コラム
2013年03月06日

体罰はなぜ無くならないのか?~経験にだまされる人間~

櫨(はじ) 浩一

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1.無くならない体罰 ・暴力

体罰が原因で運動部の生徒が自殺するという痛ましい事件が起こり、スポーツの指導における暴力や体罰が大きな問題となっている。これがきっかけで教師が委縮してしまい、騒いだり暴れたりする生徒が幅を利かせるようになってもらっては困るという思いはあるが、そちらは指導ではなくて学校の治安維持の問題である。教育や指導の場で、体罰が根絶できない原因はどこにあるのだろうか?
   暴力的な指導が問題となったスポーツで、高名な指導者が「俺が厳しく指導したから勝てたんだぞ」と選手に言った、と報道されている(注1)。暴力や体罰は良くないと言っている指導者の中にも、心の底では同じように思っている人が少なくないだろう。
   叱ることで教育効果が生まれるという考え方は、日本だけではないようだ。2002年にノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマンは著書の中で、イスラエル空軍の教育に携わった時の経験を紹介している。叱るよりもほめた方が、教育効果が高いというカーネマンの説明に対して、軍のベテラン指導者から、「飛行がうまく行ったときにほめると次は必ず失敗し、失敗したときに叱ると次はうまくできる。ほめる教育はうまく行かず、叱る教育でなければだめだ。」と反論されたという(注2)。


2.ほめる指導と叱る指導

ほめる指導がうまく行かず、叱る指導が成功するように感じるのは、カーネマンによれば以下のような理由からだ。
   テストで平均80点をとる学生は、毎回80点前後の成績であるわけではなくて、得意な分野の問題が出れば100点を採れるが、苦手な問題が出ると60点しかとれないこともある。たまたま得意な分野の問題が出て100点をとったとしても、次回も続けて得意な問題が出るという可能性は低いので、次回のテストの成績は大体の場合下がる。100点をとったのでほめると次のテストで成績が下がるので、指導者はほめたことが悪かったと感じてしまう。
   逆に、60点しかとれなかったときは、たまたま苦手な問題ばかり出題されたためで、次のテストも苦手な問題ばかりという可能性は低く成績は大きく上昇することが多い。60点しかとれなかったことを叱ると、次のテストの成績が向上するので教師は自分が叱った効果があったと感じる。
   じつは教師が学生を叱ろうがほめようが結果は違わないのだが、指導方法の違いが成績の向上や低下を生んだと錯覚してしまい、叱る指導方法が成功したと思い込んでしまう。これが体罰や暴力的な指導が無くならない大きな原因ではないか。


3.経験に騙される人間

人間は繰り返して起こる問題に対してパターンを見つけ出し、いち早く危険を察知して回避したり、動物の行動を先読みして食料を手に入れたりすることができる。鋭い爪も牙も無く、速く走れるわけでもない人類が、地球上で生き残ってきたのは、過去のできごとから次に起こることを予測する能力を身に付けたためだ。
   しかし人間は、この能力があるが故に、本当は関係のない出来事の中に因果関係を見つけてしまうという誤りも犯す。こうした失敗を避けるためには、原因と結果は必ずしも常に結びつくわけではないということを認識し、自分の経験だけに頼り過ぎないことが重要だ。どうやら、少なくとも米国の教育専門家の間では、叱るよりもほめる方が長期的な教育効果が高いというのが共通の見解になっているようである。



 
(注1) 朝日新聞2013年2月5日朝刊
(注2) ダニエル・カーネマン「Thinking Fast and Slow (日本語訳「ファスト&スロー」早川書房)」
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