コラム
2013年10月07日

オリンピックで結婚・出産は増える?~若者たちに安定的な雇用の確保を

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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9月8日。2020年夏季五輪の開催地に東京が決まったとたん、
「7年後は子どもと一緒にオリンピックを見たい!」
「オリンピックまでに結婚して、子どもを生みたい!」
というツィートが若者たちの間で大量にあらわれたそうだ。未婚化・晩婚化、少子化が進行している現在の日本では、若者たちからこのようなツィートが大量に発生したことに多くのネットユーザーが驚いたのではないだろうか。

大規模で華々しいイベントを前に気分が高揚した若者が多かったのだろうが、日本ではオリンピックをきっかけに結婚や出産は増えるのだろうか。

これまで日本では計三回の五輪が開催されている。1964年の東京五輪(夏季)、1972年の札幌五輪(冬季)、1998年の長野五輪(冬季)だ。しかし、それぞれの開催が決定されてから開催されるまでの出生率の推移をみても、五輪前に大きく増えるといった変化はないようだ。

1964年の東京五輪開催時は、開催が決定した1959年から数年は逆に低下している(図)。また、1959年より1964年の出生率の方がややあがっているが、その差はわずか+0.01ポインである。また、1972年の札幌五輪開催時は、開催が決定した1966年は「ひのえうま」の年で出産が控えられたため、翌年は出生率が上がっているが、その後は横ばいで推移している。なお、この期間は第二次ベビーブーム(1971~1974年)と重なっており、五輪の影響は見えにくい。また、1998年の長野五輪開催時は、第二次ベビーブーム後に少子化が進行した時期であり、すでに開催が決定した1991年の出生率は1.53と低いが、さらに五輪開催の1998年にかけて1.38にまで低下している。つまり、過去3回の五輪開催時の出生率をみる限り、日本では五輪と出生率は関係がないようだ。また、婚姻の状況をみても、五輪との関係はみられない。

それでは、なぜ若者たちの間で「結婚したい」「子どもが欲しい」というようなツィートが増えたのだろうか。

現在、日本では未婚化・晩婚化、少子化が進行している。しかし、若年層の大半には結婚の意志があり、また、最近では、理想の相手を求めるよりも、ある程度の年齢までには結婚したいというように結婚に対する先のばし意識も薄らいでいる。よって、先の大量ツィートは、五輪開催の決定をきっかけに結婚したい・子どもを持ちたいという願望が高まったわけではなく、もともと強かった願望が開催決定をきっかけにあふれ出たとみる方が適切だろう。

大半の若者たちに結婚願望がある一方で、未婚化・晩婚化が進行している背景には、(1)若年層の経済環境の悪化、(2)恋愛の消極化(草食系男子の増加と仕事・学業を頑張りたい恋愛が億劫な自立系女子の増加)、(3)女性の社会進出(キャリアを重視する女性の増加)のほか、(1)から(3)とも関連するが、(4)男女の希望のミスマッチ(女性の求める経済力を満たす男性が減少、女性はそれとなくリードされたい一方で横並びを好む男性の増加)などがあげられる。

この中でも特に大きな要因は、(1)若年層の経済環境の悪化だろう。20~30代の男性では年収と既婚率の相関が高く、年収300万円未満の既婚率は1割に満たない。また、若年層では非正規雇用者が増加しているが、非正規雇用者ではいずれの年代でも平均年収が300万円に届かない。さらに、正規雇用者と非正規雇用者では恋人がいる割合が倍近く違っており、恋人がいない者の方が自己評価も低い傾向がある。

つまり、自信をもって恋愛をするにも、結婚をするにも経済環境が整っていることが必要だ。

現在、アベノミクス成長戦略の中で、人口減少社会にある日本で将来の労働人口を確保するために、また、少子化に歯止めをかけるために、特に女性の活躍を推進するための政策の検討がすすめられている。保育園の待機児童の解消、また、出産後の就業継続率が低い現状では育休整備等の問題は必須であるし、個人的にも期待している。しかし、経済環境が整わないために、そもそも結婚もせず、子どもももたずにいる若者たちも多い。若年層に安定的な雇用を確保することは、労働人口を確保するためにも少子化に歯止めをかけるためにも、入り口となる課題ではないだろうか。

五輪開催はアベノミクス成長戦略の第四の矢、日本経済回復の起爆剤として期待されている。2020年に向けて様々な政策検討がすすむ中で、オリンピックに向けて結婚・子どもをのぞむ若者たちのために、喫緊に若年層の安定的な雇用の確保を求めたい。

合計特殊出生率の推移



 
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2013年10月07日「研究員の眼」)

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