コラム
2014年08月28日

「トンネル」とかけて「金融政策」と解く、その心は・・・

新美 隆宏

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夏休みがもうすぐ終わる。子供の頃を思い出すと旅行や海水浴、虫取りなどの楽しかった出来事とともに、宿題を予定通りに進められずに始業式の前夜まで格闘した苦い経験も思い浮かぶ。今年の夏休みは高速道路を使って旅行をして、いくつかのトンネルを通った。トンネルに対して、違う世界に飛び込むような冒険心を感じる子供がいるだろう。また、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(川端康成『雪国』)のような旅情を感じる方もおられるだろう。

東名高速道路の日本坂トンネルの入り口で、子供から「高速道路なのに、なぜ信号があるの?」と聞かれた。日本坂トンネルは東名では最長のトンネルで、下り線の方が長く全長2,555mだが、日本最長の道路トンネルである関越トンネル(関越自動車道、上り線11,055m)の1/4程度の長さだ。このトンネルについては、1979年の火災事故を記憶されている方もいるだろう。トンネル内で発生した火災を知らずに多くの車が進入し、事故の規模が拡大した。この教訓から、トンネル内の状況を告知するトンネル用信号機が、同トンネルの入り口に設置された。これ以後、5km以上のトンネルなどに信号機が設置されるようになり、もちろん関越トンネルの入り口にも設置されている。また、東海北陸自動車道の飛騨トンネル(道路トンネルでは日本3位、10,710m)のように、トンネルの入り口だけでなく内部にも信号機が設置されているものもある。他にも様々な安全策が採用されている。出入口付近の照明が適切でないトンネルでは、運転者が、昼の明るさに順応しているとトンネル坑口が黒い穴のように見えるブラックホール現象、トンネル内の明るさに順応しているとトンネル内から野外を見ると坑口が白い穴のように見えるホワイトホール現象により、障害物の確認などができない可能性がある。これらを防ぐために、トンネルの出入口には適切な明るさに設計されたトンネル照明が設置されている。また、運転者の気分転換のために、途中にピンクとブルーのアクセント照明を設置しているトンネルもある。
   トンネルの入口では、運転者の視界が暗くなることや狭さへの圧迫感からスピードが落ちたり、出口では、長いトンネルは排水のために出口に向け下っている場合が多く、また「早くトンネルから出たい」との気持ちから速度が上がるなどの、運転者心理などに関わる傾向もある。トンネルの出口に向けた対策としては、トンネルの途中で出口までの残距離を表示して急ぐ気持ちを和らげたり、トンネルを出ると強風だなどの危険に対する注意喚起など、掲示板などを用いて情報を発信している。

出口と言えば、トンネルではなく、日銀の量的・質的金融緩和政策を連想する方も少なくないだろう。量的・質的金融緩和は、消費者物価の前年比上昇率2%の物価安定の目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するために2013年4月の金融政策決定会合で導入された。この政策では、マネタリーベースおよび長期国債などの保有額を2年間で2倍に拡大、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長するなど、「2」をキーワードとして金融政策の指針を示している。
   日本をはじめ、アメリカ、EU、イギリスなどの多くの国の中央銀行では、フォワード・ガイダンスと呼ばれる金融政策の先行きの指針を示している。政策金利の据置期間や政策変更の条件を示し、市場参加者の予想や期待に働きかけ、政策の影響がより効果的に市場や経済に及ぶことを目的としている。金融政策の出口は、フォワード・ガイダンスを元に市場が予想するようになっている。
   日銀の場合は、当初より「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、量的・質的金融緩和を継続する」としており、出口の時期は分かり難い。

高速道路を運転していて、トンネルの出口で思わぬ強風にハンドルを取られ、ヒヤッとした経験はないだろうか。
   昨年5月にFRBのバーナンキ議長による量的緩和の縮小・引き締めを行う方針との発言により、投資家が一斉に慎重姿勢に転じ、世界各国で株価の下落、金利上昇などが生じた。バーナンキ・ショックと呼ばれており記憶に新しい。これ以降、FRBは市場とのコミュニケーションに配慮している。市場では10月のFOMCでテーパリングを終了すると見込まれており、その先の利上げの時期が焦点になるなど、出口に向けた難しい舵取りをしている。
   日本では、足元の消費者物価上昇率は1%台前半と、日銀の見通しに沿った動きとなっているが、消費税率引き上げの影響などを考えると2%への道は平坦ではないだろう。追加緩和を期待する声もあり、10月末の金融政策決定会合で議論する「展望レポート」で示される経済や物価の見通しが注目される。日銀の金融システムレポート(2014年4月)によると、金融機関は資本の充実や金利リスク量の削減を進めていることが分かるが、金利が短期間に大幅に上昇すると大きな影響を受けざるを得ない。この政策がいつまで続くのか、出口では市場がどう動くのかなどに金融機関は強い関心を持たざるを得ないだろう。

ここで、ご紹介したいものがある。

    - 標準シナリオは通過点であって、さらに最終的な均衡点へ経済を運んでいくことを保証していない点が重要ではないかと思う。そのように考えると、経済が少なくとも標準シナリオどおり動いてきている、場合によってはさらに上振れていく可能性すら含んでいるということであれば、この芽を大事に、できる限り金融政策の面からもバックアップしているというのがとるべき姿勢ではないかと思う訳である

    - マーケットの方は出口のところだけに、非常に視野狭窄になって話を聞こうとしている。どんな話をしても皆、そこに凝集して聞き取ろうとするから、そこは余程注意していかなければならない

これらは、先日発表された2004年の金融政策決定会合議事録にある福井総裁(当時)の発言からの抜粋である(1月および5月)。金融政策の責任者の考え、苦悩が表れており、黒田総裁も同様の心持ちではないかと推察できる。しかし、現在の金融政策を長く続ければ続けるほど、日銀の長期国債などの保有残高は増加し、金融政策を変更する際の市場への潜在的なインパクトは大きくなり、自ずと出口に対する市場の関心は高まる。
   フォワード・ガイダンスのポイントは「市場参加者の予想や期待に働きかけ、政策の影響がより効果的に市場や経済に及ぶこと」である。デフレ経済から早期に脱却し、かつ金融政策の出口を無事に通過したいとの思いは、金融政策の責任者と金融機関は共通であろう。日銀による情報発信の一層の充実と、市場との円滑なコミュニケーションの実現を期待したい。

「トンネル」と「金融政策」は、いずれも長さと出口が気になります。

(2014年08月28日「研究員の眼」)

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