コラム
2012年03月19日

初音ミクが開く日本経済の明日

櫨(はじ) 浩一

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1.レコードからインターネットへ

かつて、もっとも流行している歌を決める基準は、レコードの売り上げ枚数だった。しかし1980年代後半には、レコードの販売枚数をCDが上回り、その座を譲った。そのCDの販売枚数も1990年代末がピークで、2010年の販売枚数はピーク時の半分以下になっている。CDに代わったのは、インターネットなどを通じた視聴だろう。
   世界で一番有名な日本の歌手が誰かといえば、それは「初音(はつね)ミク」ではないかと思う。インターネット上には、数万曲にのぼると言われる初音ミクが歌っている歌があり、初音ミクが踊り、跳ねまわっている。数年前からインターネットでは、世界中の人々がこれを見たり聞いたりして楽しんでいる。昨年は、日本の自動車メーカーが米国でCMに起用し、ロサンゼルスでコンサートも開かれた。


2.初音ミクを知っていますか?

初音ミクは日本の歌手だと思うが、日本人の歌手ではない。そもそも実在する人間ではない。製品のパッケージのキャラクター画像はあるが、いわゆるバーチャル・アイドルである。音声合成ソフトに音符と歌詞を入力することで、思うままに歌をうたわせることができ、細部を上手に微調整すれば本物の人間が歌っているのかどうか区別できなくなる。多くの人が自分で作った歌を初音ミクに歌わせたり、イラストを描いたり、歌にあわせたアニメやCGを作ったりし、それをネット上で公開し他の人に見せることを楽しんでいる。筆者の娘もこうして遊んでいる多くの人の一人だ。
   一つ一つの音を入力して人間の歌らしく聞こえるようにと調整をほどこす。さらに伴奏の音楽を付け、画像も作るのだから、根気のいる作業で大変時間もかかる。自分で歌えば簡単なのにと思うのは、世代の違いだろう。遊びなどというものはどうせ暇つぶしなのだから、手間暇がかかることは問題ではなく、むしろそれが楽しいのだ。


3.日本経済の進路

こんなものが日本経済と何の関係があるのかと思われる方も多いだろうが、衣食住という基本的なニーズが満たされた現在、日本経済をけん引する需要は、人々のこうした高次の欲求だ。基本的なニーズは目の前に存在しており、すでに供給されている。
   これまで、企業間の競争は、より良い製品やサービスを供給したり、同じものをより安く提供したりするという形を取ってきた。人々が何を求めるようになるのか、まだ現実には存在しない需要を見つけ出すことはこれに比べれば、はるかに難しい。
   だが、難しいから価値があるのだ。より安いもの、より良いものという競争を続けるだけでは、新興国と同じ水準の生活水準しか実現できない。新興国よりも高い生活水準を維持しようとするのであれば、新興国よりも高次元の生産活動に転換するしかない。昨年他界したアップルのジョブズ氏が行っていたことは、世の中に存在しない新しいものを作り出すという生産活動だった。
   「日本人は、改良は得意だが新しいモノを作り出すのは苦手だ」という人もいるが、そんなことはない。ほぼ四半世紀前、テレビゲームが成長しはじめたころ、こんな遊び道具を作って何の意味があるのかと言う人が多かった。新しいものに共感できない筆者のような古い世代が、新しい芽が伸びるのを妨げてきただけではないだろうか。多くの新入社員が企業の門をくぐる春、新しい感性が日本経済を活性化させてくれることを期待したい。

(2012年03月19日「エコノミストの眼」)

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