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- 消え行くホワイトカラーの仕事 ~対応に必要な教育の改革~
1.人間対機械の競争
コンピューターの進歩によって多くの人が仕事を奪われてしまうのではないか、という話が話題となっている。日本では、コンピューターの将棋ソフトがトッププロを破って話題となった。
米国では、「ホワイトハウスで爆発。オバマ大統領負傷」というデマが米通信社のTwitterに掲載され株価が急落したが、情報が偽物だと分かるとすぐに急回復したという事件もあった。その間わずか数分のことで、コンピューターがインターネット上の情報を判断して売買を行っているためだとういう。人間にしかできないと思われていた情報を判断するという高度な仕事も、コンピューターにとって代わられようとしている。
少し前までは、「コンピューターは単純計算や大量のデータ処理を行うようになったが、知的労働の分野では複雑な判断を要するような仕事は人間でなくてはできないだろう」と考える人が多かった。1997年にチェスの世界チャンピオンをスーパーコンピューターが破った際にも、相手の駒を取って使える将棋では問題がはるかに複雑なのでトッププロを破るのは相当先の話だと言われていたが、実際には10年あまりで実現してしまった。
2.変化の速さも課題
米国では、中間所得層の人口が減少し高所得者層と低所得者層の両方の人口が増えている。この原因として、コンピューターをはじめとする情報処理技術の進歩が、中間所得層であるホワイトカラーの仕事を奪っているという指摘がある。
だが機械に仕事を奪われるという話は、今に始まったことではない。19世紀のイギリスでは、産業革命による機械の普及で仕事を奪われた手工業者や労働者が機械を破壊したラダイト運動が起こった。単純作業や力仕事から人間が解放される一方で、こうした仕事が得意だった人からは仕事が奪われた。
しかし、農作業の機械化や工業生産の自動化で失業が大きな問題となるよりは、生産性の向上で人々の生活は豊かになった。これは、高等教育への進学率の上昇にみられるように、教育を通じて若い世代に新しい能力を提供していくことが可能で、次々に生まれる新しい仕事に円滑に人々が移動していったからだ。しかし、コンピューターの発展が社会を変化させる速度は著しく速く、世代の交代によって新しい職業へと人々が移動していくことでは間に合わない。
3.さらに高まる教育の重要性
すべての分野でコンピューターが人間にとって代わるということは簡単には起きないだろう。97年に世界チャンピオンを破ったのはスーパーコンピューターだったし、プロとコンピューターの将棋対決では、700台近いパソコンを繋いだそうだ。まだ多くの分野では人間と同じことをコンピューターにやらせようとすると、費用が著しく高くなってしまう。
その昔、戦争で戦う軍人や農作業を行う人々が労働力の中心だった時代には、体力があったり運動能力が高かったりすることが、豊かな生活をおくるために重要だっただろう。力仕事が機械に取って代わられ、戦争よりも平和な時期が長くなると、読み書き・そろばんが重要な能力になった。時代によって求められる能力は急速に変わっており、未来の日本を担う若者にどのような能力を身に着けさせるべきかは、今後も日本人が豊かであり続けられるかどうかを決める重要な要因だ。
しかし残念ながら日本の教育は今でも「記憶すること」、「正確に計算すること」に重点があるように見える。知識偏重を是正すべきという掛け声に反して、多くの試験で問われるのはテキストに書いてあることを記憶しているかだったり、間違えやすい計算問題を正確に解けるかということだったりが多い。しかし、これはコンピューターが最も得意とする仕事で、人間が機械と競争したら真っ先に負ける分野だ。
これからの時代に求められるのは、コンピューターや機械の助けを借りて、何をしたら良いか、何ができるかを考えることではないか。そのためには、先人が発見したことを覚えたり、先人が作り上げた技を習得したりするだけでなく、新しいことを考え出す力が必要だ。人間とコンピューターが仕事を取り合う状況の中で、日本の学校教育の内容は知識を教えることから考える力を養うことへと大きく変わる必要がある。
4.その先の世界
様々な状況に対応する人間の行動パターンを分析することでコンピューターの能力は急速に人間に近づいている。将棋やチェスのソフトのように、新しいことを考える能力も身に付けつつある。いつの日かSF小説に出てくるような、衣料も食料も、あらゆるものを機械が供給してくれて、人間は遊んで暮らす社会が実現するのだろう。そこでは、社会全部が失業者ということになるが、欲しいものを買うために所得を得る必要もないわけだから、誰も生活には困らない。貧困や失業を引き起こす不況に頭を悩ます経済学者やエコノミストは、お役御免である。そんな社会では、人は何のために生きるのかというような哲学的な問題を考えること以外には、多分やることはないだろう。
そういう社会が幸福なのかどうかは分からない。幸か不幸か、恐らく我々はそういう社会を実際に見ることはできないだろう。
(2013年05月28日「エコノミストの眼」)
櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)
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