2016年06月21日

Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(20)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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さて、そんな衆安保険の今後であるが、2015年の巨額な資金調達を背景に、積極的な業務展開を考えている。まず、これまで依存度が高かったアリババを通じた保険販売であるが、収入保険料ベースで8割程度であった依存度を今後、4割まで縮小する目標を掲げた。その分、医療保険分野などにおいてインシュアテックを活用した新たな商品の開発に余念がない。例えば、新たに発売された糖尿病患者を対象とした保険は、スマホと同型のタッチパネル式の血糖値測定端末を通じて、定期的に血糖値のデータを取り、正常値であった場合や、適切な食事や運動によって、血糖値が規定値を下回った場合、保険金が一定額加算される仕組みとなっている(ただし、保険金に限度額を設定)3。日本でも被保険者の健康状態や喫煙歴などの情況に応じて保険料を割り引く保険商品もあるが、衆安保険のこの保険は、患者が症状を一定に保つもしくは改善の努力をすることで保険金が加算されていくという内容となっている。
 
この保険専用の血糖値測定端末を開発したのは、衆安保険の株主のテンセントである。これまでSNSに強みを持っていた同社は、現在、スマートデバイス(多機能端末-IT)と医療サービスとの融合を視野に入れた開発に力を入れている。この端末で測定した血糖値のデータは、クラウド上で蓄積・分析され、テンセントが構築した医療ネットワークを通じて医師に、SNS(微信・Wechat)を通じて契約者に伝えられる。例えば、血糖値が異常値であった場合、測定から5~30分以内に、医師から本人に電話で医療指導が入る仕組みだ。このように、保険加入の入口として、糖尿病の合併症による入院や手術への備えもさることながら、遠く離れた糖尿病を持つ両親の日々の健康管理のため、または測定を忘れがちなこどものためといった、患者の日常生活からアプローチすることで需要を取り込む作戦をとっている。

それと並行して、衆安保険は、新興フィンテック企業100社ほどと提携し、収益の柱となるような新たなビジネスモデルの模索も続けている。現時点では、学生や若手のホワイトカラーを主なユーザーとし、ローン決済が可能なオンライン小売業である趣分期(Qufenqi)、P2P(ネットを介して個人間の資金の貸借を結ぶサービス)や融資のための与信情報を提供する閃銀奇異(Wecash)などと連携し、消費者金融の領域への進出を考えているようだ。中国のP2Pや個人向けのローン決済などは、この数年でマーケットが過熱し、詐欺や倒産が多発した経緯がある。P2P業者はおよそ3000社まで膨れ上がっているとされている。当局はそのうち3割は何らかの問題を抱えているとしており、今後、貸出規制の強化、業界の再編や淘汰が進むと考えられる。衆安保険は、この領域について課題はあるとしながらも、これまで培った保険加入顧客の健康や資産形成から得られたビックデータの解析や、諸リスクのコントロールといった保険分野の技術を、与信判断の事業にも応用していきたいと考えている。衆安保険はこれに先立ち、6月半ばに、上海に、新たなスタートアップのIT企業も設立しており、そのフットワークは驚くほど軽い。
 
商品名は「糖小貝」、契約時に合併症を併発している場合は契約の対象外となる。期間は1年間。血糖値の測定は、スマホと同型の血糖値測定端末に、血糖値を測るセンサーチップ(試験紙)を差込み、無痛針による血液をセンサーチップが自動で採血し、測定する。測定結果は5秒で端末に表示される。テンセントが開発した端末の強みは、センサー(試験紙)が米国食品医薬品局(FDA)の認証を受けており、精度が極めて高い点、センサー1枚あたりの価格が市場にある一般のセンサーよりもはるかに安価(1枚0.99元)である点が挙げられる。保険による給付については、測定した血糖値が正常値等であれば100元支給され、支給額は1週間で1000元を限度に保険金が加算される仕組みで、最高2万元の保険金を支給。
 

3-エンドユーザーの味方、としてのフィンテック

3-エンドユーザーの味方、としてのフィンテック

そもそも、フィンテック普及の前提となるIT(情報技術)の成長について、中国では海外勢の参入が制限される中で、地場のITベンチャーによる自国のユーザーのニーズにマッチした開発が行なわれてきたという特徴がある。しかもこの成長が短期間で、急速に進んだという点が大きい。ネットユーザー7億人という足元にある‘国内’マーケットは、とりもなおさず世界最大のマーケットでもある。自国のユーザーのニーズに特化し、新たに開発した金融サービスがそこで受け入れられることが世界的な成長に直結しているのだ。
 
衆安保険の大株主であるアリババは、インターネット通販に端を発し、商品やサービスの代金を支払うオンライン決済(支付宝・アリペイ)、アリペイの口座内にある小額な資金からの投資が可能なオンライン金融商品(余額宝)の開発、また、オンライン決済口座での取引や与信情報を活用した小口融資(アリ金融)など、このわずか数年で、国内のITと金融サービスの融合を一気に推し進めた。その際、取り込んだのは、既存金融事業の担い手である大手国有銀行が見向きもしなかった、膨大な数の中間所得層以下の個人顧客である。エンドユーザーの目線に立った、利便性の高い金融インフラを構築し、短期間で中国社会の金融に対する有り方を変え、新たな価値を生み出したのが成功の要因であろう。
 
また、中国においてフィンテックの普及が急速に進んだ背景には、中国政府や業界の反応の速さもあろう。中国政府は、IT業界からの提言を受け、2015年の政府活動報告で、「インターネット+」(インターネットプラス、中国語:「互聯網+」)として、ITと産業の融合を国の成長戦略の1つに決定した。経済成長が減速し、これまでの成長戦略を見直す必要に迫られていた政府は、ITによって、既存の産業の新陳代謝をはかり、更なる経済成長を目指すとしたのだ。金融事業はP2Pが急拡大し、リスクマネーの増加と同時に、業界における詐欺、倒産などの問題も取り沙汰されていたが、政府は2015年7月に「インターネット金融の健全な発展の促進に関する指導意見」を発表した。そこでは、ITによるネット決済、クラウドファンディング、消費者金融、信用情報のプラットフォーム構築などを奨励し、既存の金融機関と連携、共存することで、フィンテックの更なる普及、拡大を促した。また、保険業界もその数日後に「インターネット保険業務の監督管理暫定弁法」を発表しており、その他の金融事業に先駆けて、インシュアテックの普及を表明している。現時点では、インターネットを専業とする保険会社は、衆安保険を含め合計4社まで増加しており、各社では第2の衆安保険を目指して、新たなビジネスモデルが日々、模索されている。


〔参考文献〕基礎研レター「ネット人口、世界最多の6.5億人―ネット専業の保険会社誕生」(2015年4月21日)
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2016年06月21日「保険・年金フォーカス」)

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