2016年07月11日

ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( ギリシャの改革の約束がなければ債務減免もない。合意はNOを投じた有権者を裏切ることに )
ギリシャ政府が、支援を取り付けるには、ユーロ参加国としての義務を履行する姿勢を示さなければならない。ユーロ圏の支援は、ギリシャよりも所得水準が低い国を含む参加各国の拠出によるものである。支援を受けながら、持続不可能な年金制度も改革せず、付加価値税も見直さないという主張は通らない。

チプラス首相は、国民投票で「支援機関から有利な条件を引き出すことにつながる」とNOに賛同を求めた。5カ月にわたる協議で、支援機関側の譲歩の余地は殆どないことを承知していたにも関わらず、国民にはNOが支援獲得を阻み、事実上のユーロ離脱に発展するリスクを伴うことは説明しなかった。国民投票が、こうしたリスクを説明した上で実施された場合には、おそらくNOが圧倒的多数ということにはならず、むしろYESが勝ったのではないか

ギリシャのデフォルトとユーロ離脱は、EUとしても回避したいシナリオだった。ユーロ圏はギリシャ支援にすでに1830億ユーロ(第一次支援の二国間融資で529億ユーロ、第二次支援のEFSFからの融資が1309億ユーロ)3を投じており、デフォルトすれば、これらの債務の再編が必要になる。ユーロから離脱すれば、「後戻りできない通貨」という前提が崩れる。2012年までに比べて、金融システムの混乱や財政危機の飛び火のリスクは低下、ESMやECBによるコントロール力も増したが、ユーロの信認は大きく傷つく。EUとNATO(北大西洋条約機構)にとって地理的要衝に位置するギリシャでの経済・社会の混乱拡大も望んでいなかったはずだ。

それでも、首脳会議の段階で、EU側が提示できるのは、銀行閉鎖後の社会情勢の混乱に対処するための人道支援(医薬品、食品、燃料の供給)くらいだろう。ギリシャ政府が求める債務減免は、IMFのラガルド専務理事や米国のルー財務長官も必要性を認めている。ユーログループとしても、金利の減免や返済猶予期間、償還期間の延長などの用意はあるだろう。しかし、チプラス政権は、発足からこれまでに改革に取り組んでこなかったことから、ギリシャ政府が、改革への強固な約束を実行する見返りとしてしか応じないだろう。また、基礎的財政収支の目標は決めるが、その具体的アプローチはギリシャ側に委ねるという方法もあり得るが、チプラス政権のポピュリズム色の強さへの警戒は強く、譲歩は容易ではないだろう。

チプラス首相が、ユーロ離脱を回避すべく、首脳会議で支援の「承認」に漕ぎ着けようとすれば、国民投票で否決されたものと大枠で変わらないか、それ以上に厳しい改革案を受け入れることになるだろう。仮に、人道支援に、将来の債務減免の約束が上積みされたとしても、チプラス首相の言葉を信じ、「有利な条件」を期待してNO票を投じた有権者は裏切られたと感じるかもしれない

交渉の結果を、チプラス首相が、議会や国民に説明できるかは疑わしく、実行力にも不安が残る。
 
( 「離脱」決議は困難。支援要請の却下は、事実上の離脱に発展する )
仮に、ギリシャ政府が、支援機関側を納得させるような包括的改革案を提示できない場合、あるいは支援機関側の修正提案の受け入れを拒否した場合も、12日の首脳会議で、ユーロ圏やEUからの「離脱」、「除名」を決議することはないと思われる。ユーロは「後戻りできない通貨」として導入されたため、EUの基本条約に離脱に関する手続きはない。EUからの離脱は、離脱を希望する加盟国の「告知」に始まる。少なくとも現在のギリシャ政府に、EUやユーロ圏を離脱する意志はない。

しかし、「事実上の」ユーロ離脱につながる決議が下される可能性はある。首脳会議が、ギリシャ政府のESMへの支援要請を「信頼に足る改革案を欠く」などの理由で「却下」すれば、ギリシャのデフォルトは避けられなくなる。ECBは、13日に予定している政策理事会で、首脳会議の決議を受け、ギリシャの銀行の命綱となっているギリシャ中央銀行による緊急流動性支援(ELA)を打ち切るという流れだ

すでにECBは、支援協議が決裂した6月28日からELAの上限は886億ユーロで据え置かれており、ギリシャ政府は、1日当たり60ユーロを預金引き出しの上限とするなどの資本規制導入を迫られた。ECBは、6日、ELAの残高は維持したが、担保となっているギリシャ国債などの割引率を調整することを決めている。銀行経営への圧力は一段と強まっているはずだ。

ECBが、ELAの打ち切りを決めれば、ギリシャの商業銀行は破綻する。第二次支援プログラムで利用可能だった銀行増資や破綻処理のための109億ユーロは6月末に失効した。新たな支援が却下された状態では、ギリシャ政府は、銀行の資本再構築のために政府借用証書(IOU)などを発行し、対処を迫られるかもしれない。事実上のユーロ離脱の様相を呈することになる。

デフォルトすれば債務再編は可能になるが、新たな資金調達の道は当分閉ざされる。年金などの給付水準の実質的な切り下げは避けられないだろう。

国民投票でNOに票を投じた有権者には、その代償として、デフォルトとユーロ離脱といった事態を受け入れる覚悟が、どの程度あったのかわからない。このケースでも、有権者はチプラス首相に裏切られたと感じるのではないか。
 
( EUからの離脱には直結させず。ユーロ圏復帰の道を残す可能性も )
ELAが打ち切られ、IOUが流通するようになっても、ギリシャの法定通貨はユーロのままで、ギリシャ中央銀行は、ECBとユーロ参加国の銀行からなるユーロシステムの構成メンバーであろう。安全保障上の理由などから、EUからの離脱にも直結させないように思われる。

その後のギリシャには、法定通貨のユーロからドラクマへの切り替えという選択と、信頼に足る改革案を提示し直し、ユーロ参加国としての権利を回復する選択が残されるかもしれない。

支援協議がまたしても決裂した場合に備えて、欧州委員会が果たしてどのような離脱のシナリオを用意しているのか定かではないが、そのプロセスが極力秩序だったものであることが望ましい。これまでに様々な危機の場面で創造的な解決策を見出してきたヨーロッパの英知に期待したい。
 
3 European Stability Mechanism, “FAQ document on Greece”, Last updated: 30 June 2015による。IMFの融資残高は348億ユーロに上る。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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