもので、ギリシャ経済の効率性と競争力を高めるために必要だ。
しかし、ギリシャがこの先、厳しい支援条件を順調にクリアし、回復軌道に乗るイメージは描き難い。今回は、無秩序なデフォルトと事実上のユーロ離脱を回避したものの、遠からず、今回と同じような状況、つまり改革が進まず、支援金を受け取れず、資金繰りに窮する状況に陥るリスクは高いと見ざるを得ない。
最大860億ユーロとされる金融支援を受け取るには、所定の期間内に約束した改革を実行し、支援機関の審査を「合格」しなければならない。第3次支援プログラムの条件をまとめた覚書(MOU)は作成途上だが、首脳会議で大筋合意したメニューには(図表3)、追加の年金改革のほか、財市場・労働市場の改革、500億ユーロ規模の国有資産を独立した基金に移管、民営化などによる売却を加速し、銀行の資本増強や債務の返済にあてるなどが盛り込まれている。従来の支援プログラムの覚書にも、民営化や規制改革は、盛り込まれていたが、十分に実行されてこなかったもので、ギリシャ経済の効率性と競争力を高めるために必要だ。
だが、改革は、目先の大幅な需要不足、雇用機会の不足といった問題の解決にはつながらない。短期的には、銀行休業の後遺症や、15日に可決された年金改革や付加価値増税の影響で、景気や雇用は一層落ち込むと予想される。
( ギリシャが得た譲歩は、焼き直しのEUの成長資金と限定的な債務再編の可能性 )
今回の支援合意で需要拡大、雇用創出を直接掲げているのは欧州委員会の「ギリシャ政府がEU財政から2020年までに350億ユーロ調達できるよう支援する」プランだけだ。350億ユーロという金額は14年時点のギリシャのGDPのおよそ2割に相当する。見た目の規模の大きさに関わらず期待が高くないのは、ギリシャ経済の梃入れのために新たに設けられた資金という訳ではないからだろう。EUの財政は、予算の上限や配分が7年間固定される。350億ユーロの調達は、2007~13年の予算枠の未利用分や、現在の2014~20年の予算を有効に活用しようというものだ。ギリシャ支援が始まった2010年頃から実施されているが、十分な効果が確認できない計画の焼き直しの感がある。
ギリシャ政府が、財政健全化目標の緩和とともに要請してきた債務の再編もごく限定的なものに留まった。「プログラムを着実に実行し、最初の審査に合格した場合、返済猶予期間の延長や期限延長などには応じる」だが、「元本の削減は行なわない」と全面的に否定されてしまった。
( 終わりのない緊縮や改革への不満が募り、反EU・反ユーロ機運が高まるおそれ )
ユーロ圏による支援の枠内に留まる限り、ギリシャ政府・議会の政策の自由度が大きく制限される問題もある。15日には、すでに基礎的財政収支目標から逸脱した場合には半自動的に歳出が削減される法案が成立している。さらに、ESM支援が始まれば、改革関連の法案は、草案の段階で支援機関の事前承認を得ることになる。債務危機を教訓に導入された新たなユーロ圏の政策監視ルールでは、均衡財政や歳出抑制のルール、予算の事前提出などが盛り込まれているが、ギリシャの財政政策・経済政策、つまり議会の権限への制約はさすがに厳し過ぎるように感じる。
15日の段階では、銀行の営業再開、ユーロ残留などへの強い思いで法案の成立が後押しされたが、危機意識が薄らいでくれば、終わりのない緊縮や改革への有権者の不満が募るおそれがある。>
支援協議が落ち着いた秋頃には総選挙が実施されるとの観測がある。チプラス政権は「反緊縮でも親EU・親ユーロ」だったが、次の政権は「反緊縮かつ反EU・反ユーロ」の性格を強めるおそれもある。ユーロとEUにとって、いよいよ望ましくない展開だ。<
( ギリシャが得た譲歩は、焼き直しのEUの成長資金と限定的な債務再編の可能性 )
今回の支援合意で需要拡大、雇用創出を直接掲げているのは欧州委員会の「ギリシャ政府がEU財政から2020年までに350億ユーロ調達できるよう支援する」プランだけだ。350億ユーロという金額は14年時点のギリシャのGDPのおよそ2割に相当する。見た目の規模の大きさに関わらず期待が高くないのは、ギリシャ経済の梃入れのために新たに設けられた資金という訳ではないからだろう。EUの財政は、予算の上限や配分が7年間固定される。350億ユーロの調達は、2007~13年の予算枠の未利用分や、現在の2014~20年の予算を有効に活用しようというものだ。ギリシャ支援が始まった2010年頃から実施されているが、十分な効果が確認できない計画の焼き直しの感がある。
ギリシャ政府が、財政健全化目標の緩和とともに要請してきた債務の再編もごく限定的なものに留まった。「プログラムを着実に実行し、最初の審査に合格した場合、返済猶予期間の延長や期限延長などには応じる」だが、「元本の削減は行なわない」と全面的に否定されてしまった。
( 終わりのない緊縮や改革への不満が募り、反EU・反ユーロ機運が高まるおそれ )
ユーロ圏による支援の枠内に留まる限り、ギリシャ政府・議会の政策の自由度が大きく制限される問題もある。15日には、すでに基礎的財政収支目標から逸脱した場合には半自動的に歳出が削減される法案が成立している。さらに、ESM支援が始まれば、改革関連の法案は、草案の段階で支援機関の事前承認を得ることになる。債務危機を教訓に導入された新たなユーロ圏の政策監視ルールでは、均衡財政や歳出抑制のルール、予算の事前提出などが盛り込まれているが、ギリシャの財政政策・経済政策、つまり議会の権限への制約はさすがに厳し過ぎるように感じる。
15日の段階では、銀行の営業再開、ユーロ残留などへの強い思いで法案の成立が後押しされたが、危機意識が薄らいでくれば、終わりのない緊縮や改革への有権者の不満が募るおそれがある。>
支援協議が落ち着いた秋頃には総選挙が実施されるとの観測がある。チプラス政権は「反緊縮でも親EU・親ユーロ」だったが、次の政権は「反緊縮かつ反EU・反ユーロ」の性格を強めるおそれもある。ユーロとEUにとって、いよいよ望ましくない展開だ。<
(2016年07月11日「ニッセイ基礎研所報」)

03-3512-1832
経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/06/12 | 欧州経済見通し-回復基調だが、関税を巡る不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/05/13 | 一番乗りの米英合意をどう読み解くか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
2025/04/18 | トランプ関税へのアプローチ-日EUの相違点・共通点 | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/28 | トランプ2.0でEUは変わるか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
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